第17話 けじめと未来の旦那様

「これは……いや、これもゴミだな」


 昔、千葉にあるテーマパークで買ったマグカップ。

 正確には愛衣とお互いに送りあったものだけど、これももう必要ない。


 今俺は自分の家に来ている。

 色々と、必要のない物を完全に処分するために。


 物も、気持ちも、両方だ。


「悠斗さん、この下着類も全部捨てちゃっていいですか?」

「そっちは触るな」

「なんでですかー! ぶーぶー」


 渚も手伝いに来てくれている。

 久遠も来たがってたけど、小説の締め切りがいよいよまずいらしく今日は不参加だ。


「じゃあじゃあ、これはどうですか?」


 そういって、ブレスレットを見せて来る。

 あー、これは……。


「それは、まあ、うーん。捨てていいよ」

「随分歯切れが悪くないですか?」

「いいんだよ」


 あれは、愛衣に上渡そうと思っていたものだ。

 最近関係が悪くなっていたから、気を引こうと買ったブレスレット。

 今にして思えば、馬鹿らしい。


「ふーん? 私がもらってもいいですか?」

「久遠への言い訳をお前がしてくれるならご自由に」

「うげっ……。けど、中々私の趣味に合ってるんですよねぇ……まさか!?」

「ちがうからな?」


 割とシンプルなデザインのブレスレットなんだが、渚はこういうのが好みなんだな。

 もっと派手で趣味が悪そうなのが好みだと思ってた。


「これ、愛衣さんに渡そうとしてたでしょ」

「まあ、そうだけど……」

「やっぱり! 物で釣るなんて、単純ですね~」

「うるせえ」


 ほんと、単純だよな。

 愛衣が自分の物じゃなくなるのが恐ろしくて、辛くて、怖くて、耐えられなかった。

 想像もしたくなかった。


「今は、どうなんですか?」

「なにが」

「愛衣さんのこと、許してるんですか?」

「……」


 許せるわけがない。

 だからこそ、こうして、処分してるんだ。

 あいつを、出来るだけ苦しませるために……。


「ねえ、悠斗さん。私思うんですよ」


 俺は何も言わず渚の方を向く。

 部屋の中には夕陽が入り込み、照らし出される渚はいつもよりも優しい表情をしているように見える。


「悠斗さんはやさしい人です」

「そんなことないよ、今だって」


 今だって、俺のやろうとしてることは最低だ。

 明日の俺は、過去の自分に誇れない最悪の人間になっている。

 そのはずだ。


「久遠さんの望みは、あなたの幸せです」

「まあ、そうだろうな」

「だから……別にあなたがしたいことをすればいいんですよ?」


 したいこと。

 それはもちろん、愛衣と竜胆への復讐だ。

 それだけは間違いない。


「愛衣さんは約束を果たしました」


 渚の監視と、位置アプリと、盗聴器。

 どれにも不審な点は一切なかった。

 だから、きっと愛衣は約束を果たしているんだろう。

 ……知ったことじゃないけどな。


「みたいだな……けど、だからどうした?」

「悠斗さんが何をやろうとしているのかは、なんとなーくわかってます」

「そうか」

「それは、本当に必要なことですか? 本当に、後悔しないんですか?」


 ……後悔。

 部屋を見渡す。

 部屋中、思い出が詰まっている。

 愛衣と二人で過ごした日々の思い出は、どれもこれもが懐かしい。


 楽しいことも、苦しいことも、何もかもが全部詰まってる。

 そして、この幸せを裏切った憎しみも……。


「俺には愛衣しかいなかったんだ」

「知ってます」

「愛衣だけが特別で、愛衣さえいればそれでよかった……! なのに、なのにあいつは、俺を裏切って……」

「……そうですね」


 愛衣が俺に言い放った言葉を思い出す。

 憎悪だけが、心の中を支配していく。


「何がアソコは許してないだ! 何が、何が……!!!」

 

 言葉が出ない。

 涙で視界がぼやける。

 思考がまとまらず、自分が何を言いたいのかも全然わからない。


「悠斗さん、久遠さんはあなたの幸せを願ってます。久遠さんはきっと、あなたが幸せでいることが幸せなんです」

「さっきも聞いたよ」

「そして私は久遠さんの幸せを願ってます、つまり、私はあなたに幸せになってほしいわけです」


 渚をみる。

 腕には、愛衣に上げるはずのブレスレットを付けている。


「ホントは、身体で慰めてあげてもいいんですけど……それでは久遠さんが悲しみます」

「なんだそれ」

「あ、期待しました? けど残念……私、処女じゃないんであなたのメインヒロインにはなれません」

「メインヒロインって……」


 ていうか、経験あるのか……。


「とにかく、私は悠斗さんが望む手伝いをしてあげます。あなたが、あなたの中でけじめをつけないと前に進めないというのなら、その協力をしますよ」


 けじめ……。

 

「面倒くさい久遠さんには、あなたみたいな面倒くさい男が似合ってるんでしょうね」

「うるせえ」


 面倒くさい、ねえ。

 確かに、俺は面倒くさい男なんだろう、

 それ相応の儀式をしないと、愛衣の呪縛から離れられない。

 本当の意味で久遠の“未来の旦那様”になるためには、この気持ちを完全に整理しなければいけない。


「取り敢えず、部屋を綺麗にしましょう? どうせ愛衣さんの痕跡を全部消さないと久遠さんを連れてこれないとか思ってるんでしょうし」

「絶対不機嫌になるだろ?」

「まあ、それは間違いないですねっ」


 久遠に部屋中のあれやこれやを問い詰められるのが目に浮かぶ。

 

「悠斗さん……これはあなたの心の問題なんですから、ご自分の納得できるように行動してくださいね」

「わかってるよ」

 

 わかってる。

 明日やることは、誰かのためじゃない。

 自分自身の心にけじめをつけるために行うエゴだ。


 時刻は十九時。

 すでに、約束の時まで二十四時間を切っていた。


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