第16話 後悔と束の間の魔女

「ゆー君! すごいね、東京って感じ!」

「千葉だけどな」


 ここは千葉県舞浜市。

 まあ、確かに千葉だけど!

 けどもうすぐ着く目的地の名前には“東京“ってついてるし……。


「むー、そういう事言ってるとモテないよ?」

「愛衣がいるからいいよ」

「う、うう……」


 なんか一人だけ余裕そうでむかつく……!

 あー、けど……嬉しいな。

 こういうこと当たり前に言える関係になれたんだもん。

 少し前までは考えられなかったし、本当にすごくうれしい。


「ねえねえゆー君、私たちがつきあってから初めてのデートがここじゃないですか」

「気合い入れ過ぎた? 飛行機乗って東京来るのはやりすぎたか……」

「そ、それはいいの! 初デートに気合が入ってるのはものすごーくうれしいから! そうじゃなくてね……えっと……」

「なんかあるのか?」

「私たちが“恋人”でいるときの、さ、最後のデートもここがいいなーって……」


 ゆー君が怪訝な顔をする。

 あ、これ絶対意味伝わってない。


「……え、別れるって事!?」

「そうじゃなくて……! だから、結婚式もここがいいなーって!」

「ここってそんなことできるの?」

「う、うん。お金はかかるけど……」


 ゆー君が複雑そうな顔をする。

 まあ、うん。理想ってだけ。

 別に本当にできるとは思ってないけど、してみたいなってだけ。


「よ、よし! じゃあ俺、ここで式を挙げるのが余裕なくらい稼ぐよ」

「えへへ、ホント? じゃあ、私も頑張るからお金貯めよ!」

「愛衣が? 無理だろー」


 むっ!

 確かに私、あんまり頭良くないからいい会社に就職はできそうもないけど……。


「ひどー」

「俺が愛衣の分まで頑張るからさ、愛衣は楽しく生きてくれればいいよ」

「そうやってすぐ私の事甘やかす……」

「好きだからな、仕方ない」


 まだ着いてないのに、もうすごく楽しい。

 私、やっぱりこの人と結婚したいな。


「ね、ゆー君」

「んー?」

「大好き、愛してるっ! 絶対、結婚しようね」


――

―――

――――


 目を覚ますと、自分のベッドの上。

 最高で、最悪の夢だった……。

 今日で、ゆー君との約束をしてから七日目。

 私の理性はなんとかもってくれた。


「準備、しなくちゃ……」


 重い身体をベッドから起こす。


「うわっ、パンツ脱いだまま……」


 寂しくて、つらくて、毎日一人でシてる。

 昨日はそのまま寝ちゃったのか……。


「大丈夫、大丈夫、大丈夫……」


 今日で、ようやくゆー君が私の元に戻ってくる。

 楽しかったあの日々が、戻ってくるの。

 絶体、大丈夫。

 ゆー君がうそをつくはずない……!


「ゆー君、会いたいよ、早く声を聴きたいよ……!」


 あの女と何をしているのか想像するたびに心が居たくなる。

 ゆー君以外の何もかもが許せない。

 あの女も、竜胆も、そして……自分自身も。


 竜胆君に流されたせいで、私が自分に甘いせいで、こんな状況になっている。

 そんなの、とっくにわかってる。

 けど……ゆー君ならわかってくれるよね?

 だってゆー君は……。


「私の事が好きだから」


 だから、いつも彼は私を甘やかす。

 私の事を好きで好きで仕方がないから、ゆー君はいつだって私の事を見捨てない。

 私は、そんなゆー君が大好き。

 あんな女に、取られてたまるか……!


 鏡を見る。

 なんか、やつれてる?

 寝起きだからかな……?

 だめ、直さないと。

 今日はゆー君と会えるから、ゆー君に綺麗な顔見せないと……!



 ふと、夢の事を思い出した。

 あの日は、私たちがつきあい始めて初めてのデート。

 気合が入りまくったゆー君が東京まで連れて行ってくれて……。


 あの時のお土産で買ったマグカップにコーヒーを淹れる。

 お揃いでお互いに送りあって、二人の思い出が詰まってる大切なものだ。

 ゆー君も大事に使ってくれている。


 楽しかったな。

 あの時は、私も綺麗な身体のまま……。


 ……そう、今の私は全然綺麗じゃない。

竜胆君とのただれた日常は、思い出したくもない。

最初は嫌だった。

 わけのわかんない冤罪を擦り付けられて、これがバレたら学校にいられないとか、わけわかんないし。


 けど……ゆー君にバレたらっていう背徳感が、私を心底興奮させる。

 クスリみたいに中毒性があるあの快感が忘れられない。


 間違いなく、竜胆君はとっても“上手い”から……。

 私の“カラダ”は間違いなく竜胆君の虜だ。

 それでも……。


「心は、違うもん」


 心だけは、いつだってゆー君のモノだ。

 

「あの女は、どうなんだろ……」


 柳葉久遠とかいう女。

 あの女は、ゆー君とシたのかな。

 シてないよね、約束、破ってないよね。


 でも、一緒に住んでるんだよね……。

 公園で見たアイツの勝ち誇った顔を思い出す。

 自分の物だと宣言するようにベタベタとよりそって、“あなた”なんて呼んで……!!

 ゆー君を取られる……?


いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ!!!!!!!!

そんなの、絶対ヤダ!!!!


はやく、身体洗わないと。

 綺麗にしないと、完璧に、全部の汚れを落とさないと……!


『……ビッチ』


 柳葉久遠の言葉が頭をよぎる。

 ちがう、ちがう、ちがう。

 私はビッチじゃない。

 アソコは誰にも許してない!!!!


『自分に言い訳するのが好きね、本当は気づいてるくせに。わかってるでしょう? あの人の中ではあなたの行為は“浮気”よ? だから、今あの人は私といるの』


 公園でゆー君が来る前に柳葉久遠に言われた言葉。

 思い出したくもない正論。

 考えたくもない事実。


『汚れた体でよくあの人に顔向け出来るわね?』

『あなたはどうなのよ!?』

『もちろん、私は処女よ? 綺麗で、清らか。誰にも、どこだって触らせたことはないわ、汚れたあなたと違ってね』

『このっ……!!!』

 

 思い出したくない記憶なのに、どんどん頭に溢れて来る。

 大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫。

 許してくれる、ゆー君は私の事が好き。


 それに私とゆー君には心と体両方のつながりがあるから。

 心のつながりしかない柳葉久遠に負けるはずがない。


 机の上に置いてあるスマホがなる。

 送信者はゆー君。

 今日の話、かな?


【今日、竜胆と直接話してあいつと縁を切ってくれないか?】


 竜胆君との縁を……。

 これって、つまり私とよりを戻してくれるってことだよね!?

 

【もちろんいいよ! けど、直接ってのはちょっと、怖いよ……】


 竜胆君が逆上して襲ってこないとも限らない。

 というか、してくると思う。


【大丈夫、部室でやってくれれば俺が隣の部室で待機してるから何かあったらすぐ行けるよ】

【わかった、じゃあ放課後……そのあとは、会えるよね?】

【ああ、もちろん】


 よかった、これで!

 これで、全部元通り。

 竜胆君に脅されるよりも前、本当に幸せだったあの頃に……。


―――――


第一章完結まで、後ほんの少しです。

愛衣が耐えきった事に驚かれたかたも居るかもしれません。

でも……これが愛衣の選択です。

遅すぎたかもしれませんが……。

出来れば、あとほんの少しお付き合いいただけますと幸いです。



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