第15話 束の間の彼女と未来の旦那様

「みてみてあなた! たこさんウインナーがこんなに……!」


 たこさんウインナー工場の食堂。

 流石というかなんというか、たこさんウインナー山盛り定食なるものがあったので頼んでみた。


「すご、本当に山盛りだな」

「ホントね……!」


 久遠さん、本日何度目かわからない満面の笑み。

 大丈夫?

 キャラ崩壊してない?

 めちゃくちゃ笑顔でたこさんウインナーを頬張ってる。


「美味しい! 出来立てだからかしら……?」

「あ、ちょっと食べる直前で箸を止めてくれない?」

「……どうして?」

「いいからいいから」


 久遠が怪訝な顔をしながらたこさんウインナーを口元までもっていく。

 俺はすかさずスマホを取り出し写真をとる。

 

「なっ……!」

「うん、可愛く撮れてる。ほら」


 そう言って、撮った写真を見せる。


「か、かわいい?」

「うん、すごくかわいいよ」

「そ、そうかしら……」


 顔を赤くして俯いてる久遠もかわいいな。

 というか、うん、あれだ。

 正直今日の久遠は全部かわいいし、全部愛おしい。

 

 やべーなぁ。

 これはもう、完全にあれだよな……。

 でも、この気持ちは竜胆の件が終わるまでは考えないようにするべきだよな。

 じゃないと、抑えが利かなくなる。

 俺は仏陀じゃないから、マーラの誘惑には耐えられない。


「あ、あなたも……その……」

「うん?」

「今日のあなたも、とってもかわいくてカッコイイ……わよ?」

「ははっ、なんだそれっ……でも、ありがとう。うれしいよ」


 久遠が顔を真っ赤にして恥ずかしそうに俺を褒めて来る。

 あーーー今すぐ抱きしめたい……!

 なんとか余裕がある感じで返事したけど、俺もノックアウト寸前だ。

 ていうか、多分わざとらしすぎてバレてる。


「あの、ごめんなさい……」

「何が?」

「なんていうか、楽しくないでしょう?」


 いいえ、めちゃくちゃ楽しいです。

 主にあなたがかわいすぎて。


「そんなことない、楽しんでるよ? たこさんウインナーも美味しいし」

「でも、よく考えたらたこさんウインナーなんて家でも食べられるじゃない」


 それはそう。

 多分家で食べても同じ味してる。

 でも……。


「ここで一緒に食べるから楽しいんだろ。久遠は楽しくないか?」

「私は……すごく楽しいし、幸せ。こんな幸せがあってもいいのかなって、そう思う位最高の時間よ」

「だろ?」

「でも!……私、デートとかしたことないから。だから……なんというか……」


 デートしたことないのか……。

 もしかして、小説のデートがあんなだったのは単純に経験がないからか?

 

「その……変じゃない?」

「うーんまあ、初デートが工場見学ってのは確かにポンコツかも」

「ポ、ポンコツ……!?」


 あ、言い過ぎたか?

 なんか壊れた機械みたいに俯きながら「ポンコツ……ポンコツ……」と繰り返し呟いてる……。


「でもほら、ポンコツ感がかわいくて俺は好きだぞ!」

「かわいい……? 好き……? ……結婚?」

「いや、結婚は言ってない」


 捏造事件が起きるところだった。

 あぶないあぶない。


「あなたはポンコツな女の子が好きなの……?」

「いやー、なんというか……いつもクールで何でもできる久遠がこういう時だけポンコツなのがより良さを引き立たせるといいますか……」

「ふふっ、何それ」


 恥ずかしい、何を言わされてるんだ俺……。


「まあ、えーっと、なんだ……。俺はこんなポンコツデートが楽しめるくらいには、久遠の事が好……嫌いじゃないんだよ」

「嫌いじゃない……」

「そういう事」


 久遠が「ふーん」、とつぶやきながら長い黒髪をいじる。

 丁寧に整えられていてとても綺麗で魅力的だ。


「ねえ、あと少しね」

「たこさんウインナーが?」

「……話そらすの下手よ?」

「うるせー」


 わかってる、けど結論を出すのはまだ先だ。

 久遠へのけじめ。

 愛衣へのけじめ

 そして、自分への……。


「しばらくはそれで許すわ、けど……」

「けど?」

「もし、あなたが私じゃない方を選んでも……私はあきらめないから」


 その目と声色は間違いなく本気だった。


――

―――

――――


 夜、公園にて。

 と言っても裸じゃないぞ?


「んー! やっぱり往復六時間は辛かったわね……」

「おしり、マッサージしようか?」

「是非お願いするわ!」


 久遠が目を輝かせてそう答える。

 忘れてた、こういう女だった……。


「冗談だよ……取り敢えず、そこ座っててくれ、飲み物買ってくる」

「お言葉に甘えるわ……ミルクティーで……」

「あいよ」


 長時間のポンコツデートを終えた俺たちは、取り敢えず公園で休むことにした。

 家まで歩くのしんどい……。

 

 こういう時、帰ってきたら変な男にナンパされてたりして助ける、みたいな展開あるあるだよな。

 出来るだけ急ぐか、まだ20時前とはいえ暗いし……。


 俺は急いで自販機に向かい、目的のものを買った。


「このっ……!!!」

「事実でしょう? ……あら?」


 ナンパ男よりよっぽど厄介な奴が久遠に絡んでる。

 ……まあ、お察しの通り。

 愛衣だ。


「何してんの?」


 久遠に詰め寄る愛衣に問いかける。

 私服姿で、いかにもお洒落してきましたって感じだ。

 竜胆と会ってた……わけでは無いか。

 竜胆を監視してる渚からの報告もない。


「あ、ゆー君! これはね、その……」

「この子に現実を教えてあげてただけよ……。紅茶、ありがと」

「ん? ああ……」


 俺がベンチに座り紅茶を渡すと、久遠が俺にしなだれかかってくる。


「ゆー君、今日はどこ行ってたの?」

「デート」

「……なんか、変な工場にいなかった?」

「工場見学デートだよ」


 俺と愛衣は位置情報アプリでお互いがどこにいるのか大体わかってる。

 そういえば、まだ解除してなかったな。


「なんじゃそりゃ」

「まあ、気持ちはわかる」


 俺も工場見学デートに行ってたとか言われたら同じ反応をする自身がある。

 

「そんなわけわかんないデート、ゆー君が提案したの?」

「いや、久遠が決めた」

「ふふっ、何それおかしー」


 煽るように愛衣が笑う。

 久遠が俺の手を握る。

 悔しいんだろうか?

 かわいかったから全然いいんだけどね。


「おかしくて、かわいいだろ?」

「かわいい?」

「ポンコツかわいいは正義なんだよ」

「じゃあ、私ともいこっ?」

「行かない、久遠だからかわいいんだよ」

「……何それ」


 愛衣の声が露骨に低くなる。


「愛衣がポンコツでもただポンコツなだけだろ、かわいくはないよ」

「……そんなに、その女がいい?」

「さあ?」


 やばい、ちょっとイライラしてきてる。

 疲れのせいかな?

 余計に煽ってしまう。


「私、ちゃんと我慢してるよ? ゆー君との約束、ちゃんと守ってる」

「そうか」


 それが人として当たり前だろ。

 誇るようなことじゃない。


「つらいんだよ……?」

「……ビッチ」


 久遠が小声でつぶやく。


「うるさいっ!!」

「事実でしょう?」

「あなたには関係ない、ゆー君が許してくれればいいの」

「許すのかしら、ねえ、あなた?」

「だから! その“あなた”って言うの、やめてよ!」

「関係ないでしょう?」

「関係あるの! 私は、ゆー君の彼女だもんっ!」


 今はまだ、な。


「束の間の間女が、偉そうに……」

「束の間じゃないっ、ずっと、これからずっと……!」

「続くのかしらね?」

「続くよ!!!」


 はぁ……。

 折角楽しい一日だったのに最後の最後で台無しだ。


「愛衣、約束の日までは三人で話すのは辞めよう」

「どうして? ゆー君もこの女の味方なの!?」


 そうだよ。

 って、言ってしまいたい。


「喧嘩してるの見てると辛いから」


 主にお前の叫び声がうざいのが原因だけど。

 

「……わかった。あとほんの少し、だもんねっ」

「ああ、そうだよ」

「うん……うんっ、そうだよね! じゃあね、ゆー君。気を付けて帰ってね?」

「愛衣もな」

「……! うんっ!」


 愛衣が笑顔で帰っていった。

 単純な女だ……。


「苦しそう」

 

 久遠が俺の顔を覗き込む。


「そんなことないよ、帰ろうか」

「……ええ、そうしましょ」


 最後にハプニングはあったけど、まあ概ね楽しい一日だった。

 これからも、きっとこういう楽しい日が続く。

 いや、続けるために俺は……。



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