第14話 ポンコツとたこさんウインナーと未来の旦那様

 なんだこれ……。

 竜胆への宣戦布告の翌日、俺は一人図書室で読書をしていた。

 していたんだが……。


「いや、これは……」

 

 眩暈がしてくる。

 読んでいるのは、久遠が書いた恋愛小説。

 ……いやもうこれ、恋愛小説というかもう官能小説だろ。


 主人公の男がヒロインに文字通り“飼われて”夜の公園に裸で散歩に行ってる所まで読んだところでドン引きして今に至る。

 ちなみに、これがヒロイン的には楽しいデートだって言うんだから恐ろしい。


「おやおや、お昼なのに随分と過激な本を読んでますね」

「げっ」


 渚がニヤニヤと嫌味な顔で笑いながら俺の隣に座る。

 こいつも謎なんだよな、なんで久遠とあんなに仲がいいんだろう?

 俺にもやたら友好的だし。


「久遠さんの愛は重いですからねぇ……それなんて後半もっとエロエロですよ」

「よく出版できたな……」

「それが人気なんですよ、美人でクールな女子高生がマニアックで過激なエロを書くから売れるんです」

「一部の変態向けって事か?」

「例え極一部でも日本人全体にすれば数は多いですから」

「ふーん、そういうもんか」


 世も末って感じ。

 人の趣味は人それぞれだけど……。


「久遠さんとのデートはその本みたいになるかも知れませんね」

「夜の公園を裸で散歩するのか?……絶対嫌だ」

「いやいや、楽しそうじゃないですか。なかなか経験できることじゃないですよ?」


「そんな経験一生しなくていいよ」


 俺は断じてMじゃない。

 犬になるなんてごめんだ。


「犬にはならなくていいですけど、久遠さんと仲良くしてあげてくださいね? ちょっと特殊な性癖の持ち主ですけど、あなたの事が好きで好きでたまらないのは本当みたいですから」


 久遠の気持ちはわかっちゃいるけど……他人から言われるとなんか気恥ずかしい。


「渚はなんでそんなに久遠と仲がいいんだ?」

「そりゃあ、あの人には大きな借りがありますから」

「借り?」

「残念ながら、それを知るには私の好感度が足りません! ちゃんとフラグを建てて私のルートを解禁してから出直してください」


 う、うぜえ……。

 煽られるとすごい気になるな、借りってなんなんだ……?


「どうすりゃ好感度たまるんよ」

「そうですねー、まずはきちんと久遠さんと付き合う処からですかね?」

「まあ、それは……」

「駄目ですよ? 今みたいな中途半端な関係、私許しませんから」


 今までにないくらい真面目な声だ。

 多分、本気で思っているんだろう。


「竜胆の件が終わったらな」

「期待してますね?……せっかく久遠さんの事を手伝ってあげたからには、あの人には幸せになってほしいので」

「手伝う?」

「残念、それも好感度が……」

「あーはいはいわかったよ」


 ほんと、いい性格してる女だ。

 友達としてなら楽しい。

 恋人としては……まあ楽しいけどうざそうだな。


「随分仲が良さそうね」


 機嫌の悪そうな久遠の声が聞こえる。

 顔は……あんまりみたくない。怖い。


「いえいえ、まだまだ私と仲良くなるには好感度が足りてないですよ?」

「その割には楽しそうにしていたじゃない」

「嫉妬深いですねぇ……」

「そんなことないわ? 私はとても寛容よ」


 いや、そんなことあるよ……!

 他の女の子と話している時の自分の顔を久遠に見せてやりたい。


「ねえ、あなた。明日は土曜日よ」

「え? ああ、そうだな」

「私たちが再会してから初めての週末よ」

「……? そうだな?」


 土曜日、何しようかなー。

 色々あって疲れたし、家でゆっくり映画でもみるか。


「土曜日よ!? 週末よ!?」


 うわっ……!

 久遠の顔が目の前にやってくる。

 やっぱり、かなり機嫌が悪そうだ。顔だけでなんとなくわかる。


「なんか用事でもあったっけ?」

「はぁ……」


 渚が大きくため息をつく。

 え? 俺何かやっちゃいましたか?


「仕方ないわね……土曜日、デートしましょ?」


 あー、そういう事か……!

 って、デート!?

 手元の本をみて、ごくりと唾をのむ。


「裸で夜の公園を散歩するのか……?」

「したいの……?」

「いや、そういうのが好きみたいだから……」


 久遠が俺の手元にある本を見る。

 途端、白い肌が真っ赤に染まる。


「そ、それは! それはその……妄想というか……と、とにかく! そういうのじゃなくてふ、普通のデートをしましょ?」

「それならもちろん大歓迎だよ」


 断る理由もないしな。

 

「場所はどうする?」

「それは私が考えるわ、最高のデートにしてあげる!」


 そう言って、久遠は去っていった。


――

―――

――――


 土曜日、電車とバスを乗り継ぐこと三時間、俺は謎の工場の前にやってきていた。

 ……ここ、どこ?

 え、なに? 工場? どゆこと??


「ようやく着いたわね」

「えーっと、久遠さん?」

「なに?」

「ここは、どこ?」


 だだっ広い敷地に無骨な工場が立っているだけの謎空間。

 俺たちは今からここでデートするらしい。

 

「ここはね、たこさんウインナー工場よ!」


 久遠が満面の笑みで胸をはる。

 かわいい。

 かわいいけど、え?

 たこさんウインナー工場??


「どゆこと??」

「あなた、たこさんウインナーが大好きでしょう?」


 めちゃくちゃ純粋な目で俺を見てる。

 それ子供のころの話だろ、とはとても言えない。


「それでわざわざ調べてくれたのか?」

「そうよ! 今日は楽しみましょうっ」


 たこさんウインナー工場の何を楽しむのかはいまいちわかんないけど、まあ久遠がかわいいからいいか。

 もしかしてこの子、意外とポンコツなのか……?


――

―――

――――


「すごい! 本当にウインナーの形になったわ!」

「おー! ほんとだすごいな、美味しそう」


 見学して三十分、なんだかんだ意外と楽しめてる。

 というか、久遠のはしゃいでる姿がかわいすぎる。


「たこさんにはいつ頃なるのかしら……?」

「焼いた後じゃない?」

「楽しみね……!」


 なんだこれ、普段とのギャップがえぐいな。

 普段のクールな感じも好きだけど、これはこれで……。

 というか久遠、多分ここではたこさんにならないよ……!


「ママー、たこさんにはいつなるの?」

「家で焼いてからかなー?」

「じゃあここではならないの!?」

「うーん、どうだろ、多分そうね」

「えー!?」


 家族連れの子供たちがはしゃいでいる。

 他にも何組か見学者が来ているが、全員家族連れだから正直ちょっと恥ずかしい。


「えっ!?」


 隣にいる久遠が絶句している。

 あ、やっぱ知らなかったのか。


「ここでたこさんには、ならないの……?」

「みたいだな」

「そ、そんな……!」


 あ、なんかめっちゃショック受けてる。

 これが天才小説家の姿か?

 かわいいからOKだけど。


「三時間かけてきたのにな」

「ご、ごめんなさい……」


 露骨にしゅんとしてる。

 なんかこう、嗜虐心を掻き立てられる表情だ。

 端的に言えば、エロい。


「大変だったな、お尻痛いし」

「も、揉むわ! マッサージ!」


 必死にお尻にすがりついてくる。

 子供たちが何事かとこっちを見てる。


「冗談だよ、怒ってないよ」


 焦ってる久遠もかわいいな……なんというか、ポンコツ感がすごい。

 ポンコツかわいい。


「本当に……?」

「もちろん。それに、正直すごい楽しいから」

「たこさんにならないのに……?」

「いやだって、久遠がかわいすぎるし……」

「ん“な“っ!?」


 久遠が聞いたこともないような声を出す。

 

「だ、大丈夫か?」

「え、えぇ……あ、その……は、はじめてよね……?」


 なんか、顔がものすごく赤くなってる。

 あれ、俺なんかしたか?


「え? 何が?」

「その、かわいいって……」

「そうだっけ……?」


 なんか、心の中ではずっと言い続けてたからいつも言ってる気になってた。

 え、まじ?

 俺今、初めて言ったの?

 やばっ、顔が熱い……。


「え、ええ……。だから、その……すごく、嬉しい」

「まあその、うん……」


 なんだこれ。

 なんで俺たちたこさんウインナー工場でこんな雰囲気になってるんだ??


「えと、次いきましょ……」

「そうだな……」



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