第13話 竜胆と未来の旦那様

「断じてハーレムじゃない」

「……そうなんだ」


 京香は冷たく抑揚のない声でそういうと、俺たちの前に座りパクパクとパンを食べ始める。

 ……でけぇ。

 多分身長は170センチ位だけど、身体は鍛え上げられていて威圧感がすごい。

 ……あと、胸も滅茶苦茶でかい。

 F……いや、Gはあるな。

 しかも細身ってわけじゃないから胸そのものの質量が半端じゃない。

 顔も、よく見ると童顔でかわいい顔をしてる。


「そうよ、この人は私の未来の旦那様なの。だから、奪ったらだめよ」

「……ざんねん」


 残念って言った?

 え、どういうことだ?

 

「……ゆうと君、モテモテだから、ハーレムなら私も入ってみたかった」

「はい……?」

「……なにごとも経験って、会長も言ってたから」

「よかったですね悠斗さん、羨ましい限りです」


 どう考えてもよくない。

 左隣にいる久遠の顔が怖くて見れない。


「……けど、婚約者がいるなら、浮気は、だめ?」

「駄目よ、殺すわ」

「……そう」


 どっちを殺すのかは聞かないようにしよう。

 どちらの答えでも怖すぎる。


「……私をハーレムにいれるんじゃないなら、なんで呼んだの?」

「え、京香さんはハーレムに入るつもりでここに来たんですか?」


 渚が余計なことを聞く。

 折角話題を変えられそうだったのに……!


「それも、ある……。一応会長には入るかも、って」

「会長さんはなんと?」

「……『名前は覚えたよ、立花悠斗君』、って言ってた」


 終わった……。

 一番目を付けられたらいけない人に目を付けられた……。


「まあ、冗談……だけど」

「どこまでが?」

「……教えない」


 想像と違って随分愉快な性格をしてるな。


「私たちがあなたを呼んだ理由は、あなたの兄について話があるからよ」

「……話って、なんの?」


 明らかに、京香の醸し出す空気が変わった。

 さっきまでは威圧感はあれど全体的にはのほほんとした雰囲気だった彼女が、今は暴力的な殺意だけを身にまとっている。


「愛衣を、いやそれだけじゃない。あいつはたくさんの女性を脅して……」

「……その話なら、するつもりはない」

「家族だからって庇うのか? それでも風紀委員長か?」


 京香が凄まじい形相で睨みつけてくる。

 童顔だなんてとんでもない、大人の男すら恐怖してしまいそうな迫力がある。


「……家族を、根拠のない悪口で傷つけるのは、許さない」

「根拠なら!」

「ある、の? じゃあ、みせて?」


 拙い喋り方の中に、確かに怒気をはらんでいるのが伝わる。

 適当な出まかせで誤魔化せば本当に殺されてしまうかもしれない。


「今は無い……」

「……ゆうと君のくれたお金で買ったパンに免じて、今日は、許してあげる」

「証拠があればいいんだな?」


 いつの間にかパンを食べ終えていた京香が立ち上がり微かにほほ笑む。

 今までの殺気は嘘のようになくなっていた。


「言い訳できない証拠がある、なら……その時は……」

「その時は?」

「史郎を魚の餌に、する……」

「わかった、ありがとう京香ちゃん」


 俺の感謝を背中で受け止めて、京香は屋上から出て行った。

 言質は取った。

 後は竜胆の仕込みだけだ。


――

―――

――――


 放課後、ボクシング部の部室前。

 なんかもう、外に立ってるだけで汗臭い…・・。

 

「中に竜胆がいるの?」

「ええ、それは間違いないですよ」


 そう、俺たちは竜胆に会いに来ていた。

 何をしに来たかって?

 そんなの決まってる。

 宣戦布告だ。

 俺は勢いよくドアを開ける。

 視界の中に、厳つい男が映る。

 股の間に、女が座っている。

 ショートヘアだから多分愛衣ではない。


「おい、入ってくんなって言ったろ……あ?誰だ?」

「竜胆史郎だな」

「誰だって聞いてんのが聞こえなかったか?」


 ウルフカットで筋骨隆々の厳つい男が俺を睨みつけて来る。

 憎しみの力ってのはすごいもので、普段ならひるんでしまうような状況でも全然気にならない。

 そんなことよりも、早くこいつを地獄に叩き落してやりたい。


「立花悠斗」

「たちばな……? あー! お前、もしかして『ゆー君』か?」

「ああ、そうだよ」


 竜胆が憎たらしい顔で大笑いする。

 ああ、くそっ。

 本当にイライラする。

 

「ようやく気付いたんだな。ははっ、ウケる」

「……っ!」

「……大丈夫、心配するな」


 久遠が怒りで飛び出しそうになるのを制止する。

 左隣にいる渚も、汚物を見るような目で竜胆を見ている。


「なんだ? 新しい女の紹介か? それとも、寝取られに目覚めたからそいつらを抱いてほしいってか?」

「そんなわけないだろ」

「ふーん? けどなぁ……そこの二人はどう思ってるんだ? そいつで満足してんのか?」


 不快な顔で笑いながら、竜胆が両隣の二人に尋ねる。


「当たり前でしょう?」

「少なくとも、あなたよりはマシですね」


 二人は当然だと言わんばかりにそう答える。

 わかってはいたけど、それでもやっぱりうれしい。


「そーかよ。で、お前らいったい何の用だよ? 俺は忙しいんだが?」


 股の間に座る女を見ながら、苛立つように顔をゆがませる。

 この女も脅されてる?

 まあ、今はどうでもいいか。


「いや、なんだ……あのビッチすら落とせなかった男のツラを見たかっただけだよ」

「てめぇ、何言ってやがる?」

「だってそうだろ? お前、結局前は許してもらえなかったんだろ?」

「だからなんだよ。 それ以外は全部俺が上書いてやったぞ、ケツの穴から口まで全部な!」


 ふーん、最後の一線を超えてなかったのは本当なんだな。

 嘘だと思ってた、どうでもいいけど。


「でも、一番大事なところはまだなんだろ?」

「何が言いたい?」


 できうる限り憎たらしい顔と声を作る。


「別に? 哀れだなって思っただけだよ」

「お前、俺の事を聖人君子か何かだと勘違いしてないか? 今からお前をボコって、お前の前でそいつらを犯してやってもいいんだぞ」

「そうなったら、いくら会長でも隠せないわね。私、これでも有名人なのよ? 田舎で偉そうにしてるお山の大将位、簡単に追い落とせるわ」


 久遠が竜胆を煽る。

 実際、久遠に手を出せば間違いなく大騒ぎになる。

 現役女子高生作家がレイプされた、なんて格好のネタだ。


「ちっ……」

 竜胆が面白くなさそうに舌打ちをして足を組む。

 ちなみに足は股の間の女の子の頭と背中の上に置いている。


「愛衣はお前とはもうシないらしいぞ」

「あの女が我慢できるわけないだろ、お前のへったくそなプレイじゃ満足できない体にしてんだからよ」


  よし、ここだ。


「じゃあ、勝負しよう」

「あ?」

「一週間後までにお前が愛衣とヤれなかったらお前の負け、それ以外はお前の勝ちだ。ただし、お前から愛衣を誘うな」

「負けたら?」

「この勝負に負けたことを公言すればそれでいい。つまり、“女の取り合いで負けた”って事実を周りのやつらに知られるだけだ」


 乗ってきても乗ってこなくてもいい。

 ただ、俺に煽られたことだけこいつに覚えさせればそれで十分だ。

 

「ああ、いいぜ。乗ったよ」


 単純な男だ。

 額に青筋が入っていて、頭に血が上ってるのが良くわかる。


「そうか、じゃあ今から一週間後に部室で会おう」


 俺は竜胆に近づき、肩をたたく。


「逃げんなよ?」


 そういって、部室を出る。

 準備は万事順調だ。

 俺は必ず竜胆を潰す。

 そして、愛衣にも相応の報いを受けさせてやる……。

 

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