第8話 嘘とホントと未来の旦那様

 放課後、夕日が道路を照らす今までと違う帰り道。

 隣には久遠が笑みを浮かべながら歩いている。

 

 愛衣や他のクラスメイトにバレないように少し離れた所から合流したから多分大丈夫……なはず。


「スーパーに寄っていきましょう。今日はレシピ通りじゃなく私があなたの好物を作るわ」

「……対抗心?」

「ええ、その通りよ」


 そこは否定しようよ……。

 

「何がいいかしら? 一般的なものなら大体なんでも作れるわよ」

「うーん、じゃあ肉じゃがとか?」

「肉じゃが……わかった、腕によりをかけるわね」


 そう言って笑顔を向けて来る。

 ……かわいい。

 あー、なんだろ。

 すごく平和で幸せだ。

 朝色々あってストレスが溜まってたから、本当に癒される。

 このまま今日は平和に終わってほしいな……。


「ゆー君!」


 後ろから聞きたくなかった声が聞こえる。

 振り向くと、愛衣が笑顔で立っている。

 ……最悪のフラグ回収だ。

 早すぎるし嫌すぎる。


「ね、ゆー君! 何してるの? 買い物とか? 私も一緒に行っていい?」

「……良くない」

「いいじゃん、行こうよ~!」

「お前さ……」

「あ! そう言えばお弁当、ちゃんと食べてくれてたよね! どうだった? 美味しかった? あれね、ゆー君に食べてほしくて早起きして作ったんだ~! ゆー君の好きな物たくさん入ってたよね? 喜んでもらえるかなーって……」

「ええ、とても美味しかったわ」


 早口でまくし立てる愛衣を遮るように久遠が割り込んでくる。


「……あなたには聞いてませんけど?」


 底冷えするような低い声で愛衣が返事をする。

 ……返事はしてるけど、一切久遠の方を見ないのが怖すぎる。


「でも、食べたのは私よ?」

「はい?」

「あなたが一生懸命作ったお弁当、とっても美味しかったわ」

「……どういうことですか?」


 あの、久遠さん?

 竜胆との件が終わるまであんまり煽らないでほしいんだけど……。


「いや、違うんだ愛衣。色々と事情が……」

「わかってる、わかってるよゆー君。そこの女が色々コソコソ何かしてるのは知ってるよ。私は怒ってないから心配しないで?」


 ……久遠の事知ってたのか?

 いつからだ……?


「コソコソしてるのは愛衣さんの方じゃない、ねえ……あなた?」

「コソコソ……? はぁ、やっぱりあなたがゆー君をだましていたんですね。……あのね、ゆー君! 今朝も言ったけど本当に私は何もしてないんだよ? だまされちゃダメ、私を信じて?」


 現在進行形で嘘をつき続けてるこいつの何を信じろと?

 ホント、話すたびに俺をイライラさせるな。


「いや、だまされるって言うか……」

 

 どうしよう、この現場を抑えられた以上今更どう言い訳する?

 この場をうまく収めるなんて不可能だろ……。

 久遠も明らかにヒートアップして抑えが効いてないし。

 

「愛する人に嘘ばかりついて辛くはないの?」

「それはあなたの方でしょう!?」

「信じられない、厚顔無恥とはまさにこのことね」

「ゆー君に何を吹き込んだのか知らないけど、私はゆー君の事を愛してる、ゆー君の彼女なの! 関係ない女が口だしてこないで」

「関係ない、か……。ねえあなた、私は関係ないの?」


 あーあ、もうめちゃくちゃだよ。

 竜胆の件をどうにかしてから別れたかったけど、もう無理だろうなぁ……。

 仕方ない……。

 どう考えてもここから竜胆の件を伝えず乗り切るのは無理だ。

 もちろん一度久遠と別れて愛衣との付き合いを継続すればどうにかなるかもしれないけど、それは俺が受け入れられない。

 曖昧な関係を続けるのは不可能だ。

 流れはもう決まっている。

 ……流されていけ。

 俺は覚悟を決める。

 


「関係あるよ」

「ふふっ……そうよね」


 久遠の声のトーンが僅かに高くなる。

 気が付くと久遠が手を握ってきている。

 俺は強く握り返し、愛衣の顔を見つめる。


「俺さ、昨日死のうと思ったんだ。放課後、学校の屋上から飛び降りて」

「……え?」

「どうしてだと思う?」

「そこの女に、だま、されて……」

「本当にそう思うか?」


 愛衣の顔がみるみるうちに青くなる。

 額に汗が流れ、目が泳ぐ。


「だ、だって私わかんない……」

「愛衣は、本当になんの心当たりもないのか?」

「な、ないよ……? 私は何も……」


 はぁ、もう駄目だな。

 本当に、最後まで……。


「竜胆史郎、知ってるよな」

「……っ!?」


 愛衣が久遠を睨みつける。

 

「なあ愛衣、こっち向けよ」

「こいつが何か言ったの? けどね、違うの! 本当に違くて……!」

「違うよ愛衣、久遠は何も言ってない」


 余りにも愛衣の態度が酷すぎて逆に冷静になって来る。

 怒る気にもならない。


「じゃあ、どうして竜胆君の名前を……」

「スマホ、みたんだよ。ごめんな、勝手に見て」

「そんなの、そんなの酷いよ! どうして勝手に見るの? みないでってずっと言ってたのに……」


 愛衣が今日一番動揺し、俺に詰め寄って来る。

 うっざ……。


「どっちが酷いのよ……」

「うるさい! 外野は黙ってて!!」


 あきれたように呟く久遠を遮るように怒鳴る。

 

「ねえ、ねえ違うのゆー君! あれは、あれはね? ほんと、違くって……!」

「何がどう違うんだ?」

「えっと……」


 努めて冷静に、諭すように言う。

 落ち着いてくれないと話にもならない。


「えっと、その……竜胆君はあくまで友達で……」

「友達に裸見せるのか、すごいな」

「ね、ねえどこまで見たの……?」

「残ってるメッセージは全部見たよ、俺との約束をすっぽかして竜胆とあってたのも知ってる」

「あれは、竜胆君がどうしてもって言うから仕方なく……」


 鼓動がどんどん早くなる。

 冷静でいたはずの気持ちが、どんどんと興奮していくのがわかる。


「『すごく幸せだった』んだろ?」

「それは……そう! た、食べ物が美味しくて、それで幸せだったってだけ……」


 すごいな、どんどん口から出まかせが出て来る。

 噓つきの世界チャンピオンになれるかもな。

 ……そんな競技無いけど。


「なあ、いい加減嘘をつくの辞めないか?」

「嘘じゃ……ないよ?」

「俺とするより竜胆とした方が上手いんだろ? 気持ちよかったんだろ? ……全部お前が竜胆に送ったメッセージだぞ?」

「違うの、本当に違うの……」

 

 話しているだけでイライラしてくる。

 久遠は隣で黙ったまま俺の手を強く握りしめる。

 今の俺にとって、それが唯一の心の支えだ。


「なあ愛衣、もういいだろ? 認めてくれよ。竜胆と浮気してたんだろ? 俺の母親の名前を使ってまで俺をだまして……!」

「……確かに、私は竜胆君とあってたよ。けど、身体は許してない。それだけは本当」

「気持ちよかったっていうのはマッサージでも受けてたって事? 裸で?」

 

 久遠が嘲笑するように笑いながら質問する。


「それは……半年くらい前、竜胆君に脅されて、その……」

「脅されて犯されただけで、自分の意思じゃないと?」

「犯されそうになったの、けど、けどね? 怖かったけど、本当に怖かったけど……こ、断ったの」


 ……何言ってんだこいつ。

 

「断って、その代わり口でしたの。それからも、何度も呼ばれて色々されて、後ろに入れられたりとかもしたけど……確かに気持ちよくて、色々言ったりしたけど……それでも本当にアソコには入れてないの……! それだけは、ゆー君のためのモノだから。だから私、本当に我慢して……!」


 ……はい?

 えっと、え?

 俺、今人間と話してるはずだよな?


「ねえ、愛衣さん。あなた何を言ってるの?」

「うるさい、話しかけんな……! 今ゆー君と大事な話の途中なの……!」


 本格的に意味が分からない。

 いやだって、挿入以外はしたってことだよな?

 それで、え? 我慢した?

 駄目だ、本当に意味がわからない。


「ねえゆー君、わかってくれた? 私の所に帰ってきてくれる?」


 あー、もうなんかどうでもいいや。

 こんなバケモノ、もうどうなってもいい。


「わかった、いいよ」

「……え? あなた?」


 久遠が焦ったように俺の顔を覗き込む。


「そうだよね、ゆー君ならわかってくれるよね!」

「ねえ、あなた、どういうこと? 今の愛衣さんの言い訳で許したってこと? じゃあ、私との関係はもう……?」


「はは、ざまーみろ! 何が“あなた”よ、奥様気取り? ゆー君は私の彼氏なの、その手も早く離しなさいよ」

「そんな……」


 強く握られていた久遠の手から力が抜ける。

 俺はそんな久遠を引き留めるように強く握りしめなおす。


「愛衣、一つだけ条件があるんだ」

「なんでもいいよ! ゆー君のためならなんだって出来る……!」

「一週間だけ待ってほしいんだ。その間だけ久遠と過ごさせてほしい。そういう約束なんだ」

「……わかった、けど絶対えっちなことしたら駄目だよ?」

「ああ、もちろん。愛衣も絶対にしないでほしい。特に、たとえ無理矢理でも犯されたら……その時は別れよう」

「いいよ! ふふっ、楽しみ……! 一週間なんてあっという間だもんねっ」


 愛衣が満面の笑みを浮かべている。

 これでいい、これで全て上手くいく。


「久遠さん、せいぜい一週間楽しんでね。それじゃ、また明日」


 そう言って、愛衣は笑いながら帰っていった。


「ごめんな、久遠」

「本当に酷い人ね」

「えっと、あれはな……?」

「ふふ、わかってる。わかってるから、酷いって思うのよ……」


 どうやら、久遠は俺の意図を汲んでくれたみたいだ。

 一週間だ、一週間でケリをつける。


「でも、今晩は慰めて、ね? 私、すごく悲しかったのよ」

「……お手柔らかにお願いします」




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