第7話 あんパンと弁当と未来の旦那様

 久遠が小さな口であんパンを頬張っている。

 まだほんの少し目を充血させながら美味しそうに食べている姿がとてもかわいい。

 

「あなたはお昼食べないの?」

「あー、いやぁ……」

「どうしたの?」

「買い忘れた……」


 朝のドタバタでメンタルが逝ってたこともあって、食事の事を完全に忘れていた。

 手元にあるのは愛衣が作った弁当だけだ。


「それは違うんですか?」


 渚が俺の手にある袋をみながら首をかしげる。

 本当に目ざとい女だ……。


「これは今朝愛衣に押し付けられたんだよ、食べる気にもならないけど捨てるのはちょっとな……」

「なら、それを私に頂戴。あなたには私のパンを上げるわ」

「いいのか?」

「ええ、もちろん」


 助かった、昼抜きは普通につらい。 

 弁当の袋を久遠に渡し、パンを受け取ろうと手を伸ばすが何故か渡してくれない。


「あの、パン……」

「はい、あーん」

「な……!?」


 隣に初対面の女の子がいるのに目の前で「あーん」しろだと?

 恥ずかしすぎる。


「いやなの? なら今日はお昼抜きね」

「いや、だって……」


 久遠の隣にすわる渚を見ると、それはもう楽しそうにニタニタと笑っている。


「あ、あーん」


 昨日の夜とは違う気恥ずかしさに襲われながら、渋々あんパンを食べる。

 正直恥ずかしくて味がしない。


「えらいえらい」


 頭を撫でられる。

 頼む、本当にやめてくれ……!


「幸せそうで何よりです」

「……うるさい」


 渚がクスクスと笑う。

 久遠はあまり気にしない様子で弁当の箱を開ける。


「これはこれは、手が込んでますね……」

「……そうね」

 

 弁当の中身を見た渚が驚きの声をあげる。

 唐揚げ、卵焼き、コロッケ、ハンバーグ、色付けにトマトが並んでいる。

 どれも俺の好物だ。

 正直、かなり美味しそう。


「見てください、全部手作りですよこれ? 朝から揚げ物なんて、私なら面倒くさくて絶対作りません」

「そう? 私なら毎日だってやれるわよ」

「意外ですね、久遠さんって料理が好きなんですか?」

「……愛があるからよ」


 愛があるから、ね。

 あいつにもまだ、俺に対する愛があるってのか?

 だとしたら……。


「ふむふむ、つまり小日向さんはまだ悠斗さんを愛していると……」

「そうかも知れないわね」

「よかったですね立花さん、モテモテみたいですよ」

「俺は一人から愛されたら十分なんだよ」

「そうね、私がお腹いっぱいになるまで愛してるもの、他の人間の愛なんて必要ないわよね」


 食傷気味だけどな、とか言ったら機嫌が悪くなりそうだからやめておこう。


「そういうものなんですかねぇ……」

「もし渚の言う通りまだあいつが俺の事を愛してるんだとしたら、俺は心底気持ちが悪いよ」

「確かに、それもそうですね……」


 俺を愛していながら別の男に抱かれるとか、気持ち悪すぎるだろ。

 少なくとも、二度とあいつを抱きたいとは思えない。

 端的に言えばあいつじゃアレがたたない。


「中々美味しいわね……」

「手間暇かかってる感じがしますね」


 渚まで弁当に手を付けだした。

 愛衣は割と料理が得意だし、美味しいのは当然だろう。


「ふふっ、みじめね」

「……みじめ?」

「だってそうでしょう? きっと朝早起きしてあなたのために一生懸命作ったのに、それを別の女に食べられるなんて。私ならみじめで死にたくなるわ」


 久遠が心底愉快そうに笑う。

 

「きっとあの子は、“悠斗、美味しいって言ってくれるかな”とか、“早く食べてほしいな”とか、そんな風に考えながら早起きして作ったのよ」

「……」


 子供のころから何度もあいつの弁当を食べてきた。

その度にあいつは、俺の食べるところを嬉しそうに見ていたな。


「心が痛む?」

「……別に」

「別にいいのよ? 例え裏切られても裏切った相手に情が湧いてしまうような、そんな優しいあなたが大好きなの。だから、気を使わなくていいわ」

「別に気を使ってるわけじゃない、ただよくわからないだけだ」

「……そう」


 久遠から差し出されたあんパンを食べる。

 今の俺には好物だらけの弁当よりもこっちの方が口に合っている気がする。


「あなたはこういうのが好物なの?」

「まあ、基本的に俺の好きな食べ物しか入ってないな」

「ふーん、参考にするわ」

「食べ物の好き嫌いは意外と子供っぽいんですね」

「いやいや、そんなことないだろ」


 唐揚げ、卵焼き、コロッケ、ハンバーグ、全部弁当の定番メニューだ。


「かわいらしくて良いことじゃないですかっ」

「笑いながら言われても説得力ないが?」

「いいんですか久遠さん? きっとデートにファミレスとか行くタイプですよ」


 いいだろファミレス、安くて美味しいし……。


「味覚が子供っぽかったとしても、そんなところも含めて大好きだから問題ないわ」

「……全肯定メンヘラはこれだから」

「良いことじゃない、愛する人の全てを肯定してあげられるなんて素晴らしいことでしょう?」


 大丈夫?

 なんか久遠さんの目、ハイライト消えてない?


「これはダメ男に捕まったら一滴残らず絞られますね……。悠斗さん、久遠さんの事捨てないで上げてくださいね」

「まだ付き合ってすらいないよ」

「ダメですよキープなんて! 久遠さんがホストにはまって、支払いできない位ツケが出来て大久保公園の立ちんぼになっててもいいんですか!?」

「妄想が具体的すぎる……」


 けどなんか、ホストにハマりそうな感じはわからなくない。

 現に家まで建ててるし。


「私は一生悠斗推しだから問題ないの」

「お、おう……」


 もうなんか、どんな反応すればいいかわからん。


「それに、私の体は髪の毛から足の指まで全部売約済みなの。他の男に売ることなんてあり得ないわ」

「確かに、これは久遠さん一人で十分な量の愛を摂取出来てますね……」

「……そうだろ?」

 


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