第6話 脅迫と未来の旦那様

 昼になり、屋上に向かう。

 最悪の気分だ。

 昼になるまで保健室で横になりながら、ずっと教室での出来事を思い返していた。

 ……どうやら愛衣は、俺が母さんの事をどれだけ大切に思っているかすら忘れてしまったらしい。

 まあ、いい。

 色々と踏ん切りもついた。

 取り敢えず今は束の間の息抜きを楽しもう。


 昨日とは正反対の気持ちで屋上のドアを開ける。

 五月も下旬に差し掛かり、季節は夏へと移り変わりつつある。

 陽ざしはキツいが、過ごしやすく気持ちがいい。

 

「あら、早いのね。早く私に会いたかったのかしら」

「それなりにな」


 屋上には既に久遠がいた。


「おやおや、お熱いですね。お二人が仲良さそうにしていて嬉しい限りです」

 

 久遠の隣には背の小さな女の子が立っている。

 中学生と言われても受け入れてしまいそうなほど小柄だが、顔立ちは整っていてかわいらしい。


「この子が竜胆について調べてもらってた子よ、これでも私たちと同い年らしいわ」

「なんて失礼な……。どうも、渚です。苗字は嫌いなので知りたかったらご自分で調べてください」

「ああ、どうも。何回か見たことあるよ、確か新聞部だよな?」

「そです、学校の事なら何でも知ってると自負しています。もちろん立花さんと小日向さんの関係も重々承知してます。幼馴染でお付き合いしてる有名なカップルですから」


 俺たちってそんな有名だったのか……。

 ちらりと久遠の顔を見ると、今まで見たことないくらい冷たい表情をしている。

 こわっ……。


「何度も言っているでしょう? “私が“真の幼馴染なの」

「幼馴染に真もくそもないような……」

「うるさい、良いから早く話しなさい」

「はいはい、わかりましたよー」


 この二人、仲いいみたいだな。

 確か、久遠は今年から転校してきたはず……だよな?

 なんか新学期に転校生が来たのを覚えてる、多分それが久遠だったんだろう。

 たった一月ちょっとで随分と仲がいいな。


「竜胆史郎、でしたよね。知ってます、知ってますとも! なんたって生徒会長の軍用犬、荻野京香の双子の兄ですから」


 まじかよ……。

 うわ、関わりたくないなー。


「生徒会長の軍用犬……? 随分物騒な呼び方ね」


 久遠が不思議そうな顔をする。

 こっちに来たばかりだし無理もないか。


「そう言えば久遠さんはここにきてまだ日が浅いからこの学校のルールについて知らないんでしたね」

「そうね、余り詳しくは知らないわ」

「なら、教えてあげますよ」


 渚が神妙な顔をして話始める。


「我が校の生徒会長一条葵さんは市長の一人娘にして跡取りです。そんな彼女はうちみたいな小さな市にとってはある意味絶対的な存在なんです」

「ふーん、それで?」

「数年前、西の京と呼ばれていたレジャーランド跡地をとある宗教団体が買い取りそこに大挙として信者たちが訪れました」


 懐かしい、よくヒーローショーを見に行ってたな。


「彼らは過疎になりかけていたこの地に根付いて布教をはじめ、政治にまで手を出そうとしたんです。というか、今もしています」

「……随分物騒な話ね」

「特にまだ若い中学生や高校生に対して同年代の信者を使った熱心な布教活動が行われた結果、一時は住民の一割が信者になっていた時期もあるんです」

「冗談でしょう……?」

「本当です。このままではその子たちが選挙権をもつ数年後には市議会で強い影響力を持つことになります。会長はそれを防ぐために、高校内での一切の布教を禁止しています。そして、その取り締まりをより強固にするための暴力装置として風紀委員会が存在します」


 風紀委員会とは名ばかりの暴力組織。

 基本的にうちの高校の生徒は誰も逆らわない厄介極まりない連中だ。


「暴力装置って……」

「彼らの暴力は黙認されています。校長すら会長には逆らえませんし、そもそも信者たちの布教をよく思っていないので止める気もないです」

「……あなた、引っ越さない?」


 久遠がひきつった顔で俺を見る。

 まあ、そうなるよな。異常だよ、ここは。


「卒業したらな」

「あと一年半も先じゃない……」


 絶望、って感じの表情だ。


「荻野京香はそんな風紀委員会の委員長です。たとえ男だろうとあらゆる敵をなぎ倒し、総合格闘技の団体からいくつも声がかかっている位の実力者です」

「で、その兄だか弟だかが竜胆史郎? 親が離婚したとか?」

「そうです。竜胆の方は母に引き取られたとか……」

「ふーん……」


 なんとなくそこだけはシンパシーを感じるな。


「さて、話を戻しまして竜胆史郎ですが、最低最悪の人間ですね」

「どういうことだ?」


 ほんの少し胸がざわつく。


「色んな女の子を脅して犯して、いらなくなったら捨てる。被害者の数は私でも追いきれてないです」

「脅して……?」

「そうです。多分小日向さんもそんな脅された被害者の一人だったんじゃないですかね」


 ……愛衣が被害者?

 ふざけんな、被害者が加害者にあんなメッセージを送るか?

 送るわけがないだろ。


「被害届とかは出てないの?」

「どうやら会長が間に入ってるみたいです。被害者の女性は殆ど全員転校してどこかに……」

「そう……」

「よかったですね立花さん、彼女さんは脅されただけの被害者みたいです。何やら朝色々あったみたいですが、話し合えば解決するかもしれませんよ」


 そんなことまで知ってるのかよ。

 耳聡い女だ。


「あなたは、えっと……その……寄りを戻したいの?」

「愛衣と?」

「脅されていたのなら、その……浮気ではないわけだし」


 小さく、か細い声が上擦っている。

 鼻水をすする音も微かに聞こえる。


「浮気じゃない、か」

「私たちの関係はあくまで仮だから、今ならまだ簡単に解消できるわ」

「……」


 久遠の顔をみる。

 目は充血して赤くなり、頬には微かに涙がつたっている。


「久遠はそれでいいのか?」

「私の人生で一番優先順位が高いのは、あなたの幸せだから……」


 鼻水をすすり、頬も紅潮している。

 今までのクールで綺麗な顔とは程遠い。

 俺が見た久遠史上一番ブサイクだ。

 

 ……でも、その顔は今まで見たどんな女よりも愛おしくみえる。


「すごく幸せだったらしい」

「え……?」

「俺にバレないように、俺との約束をドタキャンして竜胆と過ごした時間は、すごく幸せだったんだと」

 

 そう言って、俺は二人にスマホに保存してあるメッセージを見せる。


「ほう、これはこれは……」

「なにこれ……」


 スクショにして大量に保存してあるメッセージ履歴には、最高に気持ちよかっただの、またシたいだの、ゆー君よりも上手いだの、それはもうたくさんの“愛の言葉”が記録されている。


「脅されてるように見えるか?」

「さあ、どうでしょう。もしかしたら強要されていたのかも知れませんよ?」

「有り得ないだろ」


 渚がクスクスと笑う。

 ずいぶんと楽しそうだ。


「あなたは、こんなものを見て……。だから昨日あんなことを……?」

「そう、俺にはもう愛衣しかいなかったからな。こんなの見たら、とてもじゃないけど正気じゃいられない」

「あまりにも、あまりにもひどい……」


 そう言って、久遠が顔を覆う。

 俺のために泣いてくれるこの子と、あいつ、どっちが大事か。

 そんな物考えるまでもない。


「いいんですか? 今は楽しんでいるにせよきっかけは竜胆による脅し……つまり小日向さんは被害者ですよ」

「知るかそんなこと、大切なのは今だろ」


 きっかけ? 知らん、どうでもいい。

 俺に助けを求めず、逃げもせず、寧ろ俺を裏切って楽しんでるような。

 男の上で腰を振って媚びへつらってるような。

 そんな身勝手な女どうでもいい。

 きっかけがどうだろうと俺を裏切っていた事実は何も変わらない。


「じゃあ、私たちの関係は……?」

「正式に別れるまでは、このまま仮でいよう。その後は……まあ、前向きに検討ということで……それでいいか?」

「っ!!!」


 久遠が駆け寄ってきて、そのまま俺の胸に顔をうずめる。

 かわいくて、愛おしくて、たまらない。


「放課後に別れ話でもするんですか? もしそうなら是非取材を……!」

「いや、まだしない」

「……それはまたどうして?」


 渚が不思議そうに顔をかしげる。

 ただ別れるだけ?

 そんな事してもただ竜胆とくっついて終わりだろ。

 愛衣が竜胆に捨てられるのは心底どうでもいい、どうでもいいけど……。

 あいつが俺に振られて男に慰められてる所なんて、想像もしたくない。

 気持ちが悪い、吐き気がする。


「竜胆をこの街から追い出す。愛衣には俺と別れて一人孤独に泣いてもらう。あいつが誰かに慰められるなんて許さない」

「それはまた、随分とお優しい」 


 渚がニヤニヤと笑う。

 俺は久遠の頭を撫でながら渚を睨みつける。


「私も協力します。ちょうど“被害者”もいらっしゃる事ですし、どうとでもなりますよ」

「もちろん私も手伝うわ」


 罪には罰を。


 絶対に報いを受けさせてやる。

 


 ―――――



読んでいただき本当にありがとうございます。

ぜひ、もう一話だけでもお読みいただけると幸いです。


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