第42話 情報収集第五PHASE 決着――立ちはだかる英雄


 医療魔法や薬を投与した所で人は簡単には完治したりはしない。

 所詮は神様が創り出した欠陥品が人間なのだから。

 医療魔法や薬も効果がある人間とあまり効果がない人間。

 すなわち個体差があり、それらは全ての分野に対して一つ一つ目に見えないパラメータとして存在している。

 佐藤刹那の魂は転生して魔法が存在する世界に身体を再構築してやって来た。

 だけどパラメータはどれも目を瞑りたくなるほどに悪く、決して人に自慢できる物は何一つない凡人魔法師として生まれ変わり二度目の生を手に入れた。


「ほぉ? お出迎えとは亡霊にしては随分と気が利くようだ」


 夕焼けが沈み街灯が街全体を照らし始めた頃――サルビアホテル正面玄関前に一人の来客者。

 体格が良く、赤い短髪はまるで燃えているようだ。

 大根のように太い首元には福永家当主が代々継いできた家宝のペンダント。

 筋肉質の腕や足は血管が浮き出ており、龍の刺繡も入っている。

 四十六歳にも関わらず、十代のような若々しい筋肉質の身体は日々の鍛練があって維持できる肉体だろう。

 そんな男を出迎えたのはEランク魔法師佐藤刹那。


「待ってたぜ、野田家当主」


 最弱ランク魔法師はチラッとサルビアホテルの屋上を見た。

 そこにはサルビアホテルの支配人三依と副支配人のさよが見守っている。

 刹那が負ければ最後の砦を失い力による支配が及ぶことになるだろう。

 二人は刹那にサルビアホテルそしてサルビア街の未来を託したのだった。

 そんな二人の横に唯がいる。

 この世界に来て初めてできた大切な家族である。

 こんなちっぽけな背中にホテルを利用している客人たちを含めた沢山の人の未来が乗っていると思うと笑えてくると最弱は小さく笑う。

 もう復讐は終わった。

 後は目の前にあるペンダントを取り返すだけなのだから。

 倒さなければいけない、と考えるのは止めた。

 ただ取り返すだけ。

 それだけでいい。

 下手に命を狙われているとか考えるからビビッてしまうと言うなら意識をそこから逸らし目的でゴールを設定すればいい。どの道目的達成には同じ結果が求められるのならちょっとでも気持ちが楽な方に自分を誘導してしまえばいい。

 そうすれば身体が動いてくれるのだから。


「ふっ、英雄か……そうだよな……」


 不敵に微笑んでまるで目の前の悪党に告げるように。


「三人が望む英雄にここでならねぇと漢じゃねぇよな!」


 肩幅に足を開き戦闘態勢に入る。

 医療魔法で回復したと言っても完全に復活したわけじゃない。

 肉体が受けたダメージは疲労として目に見えない疲れとしてどこかしらに残る。

 魔法は万能じゃない。

 けれど――悪くないと思う。

 立ち上がるチャンスをこうして生み出してくれたのだから。


「どうやら俺は運がいいらしい。亡霊……お前が逃げる道を選ばなくて良かった」


「どういう意味だ?」


「なに、簡単なことだ。息子を殺したお前を殺す理由は既にでき、お前を消せばこの街は俺の物になる。後はお前を見守っている哀れな女三人」


 勝正の視線が一瞬吸い寄せられるようにサルビアホテルの屋上に向けられた。

 偶然か必然か。

 全く別の問題と思われていたサルビアホテルとサルビア街の全権問題と唯と刹那の復讐。

 それがここまで密接していたとは。

 世の中は案外単純なのかもしれない。


「戦う前に二つ聞きたいことがある」


「良いだろう。お前が逃げた場合探して殺す手間暇を考えれば冥土の土産で済むと言うなら用意ぐらいしてやる」


「そのペンダント返してはくれないか?」


「これか?」


 自分の首元にぶら下がった赤いペンダントに軽く触れる勝正。


「それは無理な願いだ。それで二つ目はなんだ?」


 どうやら争いは避けられないようだ。

 上手くいけば屋上から見守ってくれている三人に心配をかけずにことが済むかもと思ったがそれは叶わない夢物語となってしまった。

 一見隙だらけのように見える勝正だが、集中した刹那にはわかってしまった。

 この男油断も隙もないと。

 十メートルほど離れた距離でありながら肌が痛いほどに感じる魔力。

 それは総一郎や総次郎と戦った時には感じなかった殺気を具現化した狂気のよう。

 これが福永家の家宝の力を得た野田家当主の力。

 悪い奴の手に渡るとマズイとあの日唯が刹那を置いて一人で行こうとした理由が今ならよくわかる。


「お前はそのペンダントの力を借りて爆炎の域にいけたのか?」


 刹那は見逃さなかった。

 ピキッと勝正の細い眉毛が僅かに動く瞬間を。

 気分を悪くしたのか舌打ちして唾を吐き捨てる素行に少し一安心する。

 上美未来と同じ力が使えないのなら所詮は見せかけのSランク魔法師。

 どうやら本来は唯が持つべきペンダントと唯が継承するオリジナル魔法の二つがあって初めてSランク魔法師の領域に足を踏み入れることが許されるらしい。


「殺す! ――熱き魂を燃やすのは熱き炎。炎は赤く燃え目の前の臆病者を恐怖させる――紅炎業火の舞(メテオダンス)!」


 突如刹那の足元に出来た小さい魔法陣は一気に拡大し直径三メートル程度となり赤く輝き始める。


「ま、まずい……ッ!!」


 指先に魔力を集中させて急いで書く。


 ――【耐火】【跳躍】


 勝正がこちらに向けた手を握るとゴッ!! という音と同時に真っ赤な炎が出現し刹那の身体を空中へ吹き飛ばす。

 地面に激突して骨が折れたような激痛に全身が襲われる。

 もし跳躍で炎の攻撃を軽減させ火に対する熱さを軽減させていなかったらボロボロの丸焦げになっていたかもしれない。

 関節が悲鳴を上げ上手く力が入らない両足で立ち上がる刹那。

 口の中で鉄の味がする。


「そうだ。それでいい、では男らしく殴り合いと行こうか――正義の鉄拳は炎を宿し、魂に共鳴し熱を持つ――炎拳(えんけん)」


 軽いステップを踏み始めた勝正が軽く握った両拳を覆うようにして炎が生まれる。

 まるでボクシングの時に使うグローブのような炎。

 それを刹那は見る。

 すり足でゆっくりと慎重に近づいてくる勝正の動きは格闘技経験者の物。

 その両目は既に刹那に向けられ僅かな動きも見逃さないと言った目力がある。

(これが当主。アイツらとは風格が違うし明らかに戦闘慣れしてやがるな……)

 刹那は半身になって構え、小さく呟く。


「当主名乗るだけの実力は本物ってわけだ」


 元和田家の分家。

 理由はどうあれ滅ぶ前の和田家を支えてきたその力を今度は和田家を完全に潰し支配するために向ける。

 刹那はこの時唯ともう一人の自分が言っていた枷の理由を深く理解する。

 こういう事か、と。

 恐らく美乃梨はこの可能性に気付いていたのかもしれない。

 だから枷を作った。

 刹那はまだ正しく知らない。

 自分がどこまでの事象を起こせるのか。

 攻撃用魔法ではなく当主を護るための防衛用の魔法――【文字】。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る