第41話 情報収集第五PHASE 決着――もう一度立ち上がる英雄


「刹那はん。ちょいと今後に関わる真面目な話してええ?」


「はい」


 思わず息を吞みこんだ。

 三依のここまで真剣な表情は初めて見る。


「我が送った諜報員からの報告や。我がリークした偽の情報に気づいた野田家当主野田勝正が単独でこちらに向かってきよると三時間前ほどに報告があった。狙いは間違いなく刹那はん、アンタや」


 三依の鋭く突き刺さるような視線に心臓がドクンっと反応する。

 生きた心地がしないのはきっと身に降りかかった危険性に身体が反応しているからだろうか?

 きっと……これは過敏などではない、と思う。


「野田家分家そして本家の者を殺したという大義名分を得たわけやな」


「俺があいつらを殺したから……」


「そうや」


 ゆっくりと頷く姿に冷や汗が止まらない。

 三依の手腕があっても困惑するほどの案件。

 間違いなく簡単に解決するような話ではないのだろう。


「野田勝正ちゅう男について少し話すで。とりあえず今は話を聞いて欲しいんやけどええかいな? ちょいと時間が足りへんなんてこともあり得るからな」


「わかりました」


 頷くしかできなかった。

 だって唯とさよがさっきから黙っている……つまりはそう言うことなのだろう。

 三依が語る野田勝正の情報は簡単にまとめると以下の通り。


 性別:男


 唯をレイプした主犯格の父親


 Aランク魔法師


 性格が腹黒くいい噂は効かない。

 欲しいと思った女はどんな手を使っても手に入れる。

 そんな最悪の性格とは別に政治や経営の才能もあり、野田家を束ねるだけの実績と実力は確かなもの。


 こんなところだ。

 だけど問題はまだあった。


 もっとも大きい問題。

 それは――。


「勝正はんは和田家の家宝を間違いなく持っとるはずや」


「つまりSランク魔法師クラスの強さを持っているかもしれないというわけですか?」


「そうや。そんな魔法師を止めることができるのはここには一人しかおらへんのや……家宝がなくても強い魔法師わな」


「唯さんですか?」


「そうや。でもな、心の傷ってのは難しくて原因を取り除いても外傷とは違って完治には長い時間が必要なんねや」


「…………」


 嫌な予感がした。

 それを確かめるように三依が心の中を読んだ如く。


「黙る……それは恐いけん?」


「…………」


 突然目に見えない大きな手に心臓を掴まれたような感覚が襲う。

 総一郎の時はなかった。

 Sランク魔法師……その言葉はあまりにも刹那の中で大きかった。

 憧れ尊敬する魔法師――和田唯。

 彼女を超える力を持った人間から命を狙われていると言う状況に身体が硬直し言葉を失った。

 ぬるぬるとした嫌な汗は脳が正常に事の事態を把握しているから。

 最初からこうなる可能性は考えていたはずなのに。

 それでもあと一歩で全てが解決すると言う安堵が今まで麻痺させていた人としての感覚を正常に機能させるきっかけとなってしまった。

 ここにきて自分の『生』に執着心が生まれたのだ。

 より正確には脳が今後調子を取り戻した唯との未来を考えてしまったのだ。


「ハッキリ言うで。ここに勝正はん相手に戦える魔法師は現状おらへん。今の唯はんじゃ勝つのは到底不可能な相手や。そうなると唯はんと同じ魔法が使える刹那はんが一番勝つ可能性があるんや。っても確率は零に近いけどな。そして相手の狙いも刹那はん。そうなると全ては刹那はん次第ちゅうことになる」


「…………」


「この際我の事情は捨てて構へん。最後の大仕事どうするか教えてや。魔法師刹那はん」



 その言葉はあまりに重く。

 その言葉はあまりに痛い。

 そして戦うか逃げるかを悩み始めた刹那に唯が声をかける。


「ごめんね。私……最後までなにもしてあげられなくて……」


 自分の無力を悔いて突然涙を流す唯。

 膝の上に置かれた二つの拳には力が入っておりプルプルと震えている。

 声は後悔に満ちている。

 大切な人の涙は見ていて辛い。

 もし野田勝正がSランク魔法師の上美未来と同じ領域で魔法を扱えるとしたらどんなに足掻いても勝ち目はないだろう。

 それでも戦う理由……唯が大切にしていたペンダントを取り返す。

 それだけ。

 ――だけどそれは佐藤刹那と言うちっぽけな魔法師の中ではとても大事なこと。

 ――だけど今はそれと同じくらいに生きたいと思ってしまう。ゴールが見えてしまったから。唯が元気になる……。


 二つに一つしか選べない。


 突然静寂に包まれる病室。

 天井を見上げても答えはでない。


 でも――なぜ自分が立ち上がったのか。を思い出して見るとすぐに答えがでた。

 ゴールは見えた。

 でも自分の使命はまだ終わっていない、と強く思えたから。


「三依さん教えて下さい。野田勝正はいつここに来ますか?」


 三依が鼻で笑った。

 まるでこうなることを知っていたかのように。

 その言葉を待っていたと言わんばかりの顔で。

 手に持ったデバイスの画面を見て、最新の情報を提示する。


「我にきた報告をそのまま読み上げるで」


 その言葉にさらなる緊張が襲う。


「侵入者は既にサルビア街に入りました。一時間以内に三依様さよ様がおられるサルビアホテルに到着するかと思われます。メッセージ内容や」


「随分慌てていますね。ホオズキ方面からサルビアホテルに向かっているとしたら普通三時間はかかります」


「さよの言う通りや。尾行にも気づかんぐらいに内心慌てとるんやろうね」


「野田勝正ほどの男がですか?」


「そうや。これは我の勝手な予想や。勝正はんと刹那はん……なんか因縁があるんやない?」


 三依とさよの視線。

 少し遅れて唯の視線が刹那へと向けられる。


「さよを人質に取られたときな、勝正はんは我にこう言ったんや。『……チッ。亡霊なら亡霊らしくしてろってんだ』と。なんか心辺りとかあったりせえへん?」


 その言葉に色々と考える。

 だけどこの世界に来て野田勝正とは会ったことも話したこともない。

 そんな相手となにか因縁があるんやない? と言われても正直ないとしか言いようがないわけだが、なぜか心の奥底でチクリと刺さる違和感を覚える。

 まるでくしゃみが出そうで出ない時のようにむずがゆい感じの癖して出てくれないような感覚。

 記憶にはない因果。

 その巡り合わせがもしこの状況を生み出したと言うなら佐藤刹那という魔法師がこの後どうするかも全ては運命と言う目に見えない道の上に用意された試練なのかもしれない。


「……ないはず……ですけど……」


「そうさかい。なら仕方あらへんな」


「すみません。それと皆さんに一つお願いがあるんですか良いですか?」


「ええで。まずは言うてみ」


 刹那は自分の考えを口にする。

 それがどれだけ無謀なものかを正しく理解した上で。

 万に一つの可能性があるならその一を今手繰り寄せるために。

 最後の賭けに出ることにする。

 それはある気持ちから生まれた言葉でもあった。

 生きたいとは思う。

 だけど、やっぱり救いたいって気持ちが自然と大きくなったから出た言葉だった。


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