第43話 情報収集第五PHASE 決着――偽物と本物の英雄
「何を考えているのか知らんが逃がしはせんぞ? ――炎は何人も逃がさない牢獄となりて罪人に罰が下るその時まで牢獄として存在する――炎熱嵐壁(フレイムテンペストウォール)」
地面から伸びた七本の太い炎の柱。
まるで炎のリングのように刹那と勝正を取り囲み、他の侵入や中からの脱走を阻止するように炎の柱は円状に並ぶ。
大技に頼らない分派手さは一切ないが徐々に追い詰めてくる姿勢を見せる勝正。
両者の距離は五メートル前後。
「良し魔力も十分。近接、遠距離、の両方からの攻撃は結構対処に手間取るのは魔法師の世界では常識。さて亡霊魔法師にもそれが通じるか試してやるとしようか。――全てを零へと導く神炎は全てを焼き尽くす深紅となりて地上に舞い戻らん。顕現せよ鳳凰!」
「この詠唱は……まさかっ!?」
「驚くのはまだ速いぞ? Aランク魔法の中でも上位に位置する時間魔法。それはお前も知っているな亡霊? ――魔力を糧として世界に求めるは時間の経過――全てを零へと導く神炎は全てを焼き尽くす深紅となりて地上に舞い戻った――」
時間魔法。
それはAランク魔法師でもほんの一握りの者しか扱うことができない高等魔法。
それを難なく使う勝正。
それは魔法行使に本来必要な時間を大量の魔力を消費することで強制的に短縮させる効果を持つ反面、針の穴を通すほどの精密な魔力操作が必要となる魔法。
連続詠唱により殆どタイムラグなしで、ゴゴゴゴゴゴゴゴッと空気を燃やす音と一緒に球体の生物が目を覚まし大きな羽を広げる。大きな羽が動く度に肺を直接燃やされていると錯覚するほどの熱風を生み出す化物。
だけど前見た物とは違う。
今回は全身炎でできた巨大な鳥が別の赤い炎を全身に纏っている。
これが本来の姿だと刹那は見た瞬間、理屈や論理などではなく直感でわかってしまった。
「――飛翔せよ鳳凰(ゴッドフェニックス)!」
力強い言葉。
まるで野田家と言う巨大な力を具現化したかのような鳳凰に刹那は震える。
「……なんだよ、これ」
逃げ道はなく、攻撃を躱せるスペースは限定された。
その中で近接戦を選べば間違いなく実力が上の勝正自身が相手。
もし遠距離戦を選んでも鳳凰(ゴッドフェニックス)が相手。
刹那は唐突に知った。
世界は常に不平等で必ず善人の味方にはなってくれず、弱い者は淘汰され強い者だけが生き残ることを許される残酷に満ちあふれていると。
震える身体は脳を刺激しアドレナリンを分泌させ興奮状態にする。
だって、そうだろ?
この逆境をもし乗り越えることができたら――ずっと望んだ末来が手に入るんだ。
そうすれば大切な仲間が助かるんだぜ?
それも赤の他人の力を借りてじゃない。自分の力で助けられるんだぜ?
そんな最高のシチュエーション無駄になんかできないだろ?
「あはははは!!! そうだよな、そうだ、それでいいんだよ、俺!」
【解除】
出し惜しみしない。
これ以上後悔はしたくないから。
振り返れば悔いの多い人生だった。
前世では彼女に浮気され落ち込んで親孝行すらできず、挙句の果てには死んでしまった。
現世では自分が弱かったために人質にされ大切な師匠が強姦され、心身ともにボロボロにされた。師匠を救う為に立ち上がれば今度は協力者が敵に捕まり拷問を受け心身ともにボロボロになった。
それでも二人は責めてこなかった。
あろうことか気づけば目の前で一人無茶する刹那に自分も追い込まれ余裕がないはずなのにさらなる協力に尽力してくれた。その結果今まで築き上げた功績を全て失う危機に直面するだけでなく危うく家族も全部失う所だった。
それでも最後まで信じてくれた。
口にはしなかったけど、心の中で呪った。
こんなにも無力な自分を。
それでも大切な人や自分に力を貸してくれた人を救いたいと強く強く強く願って願って願い続けた。
ただ救いたかっただけ。
ようやく訪れた最後のチャンス。
願っていた、ここで立ち上がると決めたその時から。
どちらかが大きく一歩を踏み出せば肉弾戦に持ち込める。
ビビるな、遠距離攻撃を躱しながら目の前を倒せばいいんだ、後は有言実行するだけ。
だから刹那は臆することなく足に力を入れて大きな一歩を踏み出した。
拳に力を入れて、今まで後悔しかなかった人生に終止符を討つために。
同時、両者の拳が交差する。
(限界まで力を貸せ!)
『言ったはずだ。魔法枷解除術式(マジックコード)を使えと』
だけどバカの刹那には魔法枷解除術式(マジックコード)がわからない。
魔法文字で書かれた【解除】は反応せず効力を発揮しない。
それでも刹那は闘志をむき出しにして勝正へと殴りかかる。
敵に向けるのは空気を切り裂き剃刀のような鋭さを持った素早いパンチ、対して飛んで来るのは重心移動によって生まれた大きな鉄球のように重たく電気が流れるように速いパンチ。
殴り殴られる光景はまるで少年漫画のよう。
ただしダメージ量は明らかに刹那の方が倍は多い。
刹那の視界の隅では鳳凰が大きな口を開けてエネルギーを溜め始める。
二つを同時に対処する術はない。
佐藤刹那はそんなに器用な魔法師ではない。
転生してこの世界に来てたった数年のド素人魔法師なのだから。
あばらの骨が折れ激痛が全身を駆け巡っても今できることを全力でする。
一度でも痛みに屈し拳を止めれば負ける。
そう思った刹那は気合い根性我慢と言った根性論や精神論だけで最後まで抗う。
(唯さん、さよさん、三依さんのために俺はまだ倒れる訳にはいかない!)
熱い思いは簡単には消えない。
「終わりだ。今度こそこの世から消えろ亡霊」
だけど世の中根性論だけではどうにもならないことがある。
痛みに負け一瞬ひるんでしまった。
その瞬間雨のように飛んできていた打撃が止み勝正は後方に大きくジャンプして距離を取ると鳳凰(ゴッドフェニックス)の鋭い眼光が刹那に向けられる。
向けられたのは眼光だけでなく、先ほど口に溜めていたエネルギーもだ。
かつて鳳凰の突撃によって岩だけでなく土や砂の大部分が溶け接着剤のようにべとっとし緑色の豊かで心落ち着く空間を作っていた木々は触れば崩れ落ちる炭と化した光景を一度見ている刹那はゾッとした。
例えるなら消防車で使われる消火ホースの水のように凄い勢いで真っ赤な炎が放出され一直線に凄い勢いで刹那へと向かって飛んでくる。
それを見た瞬間、死を直感する。
人は死ぬ間際に走馬灯を見ることがあると言う。
二度目の人生の終焉の間際、刹那は唯とのやり取りを見る。
「私がお母さんから継承した【文字】は自然の法則を飛び越えることができる。例えるなら無限に成長するオリジナル魔法。事実お母様が全盛期の頃に改良された【文字】は一対一の戦闘では誰も歯が立たなかったぐらいに凄い魔法なの。お母様は使う時はよく【唯】って私の名前を書いていたらしいわ」
そして気づく。
まだ起死回生の方法はあると。
確証はない。
だけど最初は二文字までしか使えない魔法の魔法枷解除術式(マジックコード)は二文字以下の可能性があり、和田家と繋がりが強い言葉だとするならもうこれしかないと魔力文字を書く刹那に迷いはなかった。
【唯】
『正解だ。ったく本当にバカな奴め。だがこれにより先ほどの解除は既に効果を発揮した。後は抗え復讐者!』
「へへっ、そんなの当たり前だぁ!」
限界を超えた力の先にあるのは破滅。
そんなことは百も承知の刹那は大きく足を開き左腕を力いっぱい後ろに動かして溜を作り下半身をしっかりと地面に固定して重心移動を使った動作をしつつ全力で引き金を引き飛んできた炎を殴り飛ばす。
拳から放たれる拳圧。
それによって炎が見えない壁に阻まれたように四方八方へ吹き飛ばされ、拳圧に耐え切れなかった左腕は粉砕される。
(あの時の倍以上の力……これが枷を完全に外した【解除】の力。だけど次はねぇ……)
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