第33話 情報収集第五PHASE 決着――始まりの英雄


 月明かりが照らすホオズキ街の中心部に存在する屋敷。

 今は外からの侵入を警戒してか見張りの数が多い。

 だけど屋敷の近くに来た刹那を待っていたのか、見張りの隙を見て中まで案内してくれる者がいた。

 その案内人曰く、当主は三依が流した偽の報告を受け三依の首を取りに外出したばかりらしい。少なくとも往復に二、三日はかかるらしくまずは目の前の敵に安心していいと親切に教えてくれた。

 それがどこの誰かなのかは刹那にはわからない。

 だけど相手はこちらの名前を知っていたり来ることを知っていた。

 不思議だった。

 でも敵意は感じられなかった。

 そんな協力者が偶然いたことで刹那は難なく屋敷の中へ入ることができた。


 中庭に存在する大きなため池。

 それは綺麗な月を投影する巨大な鏡のよう。

 ズボンのポケットに片手を入れ、無表情ながらそれを見つめる少年。

 もう片方の手には拷問に使われる道具を持っていた。

 チェーンディストラクションと呼ばれる遠距離魔法を始めとし、生まれながらにして魔法の才能と権力を持つ者。

 金色の髪の毛が月明かりに照らされ眩しく見える。

 そして腕に入った龍がこちらに視線を飛ばして威嚇してくるようだ。

 全ては錯覚だとわかっているのにそう感じずにはいられない。


「哀れだな。お前はどの道死ぬ」


 そうだ……残る復讐相手――総一郎。


「そうかもしれません」


 服をボロボロにされ、下半身の下着が見え隠れし、身体の一部が露出した女が答える。

 拷問の後である。

 綺麗な顔は炎で燃やされたのか肌が溶けている。

 女は二つの小さな膨らみを露わにさせられ、ため池の中に設置された木製の巨大な十字架に貼り付けにされていた。


「薬を盛られ、骨を折られ、生爪を剥がされ、刃で肌を切り裂かれ、炎で焙っても情報を吐かぬとは哀れとしかいいようがない。どうせ殺されるなら早く情報を吐いて楽に死ぬ方がいいだろう?」


 つまらなそうな表情で高電流が流れる棒を女の胸に当てる。


「いやああああああああああああああ」


「安心しろ。心臓が止まる前に離してやる」


 苦痛の連続でボロボロの身体は既に抵抗する気力するないらしく、総一郎は警戒すらしていない。

 夜の屋敷に響く女の声に誰も反応しないのはここではこれが当たり前だからなのかもしれない。


「こんなボロボロのお前でも福井家の令嬢とは世も末だな」


「貴方みたいな下種に裸を見られたのは生涯の恥です」


「まだ口は達者のようだな、雑魚」


 総一郎が令嬢と呼ぶのは福井家の次女――福井さよ。

 仮に誰か助けに来ても福井家の人間が単騎で彼に勝つことはまず不可能だろう。

 その事実を知っていながらも「えぇ~、まぁ……」と強がるさよ。

 その様子に総一郎。


「お前を民衆の前で苦しめれば今よりは効率が良くなると思うのだが、お前はそれをどう思う?」


 大衆の前で恥辱を与えると言う総一郎にさよは。


「どこまでも下種野郎ですね。人権と言った合理的な精神を持ち合わせていないようです」


 鳥肌が立ったが、口では強がりを続ける。

 これ以上の屈辱は死んだ方がマシだと思うが、ここで負けては相手の言いなりだと自分を鼓舞する。


「ならそれをしてやるとしようか、アハハ!」


 悪い笑みを浮かべた総一郎の笑い声に遂に心が折れたさよは涙を見せる。

 恐い、ただそれだけ。

 唇を嚙み締め、自分の無力差を知る。

 もう誰も助けてはくれないし、自分が最初の犠牲であると知ったさよの心が絶望で満たされる瞬間――奇跡は起こる。

 どこからか足跡が聞こえ始める。

 それは徐々に大きくなり、さよの折れた心をギリギリのところでこの世に引き留める。


「てめぇ! なにしてやがる! この下種野郎があああああああ!」


 夜の屋敷に響き渡る叫び声と共に大きく飛んで一気に距離を詰める少年が拳を硬く握り目の前にいた総一郎を殴り飛ばした。


「はぁ、はぁ、はぁ、」


 全力疾走をして息を乱した男は言う。


「てめぇ死ぬ覚悟は出来たんだろうな! 下種野郎が!」


 ホオズキ街で一番の権力者の息子であり魔法の才能に愛されたAランク魔法師相手に躊躇いなく拳を放ったのはこの世界で最低ランクのEランク魔法師にして唯の弟子である刹那。


「待たせてすみません。今助けます」


 溶けた肌が目立つ酷い顔を見ては舌打ちする刹那。

 まるで怒りの象徴。

 巨大な十字架からさよを救出する刹那は激しい怒りに満ちあふれていた。


「すみません。今はここにいてください」


 自分が着ていた上着をさよに被せる。

 起き上がる総一郎とその場で座るさよの間に立つ刹那。


「お前が唯さんを狙った理由を聞いた」


「そうか。それでお前はどうしようと言うのだ? 三下」


「――お前がどれだけ頑張ろうと爆炎の域に到達することはない」


 と、刹那の背後にいたさよの身体が震える。


「魔法の熟練度と数そして扱えるランク。この三つが主に魔法師ランクを決定する材料なのだが、お前はそんなことも知らないのか?」


 鼻で笑い、まるで人を馬鹿にしあざけ笑うようにして答える総一郎に。

 ゆっくりと前へ歩き、距離を詰めながら刹那が言う。


「それは一般的な正論であってお前には当てはまらない」


「どういう意味だ?」


「下種野郎のお前はここで死ぬ。だからお前の魔法がこれ以上進化することはない」


 勘に触ったらしく、目を細め威嚇する総一郎。


「お前では全盛期は愚か心が不安定な唯さんにも勝てない。だからあの日俺を人質にした。違うか?」


 その一言に沈黙する総一郎。


「今ならわかる。お前があの日俺をすぐに消せなかった理由は俺の近くに唯さんがいたからだと」


 さよが戸惑う。

 一体何を言っているのかと。


「お前……強い癖して本当は恐れているんだろ?」


 ゆっくりと、だけど確実に距離を詰めながら。


「唯さんの逆鱗に触れたら殺されるって」


 無言のまま大量の魔力を放出し、全身で威圧してくる総一郎。


「だったら俺にも可能性があるはずだ。唯さんと同じ魔法が使える俺なら。それとお前さよさんにまで一生残る心の傷を残してただで死ねると思うなよ?」


 まるでどちらが強者かわからない台詞。

 純粋な怒りが生んだ復讐心。

 それを凌駕する激しい怒りは人を殺意の狂気に陥れることとなる。

 だけど刹那が自我を保っていられるのはもう一人の自分がいるから。

 なにより沢山の思いを抱えてここにいる以上、これ以上後悔する道は進むわけにはいかない。


「行くぞ」


 足に力を入れ、走り始めた刹那。


「どこまでも俺をコケにしやがって! そんなに死にたいならさっさと骨になれ! ――敵対する物は火竜の怒りを受ける――火竜の咆哮(ドラゴンブレス)!」


 総一郎の眼前に迫る刹那を巨大な炎が飲み込んだ。

 二人の間に出現した魔法陣は回転する。

 火炎放射器から飛び出るような勢い余る炎を作り出す。

 さよの方にまで炎がいかないのは総一郎の気まぐれなのだろうか。


「バカか? 普通に歩きながら俺に近づいたら灰になると何故気付かない。まぁいい。これで邪魔者はいなくなっ――っ!?」


 総一郎は、全身に悪寒が走るのを感じたように身体をビクッとさせた。


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