第32話 情報収集第四PHASE 偽造作戦――追い込まれた者


 この世界について振り返る。


 最初は右も左もわからない、だけどファンタジー世界のように一部の人間限定ではあるが魔法が存在する世界。


――国と言う概念はあまりなく、どちらかと言うと一つの街が国のような世界。

 そこは街同士の大規模な戦争がない変わりに一族の殺し合いすなわち御家戦争が存在していた。

 だからだろうか――街が常に賑わいまるで転生前に自分がいた国のような活気が常にあるのは。

 建物は木製から鉄筋コンクリート造りとあまり遜色すらない。

 街路はアスファルトで舗装され、文明の進化も一人一台のスマートフォンが主流でインターネットなども整えられている。また車も太陽光を利用した電気自動車が主流と近代化を見て感じ取れる。また家やホテルなどの建造物の屋上には太陽光パネルが設置され全ての建物が自家発電をしているのか送電線と言った物は一切ない。

 恐らくだが御家戦争などの被害を考慮してだろう。

 酷いことだがいつの時代もどこの世界も争いは文明を進化させるのかもしれない。

 転生前にいた世界でも多くの命の犠牲と引き換えに戦争は『化学』の力を伸ばしていた。

 だからだろう――化学の最先端である魔法が繁栄したのは。


「まるで日本の夜空のように綺麗だ」


 そう呟いた刹那は比較する。

 戦争は絶対にしてはいけない。

 だけど戦争がなく平和ボケした自分がこの世界に来てわかったことは。

 生きる希望すらなくした自分がとてもちっぽけな存在だってこと。

 戦争がない平和な国で生き、今みたく争いで死ぬ可能性が限りなく低い環境がどれだけ恵まれ幸せなことか。

 唯が倒れた今それを強く実感するのは――自分がどれだけ護られていたのか。


――なにより、魔法とは殺し合いが生んだ化学の最先端なのでは? と思う。


「それにしてもよくここがわかりましたね」


「このホテルは我の庭みたいなもんやからな」


 刹那は問う。


「教えてください。唯さんが大事にしていたペンダントは今誰が持っていますか? それとさよさんは今何処にいますか?」


「……!?」


 三依の目が大きく見開れる。


「刹那はん……それは……」


「アイツを倒しペンダントを取り返します。そして唯さんを再びSランク魔法師最有力候補者にします。それとこの命に変えてもさよさんを必ず取り返します!」


「――そう……さかい。でもそれは」


 三依は少し言葉を詰まらせながら、


「地獄も地獄の道やで?」


 と、警告する。


「構いません」


「――そう……ほんま凄い信念やな」


 感心やな、と小声で呟いては夜の街を眺める三依。


「どっちも野田家当主や」


「ありがとうございます」


 頷く刹那に語りかける三依。


「この街な――福井家が統括しとるんよ?」


 まるで懐かしむようにして言う。


「昔は別のもんが支配しとったんやけどな、あの人が死んでからはサルビア最大の権力者ちゅうことで我が統括代理者、んでな父が統括者になったとよな」


 自慢気にでも少し控えめに話を進める。


「でもな、サルビア街はある日を境に繁栄を失い停滞時期になった。そしてホオズキ街が繁栄時期に入ったんや」


「……?」


「まだ気付かん? 既にサルビア街は隣接するホオズキ街に空から監視され、刹那はんが知らぬ間に刹那はんと唯はんの問題はこの街全体を巻き込む大きな事件に膨れ上がり始めとるんや。そもそもサルビア街の元支配者が亡くなったその日から遅かれ早かれこうなる運命やったかもしれへんな……はぁ~…………――」


 そこまで言われて、なるほど。となった刹那。

 どこか疲れ切った表情は三依の今の心境。

 彼女は普段見せないだけでとても神経を張り巡らせていたのだろう。

 サルビア街最大のホテルを持つ福井家は明確なルールこそないがサルビア街で一番力を持っていて、実質的にサルビア街の支配者でもあったのか、と理解する刹那。


 限られた力では護れる範囲に限界がある。

 そして力の維持や拡大には必ず技術が必要となる。

 もしサルビア街の前統括者が和田家の当主とするなら辻褄が合う。

 世界が認める名家が支配する土地の繁栄。

 それは必然であり、力ある所に人は移住し平和を求め、それが外からの技術を取り入れるきっかけとなり、繁栄力に影響する。

 だけど福井家ではそれができない。

 それ以上の力を持つ者が隣接する街にいて、外からの人材も技術も入ってこないからだ。


「ある日唯はんがサルビア街を離れ戻ってこんかもしれへん一人旅に出た時やったな。優秀な人材の多くがホオズキ街に出て行ったんは。なにより和田家当主美乃梨様の代わりを務めることができるのはやはり彼女の血を色濃く継いだ唯はんしかおらへんと我を含めて多くの権力者がそれを感じ取ったのは……」


 悔しいと無意識に手に拳を握り震わせる三依は言う。


「どんな姿でもどんな状態でも――反乱を招いた罪として多くの者が統括者失格と罵ろうとも追い込まれた我やその家族やサルビア街を本当の意味で救えるのは我でも福井家でもない。和田家しかおらへんのや!」


 絶対的な信頼関係。

 それが今の三依の精神安定剤とするなら、この状況はどの道長く放置するのは危険。

 恐らく三依もまた目に見えない沢山のプレッシャーの中を生きているのだろう。

 唯は言った。

 当主ともなれば絶対に権力争いから避けられないと。

 Sランク魔法師当主の代理者の代理者である彼女もその例外ではないのだろう。


「我は……昔の唯はんに憧れててな、今も戻って欲しいと思っとるんや」


 腹の底から掠れる声を捻り出したように。

 目から零れる涙は地面に落ちる。

 それを見た刹那は問う。


「……三依さん……俺が唯さんを救うことに力を貸してくれた本当の理由って……」


 ここまでくれば聞かなくてもわかる質問に。


「……その通りや。我は……刹那はんを利用した。そして今もな――」


 申し訳なさそうに頭を下げた三依の言葉を遮って刹那。

 全てが繋がった。

 まるで因果応報。

 それは運命の導きのようにして抵抗なく受け入れられる物として。


「利用されてたんですね、俺」


「――、、、そ、そうや――我は……刹那はんを……」


「それだけの価値はあるんですね、俺に」


「……えっ!?」


 戸惑う三依は言葉に困る。

 もし反対の立場だったら酷くイラっとしたであろう言葉だったはずなのに。

 場合によっては拳で一発殴られても文句は言えない酷い言葉を言ったはずなのに。

 どこか安心したような男の表情に三依はどうして良いかわからないでいた。


「良かった……俺に価値があって」


 尊敬し憧れた偉大な魔法師唯が惚れた相手。

 とても弱いけど頼りになる正義の味方だと妹が信頼した相手。

 それは三依から見れば弱い癖に意味なく立ち上がろうとする無謀な男。


「ふふっ、あはは~」


 全くもって理解不能。

 なにを笑っているのか。

 困惑を隠しきれない言葉で三依。


「せ、刹那はん?」


「道具なら失ってもまた替えがききますよね? だったら良かった」


 嫌な予感がする。

 福井家次期当主にしてサルビアホテルの支配人福井三依は息を呑み込む。


「今からあの下種野郎共の所に行ってきます」


 清々しい表情で発せられた言葉を脳内でリピート。

 次に声をかけようとした時だった。歩き始めた男の姿にあり得ない光景を見る。

 絶望的な状況で漫画やアニメのように都合よく助けに来てくれる英雄なんていない。

 どんな辛くても自分を導いていくれる師匠はここにはもういない。

 美乃梨様のような才溢れる魔法師もいない。

 なのに――どうしてだろうか。


「み、美乃梨様と唯様……?」


 なにか吹っ切れたように軽い足取りで進み始めた刹那の背中に美乃梨や唯のような大きな背中を一瞬だが見たのは。


 高鳴る鼓動。

 理由はわからない。

 復讐に囚われていたはずの男の背中に英雄の雰囲気を感じ取ったことだけしか三依にはわからなかった。

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