第34話 情報収集第五PHASE 決着――怒りの英雄
佐藤刹那が、生きていた。
(ど、どうなっている? 間違いなく火竜の咆哮が直撃したはずだが?)
総一郎の頭の中で解決しない疑問が生まれる。
火竜の咆哮はBランク魔法だが殺傷能力が高く鋼鉄すら溶かす。
もし至近距離で受ければ間違いなく致命傷となるはずだ。
それなのにどうして、佐藤刹那は生きているのだ?
まるで何事もなかったかのようにゆっくりと歩いて近づいてくる。
「ここに来る途中で気づいた。唯さんと同じ魔法が使えるのに俺が弱い理由」
刹那は炎の海を平然と歩きながら、
「できないかもって思ってた。だけど二文字ならできた。ただそれだけだ」
まるで答え合わせをするかのように、不敵な笑みを浮かべながら言った。
二文字?
「ま、まさか……でも炎は確かにまだある」
地面を焦がす炎はまだ熱を持っていて、目の前に存在する。
「確かにお前の馬鹿みたいな火力を持つ炎を全て無効化するのは俺にはまだ無理そうだ。だけど熱を通さなければどうなる?」
地面にはボロボロになった大量の粘土。
見るからにそれが分厚い壁となって火竜の咆哮から刹那を護ったのだろう。
総一郎はかつての唯の姿をふとっ思い出す。
Sランク魔法師とAランク魔法師の絶対的な壁。
その壁を感じさせる全盛期の唯の魔法師としての姿を。
総一郎は思わず顔の頬を痙攣させる。
「――炎は形を変え、愚か者を聖なる炎で焼き尽くす――終焉の矢(エンド・ザ・アロー)!」
大声で叫ぶ。
瞬間、地面を燃やす炎が形を変え、矢の形を形成し、歩く刹那目掛けて一直線に飛んでいく。
直視すると矢が歪んで見えるのは周囲の空気が熱せられているため。
そんな高温の矢が十二本。
一本でもまともに受ければ身体の内部にもダメージを受け外傷以上に臓器にも熱によるダメージを受け致命傷になるだろう。
そんな容赦ない攻撃を向けた総一郎はクスクスと笑う。
「刹那様!!!」
矢があと一歩の所で当たると思われたとき、
「残念だったな」
一言。
刹那が呟いた。
矢が当たる直前、佐藤刹那と言う人間が姿を消し、標的を見失った矢は屋敷の遠くの方に飛んで行き、屋敷を燃やし始めた。
「なにっ!?」
至近距離かつ多方向からの攻撃なら当たると思い込んでいた総一郎の心臓が一瞬止まった。
だけど驚いたのは一瞬だけ。
「んっ……なるほど」
空中に残った魔力を媒体に書かれた魔法文字――跳躍の二文字が教えてくれた。
空から突撃してくる刹那に総一郎は逃げ道を失った鴨になった、と思い微笑む。
「逃げ道は愚か対抗魔法すら発動制限を受けやすい空とは……なら次はどうするのかな、三下君」
「うおおおおお!!!」
「お前の拳が届く前にこちらの攻撃が一歩早いかもしれんな」
ニヤリと悪い笑みを浮かべて。
「さぁ、行くぞ。――万物の動きを止める万能の鎖は絶対的な支配者の象徴であり抑止力となる――チェーンディストラクション!」
魔法名を口にする。
自動追尾機能を持ったこの鎖から逃れることは絶対に不可能。
故に結果は見る前からわかっていた。
なにもない空間から異次元より出現した小さな手のひらサイズの魔法陣を経由して俺の腹部を貫く一本の鎖。
「ぐはっ!?」
鎖は触れている者から魔力を吸う特殊な鎖で魔法耐性があり簡単には壊せず、吸収した魔力は行使者の魔力に還元される。
拘束魔法の一種にしてAランク魔法。
「ふふっ、アハハ! 馬鹿め。まさにアホウドリだなぁ!」
目に見えない空に浮かぶ壁に貼り付けられた刹那の身体からは蛇口を捻ったように鮮血が流れ落ちる。
「刹那様!」
叫ぶ、さよ。
それを見て。
「おやおや、まるで姫様が愛する王子の名を口にするようなシーンだな」
と、自分の力に酔いしれる悪の天才魔法師は右手を必死になって鎖をどうにかしようと暴れる刹那へと向ける。
「とは言ったが、茶番はここまで」
総一郎は総次郎と龍一がなぜ負けたのかを忘れていなかった。
おふざけが過ぎればどうなるかを二人の敗北から学んでいる。
だが圧倒的な力でがむしゃらに目の前の男を倒してもそれではプライドが許さない。
誇り高いエリート魔法師として勝たねば自尊心に傷がついてしまうのだ。
あくまで最後は自分が納得いく強者としての振る舞いをしながら勝つことで美酒に酔いしれるというもの。
そうでなければ野田家の長男として恥じることになる。
下の者が抗うことすら愚かと思える強さを演出することで周りを力で服従させる。
それは思考の蜜の味であり支配欲を満たす酒。
男は奴隷、女は玩具。
力こそ正義。力なき者は力ある者に従い、力ある者ですら隙あれば服従させる。
小さい頃から当主を見て育ってきた総一郎は気づけばそれが当たり前になっていた。
だから理解が出来なかった。
「さよ……さん……」
「刹那様!」
「俺を信じますか?」
「はい」
「なら一緒に帰りましょう。皆の待つ家に」
「はい!」
この状況下で自分から目を離してなにもできない女に声をかける刹那の行動原理は総一郎には意味がわからない行動であり、ただの玩具のためにここまで気に掛ける刹那が不思議でしょうがなかった。
「この俺を無視するな三下! ――強者に抗う愚かな魂を潰すは絶対なる力であり意思――圧力の壁(パワーオブグラビティウォール)!」
目に見えない壁がもう一枚。
例えるならそれは刹那をサンドイッチの具材にするようにして形成され身体を押しつぶすようにして徐々に圧力をかけて肉片にしていく。
「どうだ? 気持ちいいだろう? チェーンディストラクションで魔力を奪われ圧力の壁(パワーオブグラビティウォール)によってまともに見動きすら取れないどころか押しつぶされていく感覚は、アハハ!」
高らかに笑うのは目前に迫った勝利が見えているから。
手を伸ばせば後少しで届く勝利。
それが待ち遠しい気持ちになった総一郎の視界の先では刹那が悲鳴をあげる。
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