第30話 情報収集第四PHASE 偽造作戦――頭脳戦


 しばらく見守っていると心が落ち着いたらしく涙が徐々に止まっていく。


「ごめんね。見っともない姿ばかり見せちゃって」


「気にしないでください。それより今日はもうゆっくり休んでください。無理は良くないですから」


「……いや」


「どうしてですか?」


「………………」


 黙って目を見つめられて、何というか気まずい。


「………………」


 どうやらバカの師匠を務めるだけあって疑われているらしい。


「無茶はしませんし、今夜はどこにも行きませんので勘弁してください」


 心当たりがある俺は素直に謝った。

 そうしないと捕縛魔法を使って俺の身動きを本当に封じてきそうな予感がしたからだ。幾ら魔法の効力が落ちているとはいえ相手はAランク魔法師でEランク魔法師の俺相手には充分過ぎる効果を発揮するのは目に見えているのでここは賢明な判断をしておく。


「……本当に?」


「…………はい」


「なら、はい」


 唯が布団の中から手を出す。


「うん?」


「はいっ!」


 そう言って唯は布団の中から出した手を俺に向ける。

 まるで犬に「御手!」と言わんばかりに。


「わんっ?」


 俺は軽く握った拳を唯の手の平へと置く。


「………………アンタねぇ、死にたいの?」


「………………、、、!?」


「…………はぁ~」


 ため息をついて唯が言葉を続ける。


「そのまま手を開きなさい」


 俺が言われた通りに手を開くとぎゅと唯の柔らかくて小さい手に包まれた。


「私が寝付くまではそのまま手を握ってなさい。それと夜目が覚めた時一人だと恐いから今日は絶対にこの部屋で寝なさい。いいわね?」


 寝なさい、つまりは牽制。

 正しく理解した俺は「はい」と静かに返事をする。

 すると、クスッと笑って「よろしい」と返事が返って来た。


 そのまま唯は瞼を閉じて、無防備な寝顔を俺に見せてくれた。



 サルビアホテルの最上階にある支配人室に戻って来た三依は机上に置かれたノートパソコンを使ってビデオ通話をしていた。


「まさか、お前が俺たちの敵になるとは夢にも思わなかった。しかし身内が人質に捕られた以上お前は俺の言う通りにするしかない。違うか?」


 三依の視線の先にはモニターに映し出された赤髪短髪の男がいる。

 性格が腹黒くいい噂を聞いたことがない男。

 だが、最悪の性格とは別に政治や経営の才能は一品で野田家を束ねるだけの実力は確かなものである。


「そうやな。でもな、お互いに話し合って決めた期限の回答は明後日の朝。よってまだ正式な回答する気はないで?」


 男は黙って何かを考え始めた。

 これは有効的な一手と考えていたが、実際はそうじゃない? と疑問に思ったような仕草が見て取れる。

 男の年は四十六歳で三依の約二倍である。

 女遊びがとても激しいのにも関わらず、近寄ってくる女も近寄られて骨抜きにされる女も多い。同じ女から見た野田家当主は確かにイケメンの部類に入るし身体も逞しく口も上手いため納得はできる。ただしもう一度言うが性格が最悪なため三依は苦手意識を持っている。それに肉体年齢はおじさんだが、精神年齢が自分と変わらないぐらいの若さを時折見て取れるといまいち理解しにくい相手でもある。


「それで、勝正はんの要件はなんや?」


「小僧を出せ。お前が匿っている小僧だ」


「刹那はんのこと言うとる?」


「そうだ! 俺の息子を殺した罪は万死に値する!」


 モニター越しに大きな手を振り下ろして机を叩き威嚇してくる勝正。

 そのまま手元に置いてあった煙草とライターを手に取り火をつけて吹かす。


「それにEランク魔法師如きに総次郎が殺されたとあっては野田家の恥でしかない!」


 その通りやな。と三依は心の中で納得する。

 いくら唯の弟子とは言え、四ランクも違う魔法師相手に負けたとなれば世間の評価は変わり、野田家は見せかけだけの力しか持っていない、などと言われるだろう。事実それだけのことを刹那はした。だが、相手の油断があってこその勝利。もし龍一と総次郎が油断なく真剣にかかって来ていたら刹那は勝てていなかった、とも三依は考えていた。


「そうやな」


 どうするべきか考えた三依は小さく頷いて、


「刹那はんは確かに凄いことをした。そして勝正はんの予想通り今は我の監視下に置いとる。アレだけの魔法師を野放しにはできひんからな」


 三依はそう告げた。

 幾ら福井家が情報操作をして刹那を匿っても野田家が本気になれば場所を特定することなど容易いと考えたからだ。福井家とは違い野田家は衛生分野の事業を展開しており、空の上から調べることも可能だ。だけど空からの監視対策として衛星監視を傍受する特殊な結界を張っていない敷地外から敷地内に刹那が唯を担いで入ってくる所を見られたらどの道バレると言うわけだ。


「生きているなら大人しく渡せ。それがお前の最愛の妹を開放する追加条件。それを伝えにきた」


 三依は舌打ちをした。

 交渉とは絶対的に手札が多い人物が主導権を握る。

 そして相手を油断させたところで相手の冷静さを奪うように追加条件を突き付けてきた勝正に三依は反撃する手札がない。

 もし唯が聞いたら絶対に反対するに決まっている。

 当然そのことを勝正は知っているのだろう。

 だから、このような形で回りくどい方法を取っているのだろう。

 確実に、自分が思い描く未来を引き寄せるために。

 憎たらしい笑みを浮かべる勝正の表情がそれらを物語っている。


「……チッ。亡霊なら亡霊らしくしてろってんだ」


 三依がどう返事をするか一人考えていると、勝正がそんなことを一人ボソッと呟いた。

 その時、勝正が来ている服の首元からチラッと昔見慣れていたペンダントが見えた。


(あれは……唯はんの家宝やな)


 一瞬だったが三依は見逃さなかった。

 そして、ふとっ思う。

 家宝→和田家→唯→Sランク魔法師候補?

 だけど、それは深読みが生んだ勘違い。

 唯と同じオリジナル魔法を扱える刹那を警戒しているのだろうかと。

 確かに唯の母親は世界でも名が通っていたSランク魔法師だった。そして唯はその片鱗を若くして見せていた。その二人の共通点の一つであるオリジナル魔法を刹那が継承している。言い方を変えれば今まで凡人を婿に向かえたことがない和田家が本来であれば当主の婿になる者だけに教える魔法を継承した。すなわち、唯は刹那を婿にしようとしている。もっと言えば刹那にはAランク魔法師いやもしかしたらSランク魔法師の素質があるのかもしれないと考えた勝正は必要以上に刹那を警戒しているのかもしれない。


「ほな、検討はするさかい」


「なぜお前は身内が人質にされてすぐに解放しろと言わない? どうしてそんなに落ち着いている? 妹の姿を見せろ、無事な証拠を見せろ、となぜ懇願してこない? 別にお前にとって悪い話しではないはずだ。ホテルの全権と疎遠となっていた師匠とその弟子の命で妹が助かるのだから」


「そうやな。もしかしたら答えはもう決まっとるかもしれへんな。ただ一つだけ言っておくとするなら勝正はんの目的があの二人なら我があの二人を監視下に置いてある以上逆も言えるから、とでも言えばわかるかいな? だったらわざわざ自分から不利になる要素を作る理由もないちゅうことや」


「お前の返答次第では最悪俺たちが総力戦を仕掛けることになるかもしれんぞ?」


「それは困ったな。こちらは魔法が上手く使えないAランク魔法師とボロボロのEランク魔法師、そして我ぐらいしか戦える魔法師がおらんからなー」


 まるで意にも介していないような態度で、


「でもな、それだけや。それ以上でもそれ以下でもあらへん」


「……正気か?」


「当たり前や。今は普段サルビアホテルを警護しとる魔法師すらいないぐらいに警備が手薄やからな。それでも我は大丈夫と踏んだからここにおるし、落ち着いとるんや。もう一度言うで、普段サルビアホテルを警備しとる魔法師は今はおらん」


 一度は失った主導権を取り返しにかかる三依。

 交渉だけでなく、家同士の争いに発展した以上戦闘だけが全てではない。

 目に見えない戦術も重要となってくる。

 相手の行動を如何に抑止し、勘違いさせ行動パターンを限定させるかという駆け引きにおいて三依は熟練者(エキスパート)である。

 相手の考えを僅かな言動や行動から読み取り、自分なりに仮説を立てて、自分が有利な状況になるように相手を騙す。数秒単位で変わる状況を正しく把握し掌握。それは正に頭脳戦。交渉期間の維持。ここで劣勢になるようであればどの道福井家は遅かれ早かれ野田家に淘汰されてしまうだろう。だからこそ時に平常心を装い、時にブラフを混ぜ、時に相手を混乱させる。他にも沢山あるが三依が今しているのはただの会話ではなく、頭脳戦と言うわけだ。


「……ふっ、戯言を。衛星で全部監視していることを忘れたか? なにかあれば必ず俺の所に報告がくる」


「なら聞くけど、報告者が既になりすましの人物になってたら報告はくるん?」


 瞬間、モニター越しでありながら二人の鋭い視線が火花を散らし静寂な空間が生まれた。

 まるで張り詰めた空気を切り裂くように、


「……、まぁ良い。明後日の答えを聞くまでは待ってやる」


 と、野田家当主は強気にでてきた。

 まるで敗北はない、と言いたげな態度に三依は「まぁ、できるだけ良い返事になるよう取り計らうけん、ちょっと待っててな」と言葉を残してノートパソコンを閉じた。


「……、唯はんがあの状態やと、後は刹那はん次第って所やな」


 三依は椅子の背もたれに体重を預けて、遠目に部屋の片隅に飾ってある唯とさよの三人で映った昔の写真を眺めた。


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