第29話 情報収集第四PHASE 偽造作戦――自分の気持ち



 それは無理だ。

 皆が皆同じようにスポーツを初めて練習したってどうしても向きや不向き、もっと言えば才能や成長の伸びしろと言った目に見えない要因が必ず成長速度や成長の度合いを変える結果になるからだ。

 つまり魔法でもその原理は通じ、オリジナル魔法を継承したとしても所詮は使い手による所が大きいと言ったことなのだろう。

 だから優秀な遺伝子を名家は欲し、婚約者にあたる者に一定の基準を設けそれをクリアできた者が選ばれるとそんな仕組みの話しを唯はしているのだろう。


「それは……」


「そうね、無理よ。だから名家によって基準は違うけど求める婚約者を見つけるのも実はとても一苦労なの。それは砂漠でほんの一握り水を探すようにね。そしてそれだけしても生まれてくる者がSランク魔法師になれるのは一握りの世界ってのがこの世の現実であり真実よ」


 魔法を単に扱えるだけでは話しにならない。

 むしろ魔法を扱えるのは当たり前でその先にどれだけの成長が見込め、どんな人物になるかは生まれてきた者次第と言った所か。

 そして自分たちの力の象徴とも呼べるオリジナル魔法を継承させることで、その力を世の中に知らしめ地位を築き上げる。よく言えばそうなのかもしれないが、悪くいえば家の地位を拡大し保持するため、意図的に作られた核兵器となんら変わらない道具みたいだな、と俺は思った。


「なんとなくですが、唯さんの気持ちと考えがわかりました」


 俺は確認する。

 自分の考えが間違っていないかを。


「つまり唯さんが野田家に嫁ぐと言ったのは自分にそれだけの素質があり、そうすればさよさんが解放され助かるからと言うわけですか?」


 本来であれば手がでない格上の当主候補だった者が今は弟子の一人しか連れていないとなれば向こうからしてみれば絶好のチャンスと言うわけだ。そして上手くいけば今回で爆炎魔法を扱えるまで成長できる可能性もある、という意味だ。俺が知らないだけで個人の欲望だけならず、一族の欲望まで関わっていたとは。


「……そうね」


 辛く悲しい声が聞こえた。


「私がお母さんから継承した【文字】は自然界の法則を飛び越えることができる。例えるなら無限に成長するオリジナル魔法。事実お母様が全盛期の頃に改良された【文字】は一対一の戦闘では誰も歯が立たなかったぐらいに凄い魔法なの。お母様は使う時はよく【唯】って私の名前を書いていたわ」


「どうしてですか?」


「さぁ? どうしてかしらね。私を愛していたからかしらね……うふふっ」


 唯はどこかを懐かしむように笑った。

 ただしその微笑みは苦しそう。


「優秀な魔法師はね権力者からすれば一つの道具でしかないのかもしれない。魔法師を保有することで自分の政治的地位をあげ、家の格式をあげる。まぁ間違ってはいないと思うわ。つまりアイツが【文字】を継承すれば……どうなるのかしらね……」


 遠い望まない未来を見るような目で唯は言った。

 俺は全身を震わせ唇を強く噛みしめた。

 唯の様子から察するに本当は野田家に嫁ぐことを望んでいないことはわかる。

 唯だって好きでこんな家の問題に巻き込まれているのではない。

 俺はあの日のことを思い出す。

 唯の気持ちを全部無視してまで強行したアイツらは正直気に食わない。

 また唯にこんな残酷な道を与えたアイツらも正直気に食わない。

 そして唯を一つの道具として扱ったアイツは特に気に食わないし殺意しかわかない。

 なによりアイツらを止めることができた人間がソレをしなかったことに対しては尚気に食わない。

 そしてこの場において、最後まで抗うことを諦め、絶望しかない道を歩むことを相談もなしに一人勝手に決めた唯が一番気に食わない。


「……ごめんね。最後まで巻き込んでしまって」


 イライラしている俺に唯は手を伸ばして謝ってきた。

 唯の手を通して伝わってくる暖かさが俺の手に触れた瞬間、神経を通して俺の脳に「これでいいの。だからわかって」と同情を誘うように訴えかけてきた気持ちになった。

 次の瞬間、俺は初めて唯に本気で怒った。


「ふざけるな! そんなの自分は道具です。好きに扱ってください、って自分を自分で否定しているみたいじゃないか! それになんだよ! それだけ大事な話しならあの日教えてくれても良かったんじゃないのかよ! なんで今まで黙ってたんだッ!?」


 初めて見る本気の態度に唯がビクッと身体を震わせた。

 両目が大きく見開かれ、驚きの表情を見せる。


「だって……」


「…………」


 唯は俺の様子を伺いながら口を動かす。


「正直に話したら……刹那に迷惑が掛かると思ったから……。それに……私の個人的な事情を聞かされても正直内心困ると思ったし、離れていってしまうんじゃないかって……思ったから……」


 段々弱々しくなっていく声ではあったが、その声は確かに届いた。


「離れて欲しくなかったらそう言えばいいじゃねぇか! それで離れていくなら俺たちの関係はその程度の関係(偽物)だったってだけだろうが! それが嫌なら少しは俺のことを信じろよ! 信じた先に本当の信頼関係があるんじゃねぇのかよ! 唯さんにとって俺は信じるに値する人間かそうじゃないか、どうなんだ?」


「信じてたよ? でも私にとって本当に大切な存在だから余計に怖かったんだよ……?」


 その声は震えていた。

 だから。


「今の唯さんの隣には俺がいる。ただそれだけだろ?」


 俺は優しく微笑んで、唯の手を強く握って答えた。

 すると唯の唇が何かを呟こうとしてピクピクと動く。

 まるで何かを否定するかのように、必死に……。


「で、でも……」


「言いたいことはなんとかなくわかります。次はもうないって言いたいんですよね? もうそんなに時間は残されていないって」


 図星だったと唯が頷いて肯定するも、俺は首を横に振ってソレを否定する。


「唯さんの未来はまだ決まってなんかいません。俺が必ずなんとかします」


 その時、俺は気付いた。

 本当はどうしたいのか。

 復讐を誰のためにしようとしているのか?

 この世界に来て最初の命の恩人であり勝手に家族だと思っている女性に俺は……常に純粋無垢な笑顔でいて欲しいのだと。

 その笑顔が見られなくなったことに対して猛烈に怒っていたのだと。

 唯の笑顔を取り戻すために、俺は心の声を口にする。


「もう一度だけ俺を信じてはくれませんか? 貴女の弟子が貴女を救う可能性に。なにより俺が貴女の英雄(ヒーロー)になる可能性に賭けてはくれませんか?」


 ようやく自分の気持ちを正しく理解した。


「せ、つ、な、?」


「俺では役不足ですか?」


 俺は生まれて初めてこれ以上に唯のために立ち上がろうと思ったことはない。唯がこれ以上傷付くのを見たくなかった。血の繋がりはなくても、大切な家族だから。だから唯は俺を命懸けで護ってくれていた。のだと、するなら今度は俺の番。家族だからこそ支え合い助け合っていかなければならない。家族だからこそ常に笑顔でいて欲しいと思える。家族だからこそ……。


「俺は貴女の英雄になりたいんです」


 違う。きっと家族じゃなくても俺はこの人には常に笑顔でいて欲しいと思っていたと思う。俺だけが知っている唯は困っている人に無償で手を差し伸べる優しいお姉ちゃん的な存在であり偉大な魔法師だから。そんな魔法師に憧れた時点で俺は目の前で泣いている人(唯)がいたら救いの手を差し伸べていたと思う。ただ今回はそれが身近で大切な人だったからこれほどまでに我儘を言ってしまう。


「……ばかぁ。きゅうにへんなこといわないでよね……」


 ボソボソと口元を布団で隠し、小声で呟いた唯がまた涙を流し始めた。


「……でもありがとう。私を大切に思ってくれて、ぐずっ」


 でも今回の涙は悲しみからではなくきっと安心感からくるものだと思った。

 その涙を手で優しく拭ってあげると、とても暖かい。

 まるで心の中で一人我慢していた沢山の感情が涙となって溢れてきているみたいだ。

 それだけ唯は一人悩み色々と考えていたのだろう。

 口元を布団で隠しながら泣く唯の頭に手を伸ばして優しく撫でてあげると涙の勢いが増した。きっとそういうことなのだろう。


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