第3話 激しい後悔から生まれるもの
弱々しい女性の声が虚ろに聞こえる。
どこか遠い暗闇の空間で響き渡る声は誰かの名前を呼んでいるような気がする。
耳を澄ましていると、唯の声だと次第にわかった。
「せつな……お願い……目を覚まして……死なないで」
とてもか弱い声だと思った。
だけど俺をなにも見えない空間から救い出してくれた。
いつもなら安らぎを感じる声が今はどうだろうか?
俺は目を開けると、最初に白い天井が見えた。
次に首を少し傾けると、俺の右手を両手で握って涙して泣いている唯の姿。
「……ゆいさん?」
上手く声がでない。
あの日飲まされた毒薬がまだ完全に身体から抜けていないのだろう。
「せつな!」
一つ年上の女性が嬉しそうに名前を呼んでくれた。
「ここは?」
「私が持つ隠れ家の一つよ」
「そうですか……」
身体に力を入れるが上手く入らない。
ただし、俺が起き上がろうとしていることに気付いた唯が手伝ってくれた。
そして唯の方に視線を向けると、身体のあちこちに青紫色の痣や腫れて赤くなっている部分が見受けられた。
対して俺は全身に包帯を巻かれていた。
どちらの方が傷が大きいかは何も聞かなくてもわかる。
身体の傷はいずれ癒えるだろうが、精神面の傷はそう簡単には癒えないだろう。
好きでもない男四人に好き勝手全身を弄られ、ドロドロした物を注ぎ込まれた。
上の口も下の口も零れるほどに。
淡く柔軟で甘い果実のような乳房は穢れた手に触られ貪られた。
抵抗すればするほど、相手を興奮させる材料となり唯の願いとは逆に強姦へと向かってしまった。
俺はただ黙って見ているしかできなかった。
不意打ちだったとは魔法をまともに受け怯んだタイミングで毒薬を注射器で注入され全身麻痺。最初は呂律すら回らず、意識が飛ばないようにするだけで精一杯だった。
「唯さん……すみませんでした。俺のせいで……こんな酷い目に合わせてしまって」
「ううん、私こそごめんね?」
「いえ……」
「でも良かった……刹那が殺されなくて本当に……ッ良かった……」
そう言って抱き着いてきた唯の身体は小刻みに震えていた。
頬を滴り生暖かい滴が俺を後悔へと導く。
この世界に来て実の姉のようにいつも支えてくれていた唯をこんな姿に変えたのだと俺は自分を責めずにはいられなかった。
力強く握った拳に巻かれた包帯が赤くなる。
どうやら傷口はまだふさがってないらしい。
「ごめんね、取り乱して。一週間ずっと眠っていたから心配でね」
唯は涙を指で拭きながら、笑顔を見せてくれる。
「今まで発動しようとしても上手く発動すらしてくれかった【暴走】が使えたんだから当たり前と言えば当たり前よね。身体の負荷だって今までとは比べ物にならないし」
「……はい」
「でもその魔法は私との約束でむやみに使ったらダメだよ? 制御を間違えたら身体の方が反動に耐えられなくて死んじゃうからね」
「……わかってます」
「でもありがとう。私のために命を賭けて助けてくれて。とても嬉しかったよ。えへへ~」
素敵な笑みに僅かばかりの曇りが見て取れる。
恐らく俺のために無理してくれているのだろう。
こんな時まで俺はなにもしてあげられないのか。
そう思った時だった。
違和感を覚えた。
なにか大切なことを忘れているような。
その違和感はすぐに解決した。
「あれ? 唯さんいつも付けていた赤いペンダントは?」
「あ~あれ? 犯されてる時に落としたみたいで、そのままどさくさに紛れて盗まれたみたい……。どこを探しても見つからなくてその線が濃厚かなって」
「でもあれって……」
俺の言いたい事を察したのか、唯が口を挟む。
「うん。家宝だよ。アレは魔道具の一種で持ち主の魔法師(ランク)を一つ程度あげるほどに強力な力を秘めたね」
「ですよね?」
「だからね――」
少し間を開けて、
「――今日でお別れだよ。アレは悪い人に渡っていい物じゃないから。私はアレを取り返しにいかないといけない。でも野田家は代々優秀な魔法師を輩出する名家」
と、言ってきた。
野田家とは唯を強姦することを計画した主犯格の二人が在籍する家の名前でそこには深い因縁もあると昔少しだけ聞いたことがある。
そして唯と同じくAランク魔法師が当主を務めている。
魔法師とはSランクを筆頭にしてEランクまで存在し魔法師としての能力値を総評したものだ。数年に一度行われる国が開催する定例試験で全ての素質を完璧に測定しているわけではないので、ランクと実力が完全一致しているわけではないが、大まかな分類では良くも悪くも外れることはない。世界に五人しかいないSランク魔法師と世界に五万人いないとされるAランク魔法師。この世界の総人口が約五十億二千人だと考えればかなり優秀であることがわかる。
「あの時は咄嗟のことで向こうもうろたえていたから刹那にビビってくれたけど、本来なら勝負にすらならなかったと思うの。だから、刹那は連れて行けない」
俺の言いたい事を察したように、温かい目でこちらを見る唯の澄んだ綺麗な瞳は俺だけをしっかりと見ている。
唯の言っていることは正論だと頭では理解している。
二人だけの空間。
そこに流れる空気が一気に重たくなる。
なんて返事をしていいかわからない。
付いて行きたい、けど足手纏いにしかならない。
だからこそ言いたい言葉が上手く喉から出てこない。
座っていた椅子から立ち上がった唯の手を俺は咄嗟に掴むことができなかった。
「ばいばい、刹那」
一瞬だったが唯の苦しそうな笑みが脳裏に焼き付いた。
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