第5話 長いようで短い美化委員会

「じゃあな、茜」


 美化委員なので茜より先に出る。当然返事はなかったが、俺は気にすることなく家を出る。慣れた仕事だ。








(げっ、一ノ瀬がいる。)


 運の悪いことに、学校に行く途中で一ノ瀬さんに出会ってしまう。


「おはようございます。」


 無視も如何なものかと思ったので声をかけるが返事はない。


 茜に毎日やられているので、何も感じないが普通の人間だったら傷ついて家に帰るレベルだぞ。


「えっと、今日はよろしくお願いします。」


「うん、こちらこそ。」


 茜に毎日無視され続けて感覚が麻痺されているせいで、返事をしてもらえたことだけで嬉しく感じてしまう。俺ってもしかしてちょろい?


 まぁ、そんなことはどうでもよくて今は一ノ瀬さんとの共通の話題を探さないと最悪の空気のまま登校しなければならなくなる。


今までで1番頭を使い話題を考えた。








「一ノ瀬さんって何組だったっけ?」


 探した結果がこれだ。


 あぁ、笑えよ。笑いたければ笑え。所詮、俺はコミュ力皆無のインキャ男子ですよ。


「B」


 答えてくれた。


 あの質問を無視されたら日頃から鍛えている俺の精神も大ダメージを受けるところだった。


「まじか、Bってことは担任は向井むかい先生か。あの先生、面白いよね。」




「…そうなんだ、」


 『そうなんだ』ってどんな返答だよ、会話が終わってしまったじゃねぇか。


 いや、ここはポジティブに受け取らなければ。返事をくれただけ滅茶苦茶ありがたいことなんだ。


「あ、一ノ瀬じゃ〜ん。どうしてこんな早く登校してんの?」


 次の話のネタを考えていると、後ろから女の子が話しかけてきた。話の内容的に一ノ瀬さんの友達だろう。


 友達にいること自体に驚いてしまった。嫌、もしかしたら俺よりも多いかもしれない。


 散々馬鹿にしていた一ノ瀬さんの会話能力より実際は俺の方がクソ雑魚だったら……


「美化委員。」


「美化委員か。で、隣にいるのは彼氏?名前は………」

 

「如月です…」


 急に矛先がこっちにきてビビったが、一ノ瀬にもちゃんとした友達がいるらしい。


 前までなら友達いて良かったね…と親の気持ちで見れたが、今の一ノ瀬さんは俺のライバルだ。


 俺のコミュ力が一ノ瀬さんより上だと証明するために一ノ瀬さんには友達がいては困る。


「あっ、噂で聞いたことある。噂通り顔怖いねぇ、」


「うるせぇ、」


(友達の民度では俺が勝ったな、いや、前川もそこそこか。)


「ごめんごめん。でさ、一ノ瀬。今日一緒にカラオケ行かない?」



「嫌。後、この人は彼氏じゃない。」


 『嫌』って、友達にもその態度を続行するのかよ…


 なんでこれで、友達ができるんだよ。その能力俺にも欲しいよ…


「えっ、あっそうなの…ごめんね、こんなこと聞いちゃって…」


(せめて、カラオケ行けない理由ぐらい言ってあげればいいのに…)


 少し、友達に同情してしまったが今の俺は一ノ瀬さんとライバルの関係にある。友達解消ならこれほど嬉しいことはない。


「気にしてない。」


「じゃあね。美化委員頑張ってね。」



 一ノ瀬は、いい友達を持っているな…


 俺はこの時、素直にそう思ってしまった。

 









「で、どうさ。美化委員は?楽しい?」


 推定精神年齢が、6歳の前川が俺に話しかけてきた。今日は、一段と増してウザい。


(友達の民度では、確実に俺が負けていたわ。)


「全然楽しくない。」


「なるほどね。あっ、そうだ。今日一緒に帰ろ。……あっ、そっか。健人には掃除の点検があるのか‼︎忘れてた。」


(こいついつか殺す。)








「じゃあ、やりますか。」


 俺は、そう言って一ノ瀬さんと掃除の点検をしていく。そうすると2-cだけ電気がついていた。


「一ノ瀬さん、多分誰かいるよねあれ。」


「そんなの知らない。つけ忘れかもしれないじゃん。」


(…まぁ、今日一日で一ノ瀬さんも悪い人ではないということがわかった。それでも少し言葉のキャッチボールをしてほしい。)


 そう思いながらも、俺たちは2-cの教室へ近づく。すると、中から話し声が聞こえる。声からして今日あった一ノ瀬さんの友達の女の子と思うけど…






「なんなのあいつ、自分が可愛いからって…誰もあんたのことを本気では呼んでねぇよ。」


「まぁまぁ、菜々ちゃん。落ち着いて。あんな奴どうでもいいじゃん。」


「そうだよ。みんな一ノ瀬のことなんか好きじゃないって」


「それはそうなんだけど…あいつと喋ってたらムカつくもん。人を見下してる感じがする。」


 大声で一ノ瀬の友達が喋っていた。いや、この内容から一ノ瀬の友達でもないのだろう。


 (俺も一ノ瀬には少し思うところあるけど…でも、一ノ瀬はただ人と付き合うのが苦手なだけだろ。)


 一ノ瀬は、無愛想なだけで根っから悪いやつではないことぐらい一日過ごした俺でも分かる。結局あいつらは一ノ瀬さんを利用したかっただけで、一ノ瀬さんのことをわかり合おうとしていない。


 少し怒りを感じながら、視線を一ノ瀬に向けると…


「大丈夫だから、気にしないで。」


 一ノ瀬は静かにそう言い、2-cの掃除のマークにチェックを入れ次に歩き出そうとしていた。


 もし一ノ瀬が、中に入って彼女たちに言い返していたら俺もキレることはなかっただろう。そう感じられて当たり前の行動を一ノ瀬も事実として、しているのだから。


 言い返すことで一ノ瀬の怒りは放出でき、そして彼女たちも一ノ瀬に関わろうとしなくなるだろう。


 でも、『気にしないで』は違う。こんな内容を、聞かされて怒りを自分の中に抑えてあまつさえ、他人のことを気にかける。そんなことをしていたらいつか心が壊れてしまう。


 それは、1


(何が『気にしないで』だ、何が『大丈夫』だ。しょうもない。こんなところでもクール決め込むなよ‼︎)


 俺は、怒りを感じ教室に入ろうとする。


「ッ‼︎やめて。本当に気にしてないから。入られる方が困る。」


「だけど、…」


「そんなことされても迷惑なだけだから。」


 そう言われて俺は何もできなくなる。


 結局、俺はあの時から何も進歩してないんだ。



 



 



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