第6話
「─それでは、このクラスの全校風景画コンクールの代表は、星崎さんでよろしいですか?」
「「はーい」」
文化祭の2週間後、この学校では全校で幾つかのコンクールを開催する。“文化的交流を盛んにするため”だそうだ。風景画、イラスト、抽象画、創作文、意見文、たくさんの部門があり、部門ごとにクラスの代表者を決める。そして、今年、私のクラスは、抽象画部門に青羅、風景画部門に私を代表として選んだ。久しぶりに、誰かが私を選んでくれたから、それはそれは張り切った。しかし、その年のテーマは“花”。花だけは、描けない。だって、あの日、私と舞菜を引き合わせたのも、いじめられたのも、全部、花の絵が元だったから。どうしても、思い出してしまう。花を描こうとすると、手が、震える。
──でも、選ばれたからには描かないと。
必死に線を描く私を、青羅はじっと見つめていた。
一時間後、私は、出来た線画と向き合っていた。
「違う…違う!こんなじゃない。あの日は、もっと…。」
もういちど鉛筆を持とうとする私の手を、誰かが抑えた。
「…何?邪魔しないで。私は、描かないといけないの。みんなが、選んでくれたんだから。」
「…それにも、限度があるだろ。震えながら描いてるの、バレないとでも思ったか。」
気付かれていた。美術部員が、絵を描けないなんて、ありえないもんね。そりゃ気になるか。
「…ちょっと来い。」
そうして、私は屋上に連れて行かれた。
「…で、なんでそんなに絵を描く時震えてるんだ?」
言わないつもりだったのに、どこかで話を聞いてほしかった私は、素直に話す。
「怖いの。私は、花の絵で、友達も、日常も、失った。日常はもう戻せないけれど、友達は、まだ、仲直りできてないから。私、自分が悪いのに、心のどこかで、私は悪くないって思ってる。そんな私が、本当に嫌だ。」
「…あー、お前さ、悪くないって思ってる自分が嫌なのか?でもさ、それって自分の素直な気持ちだろ?自分を自分で信じなくて、どうするんだ。お前くらいは、自分の味方でいろよ。」
まあ、俺もお前の味方でいる気だけど。そんなことを続ける青羅の優しさを、私は嬉しいと感じた。誰かから、損得無しで優しくされたのなんて、いつぶりだろう。
でも、私の中には、もうひとつ、まだ悩みが残っている。
「実はね…彩花と、喧嘩しちゃって。私は、彩花を傷つけてたんだなと思うと、少し、いや、大分、キツくて。」
そう言って、あの日、彩花に突き飛ばされたときのことを話した。
「ソイツ、ヤバいな。」
話を聞き終わった青羅の一番の反応は、それだった。
「ヤバいって…当たり前じゃない?私は、彩花をずっと傷つけて…」
「傷つけてねえよ。いや、ソイツは傷ついたのかもしれないけど、お前がワザとやったわけじゃないだろ?むしろ、誰も傷つけないように、頑張ってただろ?…今すぐとは言わない。でも、そんなやつのことは考えずに、お前はお前のやりたいことをやって、関わりたい人と関わってればいいんだ。お前は、そいつとまだ関わっていたいのか?」
私は、彩花といたいのだろうか。私が傷つけてしまった彩花。でも、私はもっと、彩花に傷つけられた。だから…
「…わからない、けど、たぶん、もう一緒にいたくない。辛い。」
「それでいいんだ。お前が一緒にいて笑えるヤツ、力を抜けるヤツといろ。」
「…うん。ありがとう、青羅。」
私が一緒にいて笑える、力を抜ける人…私にとってそんな人は、ずっと前からひとりしかいない。
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