第6話 謎

「あのね、Ⅾ大に電話したんだ、彼女の住んでいるところ知りたくて。そしたら事務の人が親切に調べてくれて、そんな学生はいないって」

「どうしてそんなことを」

「潤の態度がどんどんおかしくなるし、私心配で」

 潤は、この数日、自分がどんな態度をとっていたかを、まるっきり覚えていない。


「それで、今度は、安心院のライダーズハウスに問い合わせてみたの。もちろん潤の妹ってことにして。夏にお兄ちゃんが、お世話になったんだけどって」

「そうしたら」

 そこで、美里はいったん言葉を切って身震いをした。

「そんなひとはいないって、宿の人は潤のこと覚えていたけど、バイトは高校生しかいないって」

 潤には意味が分からなかった。安心院にいたときから、幻を見ていたということか。


「どうしようか悩んだ、でもやっぱりほっておけなくて」

 それでさっき家に来たという。でも潤はそのことすら覚えていなかった。

「でも彼女は」

「私には見えなかった、さっきも潤しかいなかった」

 まさかと潤は思った。でも、本当に実体があったかと聞かれると自信がなかった。



「潤のカブ、エンジンかからなかったでしょ、でも私がキックしたらすぐかかって。声がしたの孫を助けろって」

 え、俺はどうやって、ここまで来たの? 自分のバイクじゃなかったのか。


「どうして私がここまで来られたと思う」

 自分で走ったわけではなくて、カブが一人で追いかけたようなものだという。

「潤が川に向かって飛び降りそうで、止めなきゃって」


 じいちゃんは裕美さんの正体に気がついていたんだ。だから俺を助けようと。

「兄貴じゃない、俺だよ。巻き添えにして悪かった。孝子はこっちで幸せにする」

「今の声は? 聞こえた?」

「うん、私を動かした声に似ている」

「大叔父さんかも」


 多分そうだろう。頼りのない又甥なんかに、大事な彼女を渡せなかったのだろう。


「ごめんね」

 潤は今日のことはほとんど覚えていない。でも頭の中のどこかに美里の泣き顔が残っていた。

「許さない」

「抱きしめて、キスしてくれなきゃ許さない」

 潤は渡月橋の真ん中で、観光客も気にせず美里を抱きしめ、キスをした。

 周囲からやんやの声があがったが、潤が全く気にしなかったのは言うまでもない。



 後日、来夏に残っていたフィルムを現像したら、保津川を背景に、軍服姿の青年とワンピースの少女が仲良く並んでいる写真があった。

 ばあちゃんに見せたところ昭吾朗大叔父だという。相談の上、じいちゃんの実家の仏間に額に入れて飾ることになった。


 潤と美里はライカをもって、今日もツーリングだ。

 大学生になったら、休みを利用して、日本一周に行こうというのが二人の今のところの希望だ。

 もちろん宇佐と安心院にもいくつもりでいる。

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叔父さんのカメラと ひぐらし なく @higurashinaku

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