第5話 連れて行かないで

 玄関のチャイムが鳴った、出かけようとした矢先のことだ。どういう訳かカメラが見つからず、潤は焦っていた。そんな時だから勢いドアも乱暴に開けることになった.

 そこに立っていた美里を見て、潤は舌打ちをした。

「何、俺今忙しいんだけど」

 つい言葉も冷たくなる。


「ごめん、ちょっと話があるんだけど」

 どことなくおびえた美里ようすが、潤をさらに苛立たせた。

「帰ってからでいいかなあ、それと裕美さんのことなんで他人に話した」

「他人にってあの二人は」

「いいよ、まあ、悪いけど帰ってくれる」

「母さんちょっと出てくるから、晩飯いらない」


 美里を押しのけるように庭に出た潤は、カブを引き出して、キックを踏む。

 二回、三回、エンジンはかからない。

「くそっ」

 潤はシートを叩いた。


「美里、お前のカブ貸してくれ、頼む。貸せってば」

「ん、わかった」

 潤の剣幕に押される形で美里はキーを採りに家に戻った。その間に潤は美咲の家のガレージから彼女のカブを引き出している。


 礼も言わずに、ひったくるようにキーを美里から奪うと、キックを踏んだ。

 エンジンがかかると後ろも見ずに航は走り出した。


 待ち合わせ場所は渡月橋。あと三十分しかなかった。飛ばしてもギリギリかもしれない。彼女待たせるわけにはいかないのだ。

 潤らしくない、かなり乱暴な走り方で国道を走り抜けていく。


「潤君」

「お待たせしました」

「じゃ行きましょうか」

 何処へとは聞かない、聞く必要もなかった。裕美が先になって、保津川に沿って走っていく。


 山陰本線の鉄橋群が続く、眼下に川が見える場所で二人はバイクを止めた。

 裕美は潤の胸の抱きつくと背中に腕を回した。彼女の方が十五センチほど背が低い。

「私のこと好き」

 見上げるようにして潤を見つめ尋ねた。

「キスして」


 長い抱擁だった。裕美の瞳から涙が滲んでいる。

「ずっと待ってた、もう離さない、私と一緒に」

 二人は、道の端に向かって歩き始めた。


「だめえ」

 絶叫とともに美里が二人とガードレールの間にカブごと突っ込んだ。

 吹っ飛ばされるかたちで三人は道路に転がった。


「美里」

 一番早く立ち上がった潤は、迷わず美里に駆け寄った。

「大丈夫か」

 美咲は順に抱きつくと声をあげて泣き出した。

「馬鹿あ、心配したんだぞ」

 両手で潤の胸を叩いた。

「心配って何を」

「裕美さんのこと」

「裕美さんって誰」


「やっぱりそうだったんだ」

 道には裕美も、彼女の載っていたバイクもなかった。

「なんで俺はここにいるの?」

 出かけてきたときの冷たい態度は微塵もなかった。


 美里は、川に向かって手を合わせた。わからないまでも潤もそれをまねた。

「話してあげるけど、その前に一緒に渡月橋見に行こうよ」

「なんで今更、渡月橋?」

「だって来たかったんだもの潤と」


 ガードレールにこすったはずなのに、潤のカブはどこも壊れていなかった。キックをすると一発でエンジンがかかる。

「さきに行くね。ゆっくり走るから気を付けてね」

 走り出した潤を追うように美里もブレーキを外しかけ、もう一度川の方を見ると、頭を下げた。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る