第3話 お祭りの夜

「そうだったんだ、辛い話だったね」

 結局、安心院で一泊をして、潤はフェリーで神戸に戻った。気分が落ち込んで国道を走ってくる自身がなくなったのだ。

 宇佐での話はそれほど彼を打ちのめした。


 潤が玄関でバイクを止め荷物を運んでいると、里美が嬉しそうな顔をして彼女の家から駆けだしてきた。

 よほど心配してくれていたらしい。取りあえず荷物を片付けて一連の話を聞かせた。

「でもね、収穫が一つだけあった」

「収穫?」

「ん、孝子さんの姪っ子さんが、ライダーズハウスでバイトをしていた、Ⅾ大の一年生なんだって。夏休みだけ地元に帰ってバイトしていたんだって」

「そんな偶然あるんだ、びっくりだね」


「彼女、孝子さんにそっくりでびっくりしたというか、ちょっとばかり怖くなった」

「向こうから戻って来たって?」

「やめてよ、いくら夏だからって」

「あるわけないでしょ、それに俺の前に現れる必要ないでしょ」

「そりゃそうだね」


「あのね、カブ買ってもらった、もちろん中古だけど」

「そうなの、お母さんよく許してくれたね」

 美里のお父さんは彼女に甘いので反対はしないだろう、問題はお母さんだと思った。

「反対したのはお父さんだったけど、お母さんが応援してくれた。潤と一緒に走りたいって頼み込んだらわかってくれた」


 それはかなり照れ臭い、おばさんと会ったら照れてしまいそうだ。

「免許はこれから?」

「もう合格して、来週警察に受け取りに行く」

 美里は普段はおとなしいくせに、時たまとんでもない行動力を発揮することがある。


 美里のカブは潤のと色違いの青だった。

「ピンクとか赤があればよかったんだけど、お揃いだよ」

「免許来たらどっか遊びに行こうか」

「うん、手近なところで嵐山に行きたい」


「あ、そうだ、孝子さんの姪っ子、名前は徳田裕美さん、九月になったら戻ってくるから、逢いませんかって言われた」

「二人っきりで?」

 里美の表情が少しばかり陰ったような気がした。

「わからないけど、D大って里美の志望校の一つだよね、話を聞くのもいいかもね」

「どうしようかな考えとく」

 その話はそれっきりになった。


 徳田裕美から電話が来たのは、夏休みの終わり三十一日だった。

「今度の日曜に、河原町のリプトンで会おうって言われた」

「ふうん、わたしはいいや」

 浴衣姿の里美はちょっとばかり不貞腐れた声を出した。

 校区内に由緒のあるお寺がある。今日はそこのお祭りで、二人で夜店に行くところだ。


「取り込まれないでね」

「どういうこと? 彼女に? まさか年上だよ」

「そんなのわかんないじゃない、わざわざ会いたいって」

「何言ってんの、俺を相手しようなんてもの好きは里美だけだよ」

 里美は潤の手を握った。


「おーいお二人さん、相変わらず仲がいいね」

 自転車で、同級生の一団が追い抜いて行った。

「妬くな妬くな、お前らも、早くこんなかわいい彼女捕まえな」

「あほくさ、腐れ縁のくせに」


「ね、私たちって腐れ縁なの」

「何言ってんの、あいつらの言うことなんて気にするなよ」

「だってもう高校生なのに、私たち何もしてないから。ほんとに潤に好かれてるのかなって」

 下から見上げる美里の顔が、潤にはとても可愛く見えたが、こんな人どおりでは抱きしめることもできない。ほんのちょっとだけ肩を抱いた。





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