第2話 基地の跡
別府には翌日の朝についた。二等船室でごろ寝だったが意外と眠れた。
高速を走れない原チャリで、ここまで来ようと思えば、きっとたどり着くころにはくたくたに違いない。もっとも帰りは十号線、そして二号線、一号線とひた走ろうかと思っている。
取りあえずの行き先は宇佐だ。
宇佐八幡宮、そして帝国海軍航空隊の宇佐基地あと。ここからは温泉街を抜けて、院内、安心院と抜けていけばいいはずだった。
距離にして五十キロメートルほど。のんびり行っても二時間はかからないはずだ。
道は舗装されてはいるけれど、交通量は多くない。これなら初心者の自分でも大丈夫そうだと、潤は思った。
自転車とどっちにしようかとも思ったが、せっかくのじいちゃんの形見ということもあって、急遽免許を取ったのだ。
実際、別府からの道は快適だった。田園風景の中に集落が続く。安心院から院内に。
びっくりしたのは石橋が多いことだった。材料として石が一番手に入りやすかったと調べた本に載っていた。
小さな川にも石橋がかかっている。木造とは違い趣があった。今度、美里と来てみたい。
こんな風景の場所に一人旅はちょっと悲しい。
「お兄ちゃんどこから」
昼食に寄った食堂で店のおばちゃんに聞かれた。
「京都からです」
「おやまあ、あの単車で、偉いねえ」
別にえらくはないと思うが、とりあえず頭を下げた。
「どうして院内に?」
「なんか大叔父さんが昔宇佐に、海軍航空隊にいたとかで、そこを見て見ようかと」
「宇佐の航空隊に? 今は」
「沖縄で戦死したとか聞いてます」
おばちゃんは、途端に暗い顔になった。
「そりゃあ、まあ」
「あ、俺の知らない時代なんで、それでもちょっと尋ねてみようかと」
「そうねえ、まだ、後が残っているから。手でも合わせてあげたら、いい供養になるかも」
おばちゃんはサービスだと言ってラムネをくれた。
ついでに道を聞き、丁寧にお礼を言うと潤は店を後にした。
山を越えると、目の前に平野が広がった。
アルバムにもあった宇佐神宮に向かう。京都だから神社仏閣は見慣れているが、ここはちょっと形が違うような気がした。
案内の看板によれば本殿の屋根が他にはないらしい。参拝の仕方も違うらしい。勅使だけが使えた屋根がかけられた橋。
そういえば和気清麻呂が道教の件できたのはここだった、そんなことを思いながら神社を歩いた。
そこから基地のあった場所までは、ほんの数キロだった。畑の中に一本のまっすぐな道、滑走路の後だ。周りにはコンクリートで作られた『かまくら』のようなものが並んでいる。
かつて、敵の爆撃から飛行機を守った
滑走路に向かって、深は手を合わせた。
「お兄ちゃん、どこからかね」
畑作業をしていたおばちゃん二人組が声をかけてきた。
「京都からです、大叔父さんがここから出撃したと知ったんで、夏休みを利用して」
食堂のおばちゃんと同様に悲しそうな表情をした。
「そうかい、海軍さんだったのかい」
「私らも、ここで奉仕作業とか、見送りとかしたんだよ」
「じゃあ、これなんか知ってますか」
潤はリュックからアルバムを取り出した。
「知ってるさ、ここ、正門からみんなで更新して滑走路で並んだもんだ、みんなが出撃していくのを見送ってんだ」
おばちゃん二人は昔を思い出したのか涙ぐんだ。
「お兄ちゃん幾つかい」
「十六です」
「同じぐらいの年齢だったんだよ」
「ここも空襲を受けてね、私らの友達もなくなったものもいて」
「ね、これ孝子ちゃんじゃない」
「そうだ、そうだよ孝ちゃんだ」
「ご存じの方なんですか」
「うん、女学校の同級生で。この子好きな海軍さんがいたんだけど、その人が確か沖縄で」
「なんて言ったかなあ」
「榊原昭吾朗、ですか」
「そうだ、そんな名前だったかも」
「孝ちゃん泣きっぱなしで」
「その方は今は」
「さっき話した空襲で亡くなった」
潤はさすがに絶句した、自分が生まれる十三年前、ほんの少し前にそんなことがあったのだ。
「私たち、話をしたもんだ、あっちの世界で一緒になれればいいねって」
「この孝子さんって方の家は」
「もうないよ、でも確か親戚の方が安心院の方にいるとかは聞いたけど、ごめんねそれ以上は」
それからしばらく思い出話をしてもらって二人とは別れた。
昭吾朗おじさん、どんな青春だったんだろう、潤はもう一度心の中で手を合わせた。
今日の宿は安心院にあるライダーズハウスの予定だった。孝子さんの話で名前の出た街に泊まるというのも何かの因縁かもしれない。
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