叔父さんのカメラと
ひぐらし なく
第1話 発端
「大丈夫、気を付けてね。私も一緒に行きたいけど」
それは無理だろう、お互いまだ十六の高校生だ。二人で一週間以上の泊りがけの旅行など彼女の親が許すはずはなかった。
一応、親公認の俺、榊原潤と彼女、野間里美ではあるが、当たり前の普通の親なら、話してみるまでもなく却下に決まっている。
「心配しなくても大丈夫だって、別府まではフェリーだし」
それに二人で行くにしても、五〇㏄のカブは二人乗り禁止だ。
「行ってくるね」
潤は里美を抱きしめると、カブに乗ってエンジンをかけた。
まずは国道一号線まで出て、神戸港までだ。
ここから四十キロ余り、実は一度も走ったことがない。交通量もあるし、免許を取って一週間の潤は結構不安だ。この旅の最初の難関だ。
でもそんなことを言うと、里美が心配するに決まっているので、あえて顔に出さないようにさっきから努力している。
ウインカーをあげて、左折した時、バックミラーの中で里美がまだ手を振っているのが見えた。
昭和四十九年七月十九日、潤にとっては人生で最初の冒険が始まる。
そもそもの発端は、じいちゃんの葬儀だった。
潤の住む街から見て山の向こう側の亀岡、そこの旧家がじいちゃんの家だ。
一連の儀式が終わり、潤はばあちゃんに言われて蔵に入った。形見の品を、何でも持っていけばいいという。
じいちゃんの子供は三人、潤の父親以外はおばさんが二人。孫は今のところ二人、潤と大学生の涼子。
涼子はいらないとにべもなかったので、潤が何かないかと蔵に入ったのだ。
じいちゃんは趣味人だったらしく、スポーツ用品や楽器などが残っている。
潤にとっては、宝の山だった。
その中で一番気に入ったのが、実は古ぼけたカメラだった。かなり昔のものだが、彼でも知っているドイツのライカだった。そして、その下にはアルバムがあった。
ぺらぺらと中を見ると、大きな神社、どこかの街、そしてどう見ても旧海軍のゼロ戦、掩体壕に入っている一式陸攻。
まさかこんなものがじいちゃんの家にあったとは。戦記物が好きな潤にはそれらがとんでもない代物だということはすぐにわかった。
ただ、それより気になったのは、最後のページの写真だった。
それは髪を三つ編みにしたセーラー服の女性、今の順と同じくらいの年だろうが、写真はセピア色に代わっている。今なら幾つぐらいなのだろうか、美人だった。
「ばあちゃんこれ、じいちゃんのなの」
「ああ、どうしようか、それはじいちゃんの弟さんのものなんだ」
じいちゃんのおとうと、つまり潤にとっては、大叔父ということか。初めて聞いた話だった。
「そうだった? 写真は大広間に飾ってあるんだけどね」
「あれ怖くて見てない」
写真ということで今はもういない人だということが分かった。というより閃くものがあった。
「予科練?」
「おや良く知ってるね、そうだよ、かわいい子だったけど、沖縄で戦死した」
ばあちゃんはちょっと涙ぐんでいる、思い出したのかもしれない。
「もっていけばいい、昭吾朗も喜ぶだろう。写真に手だけは合わせておやり」
叔父さんの名前は昭吾朗というのか、大広間の遺影、海軍少尉の階級章を付けてた若者が笑っていた。
帰ってきて、里美と話しているうちに、そのアルバムの風景を探してみたくなった。
女性が誰なのかも気になった。
調べると神社は、大分県にある宇佐神宮だろうということが分かった。
つまり女性も大分の人、潤と里美の結論はそうだった。
「夏休みに行ってみる」
実はこれはじいちゃんの形見、ホンダのカブをもらったのだ。免許を取ったら、亀岡から自分で乗ってくることにしている。
ということで大分に向かうことになったのだ。
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