第32話:流麗の女神

 一進一退の戦いは、続く。

 鮮やかな赤白のアーマックは左肘から下と、右の脛から先を失っていた。

 美しい赤紫のアーマックは、欠損こそないものの、装甲表面に複数の傷が刻まれていた。

 

 空中にヒロ、地上にリエ。お互いが様子を探るように、ほんの少しの間、時が止まっていた。


 ヒロは肩で息をしながら、リエのアーマックを見た。自覚できる程度に思考が乱れている。おそらく次が最後の機会だろう。

 勝ち筋はあると思っていたが、どうやらヒロが甘かったようだ。こちらの攻撃にはすぐさま反応し、的確な反撃をしてくる。グラビティ・ダイブによる強引な機動で何とか避け続けてきたが、心身共にそれももう限界だ。

 まとまらない思考は、徐々に直感的になってきている。グラビティ・ダイブが指示を受け取らないことも増えてきた。


「さすが……流麗の……」


 どうせ最後ならば、やってみたいことがある。つい先ほど思いついたことだが、試さないまま死んでしまうよりはいい。

 ヒロは痺れつつある足先になんとか力を入れ、ペダルを踏んだ。加速を受け、背中がシートに押し付けられる。


 リエ機はまだ動かない。きっと彼女も疲れているのだろう、自らは攻めず、ヒロを迎え撃つ体勢に見える。

 ヒロがこれから行うのは、後のことを考えていない奇策だ。成功すれば勝てるかもしれないが、失敗すれば負けが確定する。可能性があるだけまし、といった下策である。最後に残った手段の情けなさに、ヒロは自嘲的な笑みを浮かべるしかなかった。


 ヒロは手動でフライトユニットに、脳波でグラビティ・ダイブへと指示を送る。続いて右手のレバーを操作し、持ったレーザーブレードを投げつけた。すぐさま腰部に懸架された予備の柄を握る。

 リエ機は投擲されたレーザーブレードを左腕の盾で弾き飛ばした。回避は隙に繋がると判断したのだろう。期待通りの行動に、ヒロは感謝した。


「今だ!」


 ヒロは空中でグラビティ・ダイブ兼フライトユニットを、ソルジャーシックス本体から切り離した。機動力のなくなった機体は、慣性を残しつつも地表に向けて落下する。リエにとって、この行動は想定の範囲外だったはずだ。証拠に、一瞬だけの逡巡が見えた。


「そして!」


 機体との接続を解除したグラビティ・ダイブに、遠隔でヒロの脳波を届ける。

 事前に設定した対象はグラビティ・ダイブを除く周囲の全て。最大出力、場所はリエ機の前方五メートル。重力の中心や速度など、詳細の調整はできない。あくまでも発生のタイミングを指示するのみだ。

 

 重力に引かれ、二機のアーマックが接近する。赤紫の機体が光の刃を突き出した。狙いは赤白の機体の腹部。確実にヒロを殺すという強い意思を感じる。だからこそ、読みやすい。


「ぐうううぅ!」


 残った左足を地面に突き立て、強引にブレーキをかけた。それでも重力は二人を引き合わせる。

 機体の状況表示が、左足のフレームが膝から折れたことを告げた。リエ機は重力に抗いきれず、体勢を崩す。切っ先がヒロのコクピットからずれた。

 ソルジャーシックスの左胸にレーザーブレードが突き刺さる。光の刃の超高熱を受け、全天周囲モニターの左上部分が割れた。幸い、操作系統は生き残っている。破片が刺さったのか左の頬に強烈な痛みを感じたが、ヒロは意識してそれを無視した。


「おおおおおおおお!」

 

 ソルジャーシックスは、僅かに残された四肢でリエ機に組み付いた。ヒロの指示により重力が解除され、次に設定された重力を発生させる。


「さぁ、逃がさないぞ、リエ」


 まるで美しい女性を力ずくで押し倒したようだ。ヒロは歯を食いしばり、悶える赤紫のアーマックを押さえつける。

 彼女の機体はソルジャーシックスと接触を重ねるたびに、駆動力が弱まっていた。滑らかな動作を実現するために耐久性を犠牲にした印象だと推測できる。

 これまで一撃必殺だった彼女やヒーローズ運営は、それに気付けなかったようだ。


 ヒロは上方を見た。残されたモニターで辛うじて見えるのは、真上に滞空したグラビティ・ダイブ。そして、事前に設定していた通り、あるものを重力で引き付けている。


「まさかさ、こんなに無様な戦い方になるとは思ってなかったよ」

『私も、男の人に押し倒されるなんて』


 通信が繋がったままだとは思っていなかった。命の取り合いの中でこんなに穏やかな会話をするとも、思ってもみなかった。


『でも、勝つのは私』


 左胸に刺さったままのレーザーブレードが、徐々にコクピットに向けて動き出す。肘から先のない左腕では、彼女の右手を抑えきれない。


『大好きだよ、ヒロくん。お嫁さんにしてね』


 リエの優しい声色は、勝利を確信したものだった。それは、油断に他ならない。

 単純な戦闘能力では、ヒロとリエでは比べ物にならない。ヒロが彼女に勝っている数少ないもの、それは思考の深さと死の経験だ。


「いいや、君は俺と結婚するんだ」

『え?』

「俺は貴女を殺すと言った。少しずるいけど、こうもしないと無理だったよ」

『どういう……』

「好きだよ、リエ」


 ヒロはリエ機を抑える力を緩め、向かって右側に転がる。それに合わせて上空のグラビティ・ダイブに、重力解除の指示を送った。

 グラビティ・ダイブの重力に引かれていたのは、ヒロが投げ捨てたレーザーブレード。リエ機のコクピットの真上に位置していたそれは、惑星の重力に引かれ落下する。

 

 想い人の命が散る瞬間を、ヒロは見ることができなかった。

 リエ機のレーザーブレードに焼かれ続けたソルジャーシックスの機体は限界だった。ノイズ交じりに外を映していたモニターは全てブラックアウトする。同時に、とっくに限界を超えていたヒロの意識も途切れた。


 ───────────────────

 

 全て、ヒロにとっては後から聞かされた話だ。

 リエが命を失いヒロが意識を失った後、戦闘は再開され、ソルジャーズが勝利をもぎ取ったそうだ。その試合の最優秀選手は、瞬く間に二機を撃墜したジャンだったらしい。


 アーマックの戦闘を私的な行為に利用したヒロとそれに応じたレディ・ダフネには、今シーズンの出場停止と謹慎の処分が下された。その程度で済んだのは、ソルジャーズだけでなくヒーローズからも穏便な処置を求める嘆願があったとのことだ。おそらく、リエの父による差し金だろう。

 以降、バトルリーグのレギュレーションには『試合開始後の試合形式変更の提案および私的契約の禁止』という条項が追加されることになった。

 

 初参戦である今シーズンのヴァンクス・ソルジャーズの成績は、後半巻き返したが前半の連敗が祟り、最下位に終わった。優勝常連であるジートニン・ヒーローズは、エースパイロットのレディ・ダフネ不在に悩まさるものの、僅差で首位を守ることができた。

 最下位とはいえ、レディ・ダフネ撃破という歴史的な大戦果をあげた結果、ソルジャーズを所有するヴァンクス重工の利益は盛大に向上した。それも、ヒロの処分が軽かった理由のひとつだろう。また、企業利益の十分の一ほどは、ジャンの公式グッズの売り上げが占めているらしい。


 約半年後、謹慎を終えたレディ・ダフネは再び人々の前に立った。その姿は、皆が見慣れた流麗の女神のままだった。ざわつくインタビュアーに対し、彼女は来シーズンをもって引退すると告げた。小さな声で「寿ことぶき引退」ですと付け足して。


 レディ・ダフネ引退宣言からさらに一か月後、ヒロとリエはようやく再会することができる。

 二人は、改めて結婚の約束を交わした。

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