第31話:結婚と両想い

 結婚という仕組みは、現代となっては社会的に廃れたものになっていた。人工子宮から生み出された男女は、個として【システム】に管理され、個として社会生活を送る。

 好意を持つ者同士が共同生活を送ることはあれども、子供を産み守り育てるという必要がなくなったため、家族という概念は薄れていった。

 そのため、結婚というものは【システム】が管理する社会制度としては残るものの、個人間を縛るための契約といった意味に近くなっていた。

 

 そんな中、ヒロが敢えてこの言葉を使ったのには、理由があった。それがリエことロリエーナ・リイナ・ジートニンの特殊な出生だ。

 母体出産の申請を通すためには、多額の費用の他に結婚をしている必要がある。つまり、結婚を申し出るということは、子を産んでほしいと告げることと同義だった。

 リエに対して愛を告げるのに、これ以上の言葉ないと、ヒロは思っていた。

 そして、リエの『お嫁さんにして』という言葉は『あなたの子供を産ませてほしい』と、限りなく近しい意味を持っていた。


「さぁ、戦いましょう。どっちが勝っても結果は同じだけど、私を殺してみて。最初で最後の男になって」

「……そうだな」


 ヒロは頷き、コクピットに戻った。アーマックのトップパイロットになる夢を叶え、惚れた女性を手に入れる。そうでなければ、こんな無茶をした意味が薄れてしまう。

 リエの言う通り、どちらが勝っても彼女が手に入ることに変わりはない。確かにそうではあるが、だからといって負けてしまっては余りにも格好がつかない。

 

 シートに座り、ヘルメットをかぶり直す。いくつかのスイッチを操作し、音声入力と脳波入力を起動させた。そして、ヒロは愛機に向かって指示を告げる。


「グラビティ・ダイブ・エンゲージ」


 背面装備が低い唸り声のような起動音をあげた。ヒロはグラビティ・ダイブには思考を送らず、フットペダルを操作する。フライトユニットにより、赤白の巨人が空中へを浮き上がっていく。

 リエからある程度距離をとった段階で、ヒロは右手に持った粒子ビームガンを投げ捨てた。そのまま、腰部に懸架されたレーザーブレードの柄を握る。左腕に取り付けられた、対レーザーコーティングを施した小型盾とあわせ、完全な近接戦闘の意思を示す。

 対するリエは、ヒロの意図を察してくれたようだ。両腕にそれぞれ装備されたビームガンのエネルギーパックを、地面に落としている様子が見える。


 アーマック戦におけるグラビティ・ダイブは、近距離戦闘での複雑な機動にこそ大きな効果を発揮する。距離をあけての射撃戦となると、おそらくヒロに勝ち目はない。だから、お互いに接近戦しかできない状況を作り出す必要があった。

 リエとしての心情はともかく、最強のパイロットであるレディ・ダフネが格下の誘いを受けないわけにはいかない。ヒロは彼女に勝つため、バトルリーグのレギュレーションに違反しない範囲であれば、どんな手段でも使うつもりだった。


「行くぞ」


 ヒロは再びペダルを踏み込んだ。ソルジャーシックスは急加速し、赤紫のアーマックへと迫った。

 接触する直前、動作プログラムを高速機動用から近接戦闘用へと切り替える。右手のレバーを倒し、レーザーブレードを振り抜いた。避けられることを前提にした斬撃だ。

 想定通り、リエは異様に滑らかな動作で光の刃から左方向へ身をかわす。間を置かず、レーザーブレードの切っ先がヒロへ向けられた。


「それだ!」


 ヒロはグラビティ・ダイブへと指示を送る。上方、姿勢は逆さに、速度は最大。惑星の重力を相殺することに機能の一部を使っているため、宇宙空間と違い慣性の制御はできない。強引に上に落ちる際の衝撃は、パイロットシートを通してヒロへと響く。

 レディ・ダフネは、真正面から斬りかかられた場合、向かって左方向に避け、突きによる反撃をすることが多い。確率としては約八割。そして、反撃の成功率は十割。つまり彼女は、自分の攻撃を避けられるという経験がない。


「ふぅっ……!」


 歯を食いしばりながら、ヒロは右のレバーを操作した。地面に対し逆さになったソルジャーシックスがレーザーブレードを振る。コクピットまで狙えるとは思っていない。腕を傷つけられれば攻撃の機会を減らせ、頭ならばセンサーを潰せる。不意をつけさえすれば、どこかには当たってくれるだろうという想定だ。

 しかし、最強のパイロットはあっさりと反応をしてみせた。レーザーブレードを突き出した姿勢から前転を二回。ヒロが向けた刃は、左肩の装甲表面を焼くに留まった。


「ちぃっ!」


 ヒロはすぐさまグラビティ・ダイブに指示を送り、さらに上方へと落ちる。姿勢を地面と平行に戻し、フライトユニットでの機動に切り替え、左方向へ移動。

 先ほどまでヒロがいた空間を、リエのレーザーブレードが通り過ぎた。反応と行動が早すぎる。彼女が射撃武器を使っていたら、ヒロはすでに命がなくなっていただろう。


「それでも!」


 レディ・ダフネの戦いは数えきれないほど見てきた。攻撃に対しての行動パターンは全て把握している。だから、何とか避けられ、隙も見つけられるはずだ。

 ヒロは再び足に力を入れ、ペダルを踏んだ。グラビティ・ダイブによる無茶な機動を繰り返せば、自分の身体がもたない。とはいえ、焦って雑な行動をすれば、見逃されることはないだろう。

 慎重に素早く確実に、彼女の命を狩る必要がある。ヒロはグラビティ・ダイブの対象をリエに変更するため、一瞬だけ動きを止めた。

 これまで積み上げてきたこと、これからできることの全てを使って、彼女を殺し、リエを手に入れる。ヒロは声にならない咆哮をあげた。


 レディ・ダフネこと、ロリエーナ・リイナ・ジートニン、そして彼に呼ばれたい名はリエ。彼女は驚きと焦りを隠せなかった。

 自分の攻撃が二度も避けられた。牽制のためではなく、確実に殺すことを狙った攻撃がだ。それよりも衝撃だったのは、肩に傷をつけられたことだ。これまで戦ってきて約十年、初めての経験だった。


「私に、当てた?」


 リエは、アーマックのセンサーが得た情報を自身の感覚として認識する。痛みこそ感じないものの、装甲の傷は自分の肌が焼かれたことと同じだ。思わず左肩に手を当ててしまいそうになるが、右手に握ったレーザーブレードを手放すわけにはいかない。

 彼の斬撃を避け、突きに転じた。これまでならば、あれで終わっていたはずなのだ。赤白の機体の動きは、こちらの行動を読んでいたとしか思えない。


「そっか……」


 リエは自分が驕っていたことに、気が付いた。最強のパイロットだから、追いつめられることを知らない。だから簡単に射撃武器を捨てるパフォーマンスもできた。腕の粒子ビームガンを使っていたら、戦いはもう終わっていたはずなのだ。


「わかったよヒロくん。大好き!」


 これまで感覚のみで動いていたが、愛するヒロがそれだけではいけないと教えてくれた。相手の行動を観察し、理解し、適切な対応を選ぶという行為も、時には必要なのだ。

 対グラビティ・ダイブで注意すべき点は、主にふたつ。重力操作による無茶な機動と、対象を変更し相手を強引に動かすこと。

 ヒロが自分を研究し尽くしているように、リエも彼の戦いを何度も見た。重力操作の対象を切り替える際、一瞬だけ動きが止まることはわかっている。


「その時間は、あげない」


 空中で静止しかけたヒロに対し、リエは直線的に跳躍した。左腕に取り付けられた、楕円型の盾で体当たりをする。姿勢を崩したヒロに向けて、レーザーブレードを振りかぶった。

 意表を突いたはずの攻撃は、未然に止められてしまう。ヒロの左手が自分の手首あたりを掴み、押さえている。力比べの態勢になったが、ヒロは素早くリエから距離をとった。不自然な方向に落ちるように移動するのは、グラビティ・ダイブの特徴だ。


「やっぱり、最高」


 彼に重力をこちらに向ける時間を与えてはいけない。一回の攻撃で仕留められないなら、何度も何度も何度も責めればいい。リエにとって、そのやり取りがそれぞれ、ヒロとのコミュニケーションとなる。

 永遠に続けていたいと思える戦いだが、リエはそれにも限界はあると認識できていた。長時間の最大速度による機動は、愛機の特殊人工筋肉と自分自身の肉体がもたない。決着までそう遠くはないだろう。


 リエは、彼に殺されたいのと同じくらい、彼を殺したいと思っていた。

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