第30話:再戦と賭け

 ヒロがリエに自分の想いを告げて、約二カ月ほど。ヴァンクス・ソルジャーズは、ジートニン・ヒーローズとの再戦を迎えていた。

 現在四十八ある植民惑星の中で、母星の環境に最も近いとされている惑星キトオ。その森林地帯が今回の戦場だ。


『よお、ヒロ、結局連絡はとったのか?』


 開戦前、基本的に私的な通信は許可されていない。それでもジャンはおかまいなしに、ヒロを心配する個別通信を送ってきた。サブモニターにヘルメットをかぶった美少女の顔が表示される。

 彼の言う通り、リエとはホテルの最上階で別れて以来、連絡をとっていない。自分の決意が揺らいでしまうような気がしたからだ。我ながら情けないと思う。


「とってないよ」

『そうか、マリー姉さんも心配してたぜ? もちろん俺も』


 ジャンはあの日、リエの使用人であるマリーと会っていたそうだ。それ自体はヒロの予想通りだったが、二人が会った目的と結果は想像の外の出来事だった。

 惑星トトリで、ジャンはマリーから愛の告白を受けたらしい。そして、彼はそれを受け入れたそうだ。その報告を受け驚愕するヒロに向け、ジャンは「俺を抱けなくなって惜しかったな。いつでもよかったのに」と悪態をついた。続けて「でも、俺はお前の相棒だ。ずっとだ」と告げ、幼くも美しい顔で笑ってみせた。


「ああ、いいんだ」

『お前がいいならいいが、後悔するなよ。あと、今日はたぶん出てくるぜ』

「ああ、ありがとう。俺も出てくると思ってる。だから、ひとつ頼んでもいいか?」

『あん?』


 ヒロは今日の戦いで、大きな賭けをするつもりだった。まともに提案すれば却下されるような、無謀な賭けだ。場合によってはソルジャーズを解雇される可能性だってある。


「今日、俺が何をやらかしても、友達でいてくれ」

『……やだね。親友と相棒なら約束してやる』


 数秒思案した後、ジャンは片目を閉じて親指を立てた。ヒロにとってはそれで十分だった。


『間もなく開戦だ。お喋りもそこまでにしろ』

『あ、見つかってました?』


 監督のルーサスから、お叱りの通信が届く。ジャンは悪びれる様子もなく、舌を出した。


『おいヒロ、何を考えているか知らないが、作戦通りにやれよ。スポンサーとファンの期待に応えられなければ、パイロットに価値はない』

「……了解、感謝を」


 ヒロはルーサスの言葉を正確に理解した。そう、期待に応えさえすればいいのだ。


『さあ行ってこい、クソガキ共』

『ということは、俺はクソガキの保護者か。仕方ねぇ』


 ルーサスの軽口に、もう一人のチームメンバーであるサムが口を挟む。どうやらこの会話は全体に筒抜けだったらしい。


『戦闘開始十秒前』


 ついに、オペレーターより事務的な通信が届く。今度こそ、ヒロは正面に意識を集中させた。

 お披露目からこれまでの期間で、他チームによるグラビティ・ダイブへの対策は随分と進んでいた。重力の影響が少ない遠距離からの集中攻撃や、徹底的なソルジャーシックスの無視など。実際、それによる負け試合もあった。

 ましてや相手はあのヒーローズだ。油断などできるはずはない。


『五、四、三、二、一、発進を』


 オペレーターからの合図に合わせて、ヒロは右のペダルを踏み込んだ。軽いGと共に、身体が浮き上がる感覚。

 ヒロの乗るソルジャーシックスには、サムのソルジャーフォーやジャンのソルジャーファイブとは形状の異なるフライトユニットが装着されている。グラビティ・ダイブと空中機動用ユニットを組み合わせた、今回のための新装備だ。

 これにより、これまでの戦術とグラビティ・ダイブを使った戦術を即座に切り替えることができる。戦法を読まれ対策されることを防ぐには、有効な手段だ。


『散開して索敵。遠距離攻撃に気をつけろよ』

『りょーかーい』

「了解」


 今回もリーダーを務めるソルジャーフォーからの通信に、ファイブとシックスは返答をする。


 ジャンはアタッカーズとの二戦目以来、何かを掴んだのか大きく戦果を伸ばしていた。センサーに反応した瞬間には回避行動を済ませていたり、敵機の移動先を予想しての攻撃をしたり、どこか流麗の女神に似た戦い方だった。

 ベテランであるサムと、頭角を現してきたジャンであれば、牽制の射撃など容易に回避してしまうだろう。グラビティ・ダイブ以外は能力が低いことを自覚するヒロは、緊張感を高めた。こんなところで撃墜されてしまっては元も子もないのだ。


 眼下には高さ十メートルほどの樹木が並んでいる。アーマックが潜むには樹高と密度が足りない。すぐにでも各種センサーが敵機を捉えるだろう。


『右前方に三機。位置情報を送る』


 ソルジャーファイブからの通信の後、コクピット内の立体地図に赤い点が三個表示された。遠距離スキャンによる形状解析では、近接戦闘用、爆撃用、狙撃用の機体判定された。つまり、予想通り彼女が戦場に出ているということだ。おそらくは、ソルジャーズの新兵器であるグラビティ・ダイブを叩き潰すために。


『こりゃ、女神さんで確定だな』

『各機、狙撃と爆撃に警戒しつつ、有効射程まで接近』

『あいよ』

 

 この布陣の場合、相手の戦法はほぼ二択だ。僚機の牽制の後、女神が切り込むパターン。もうひとつは、女神が相手の態勢を崩した後、僚機の射撃で仕留めるパターンだ。三機が固まって姿を見せたということは、今回は前者だと推測できる。開幕戦でソルジャーズが惨敗した戦術である。

 ヒロにとっては、またとないチャンスだった。


「みんな、すまない」

『は?』

『あん?』


 意図不明の通信に対し、困惑が返ってくる。

 ヒロは意を決して、機体を空中から下降させる。同時に、自機の外部スピーカーを最大出力で起動し、通信回線を緊急用の共有設定に切り替える。


『ソルジャーシックス、何してる!』

『おい、ヒロ!』

 

 僚機からの通信を敢えて無視をして、ヒロはコクピットの中でヘルメットのバイザーを開く。そして、シートとパイロットスーツのロックを外し、コクピットハッチを開放した。

 機体を自動操縦にて着地させた状態で、ヒロはハッチから顔を出した。落下防止のため、シートから腰まで延びるワイヤーロックは解除せずそのままにしてある。

 この行動を隙とみて射撃を受ければ、あっさりと撃墜されるだろう。

 数秒待っても、敵機が攻撃する様子はない。どうやら、ヒロは第一の賭けに勝ったらしい。


「こちらは、ヒロ・ミグチ」


 第二の賭けは、ここで彼女が話を聞いてくれるかどうかだ。数カ月も放置しておいて、虫の良すぎる話であることは自覚している。しかし、ヒロにはこの方法しか思いつかなかった。


「流麗の女神、レディ・ダフネ。いや、リエ!」


 立体地図に映る三個の赤い点の内、ひとつの動きが止まった。第二の賭けも、ヒロの勝ちだ。


「俺と一対一で戦ってくれ。で、俺が勝ったら結婚してくれ!」


 ヒロはさらに身を乗り出し、最後の賭けを口にした。


『は?』

『ああ?』

『は?』

『え?』


 共有回線に設定していたため、本件に無関係の四機から同時に疑問符が届いた。しかし、肝心の相手からは反応がない。ヒロは最後の賭けに負けたことを悟りかけた。


『勝手なことを言って……』


 怒気を孕んだハスキーボイスが、ヒロの耳に入ってきた。何度も何度もヒーローインタビューで聞いた声だ。そして、動きを止めていた赤い点が、ヒロに向かって進みだした。

 

『ここしばらく連絡くれなかったくせに、そんなこと言うわけ? しかもこんな所で』

 

 ヒロの憧れた彼女はこんな砕けた口調で話さない。意表を突かれ唖然としていると、赤紫色の美しいアーマックが目前に着地した。


『あー、わかった。ヒロくんがそういう態度なら、私にも考えがある』


 無敗の機体は無様に地団太を踏んだ後、腹部の装甲を開いた。その中から、薄手のパイロットスーツに身を包んだ長身の女性が姿を現す。直接声が届くほどの距離で見るのは、ヒロにとって初めてのことだった。

 レディ・ダフネは首元に手を当てた後、ヘルメットを外した。長い髪が風になびく。その下には、やや幼く見える丸みを帯びた顔とぽってりとした唇。


「ああ、もういいやこれ」


 彼女の声が、別の意味で聞き覚えのあるものに変わっていた。正確に言えば、本来の声に戻っていた。そして、頭部に手を持っていき、髪を。肩に触る程度の長さに揃えられた黒髪は、まさにヒロの知る女性だった。


「さすがにパイロットスーツは脱がないよ。体型ごまかしてて悪かったわね」

「あ、いや、それはいいけど」

「それで、私からも、ひとつ、言わせてもらうよ」


 眉を吊り上げたままのリエは、一度胸の前で指を組んだ後、ヒロを指差す。


「ヒロくんの言いたいことはわかった。じゃぁ、私が勝ったら嫁さんにして!」


 リエは指を拳銃の形にして、ヒロを撃つ仕草をした。満面の笑みだった。

 

 この場にいる者だけでなく、リアルタイムでバトルリーグ中継を見ている全宇宙の人間が「は?」と口にした。

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