第29話:デートと終着点
ラトキア・アタッカーズとの連戦の後、ヒロはリエから受けたデートの誘いを正式に承諾した。
待ち合わせの場として指定されたのは、惑星トトリの主要都市であるコマイ市だった。数少ない非砂漠地帯に作られた市街地は、トトリでは珍しく気候調整フィールドに囲まれていない。
残されたその惑星本来の自然を破壊し、街を作ることができてしまうから、人類は宇宙でも生きていられるのだと思う。良いこととも悪いこととも、ヒロには判断できなかった。
リエからのメッセージでは、個人的な祝勝会も兼ねるため、全て任せてほしいとの事だった。
「ヒロくーん、こっちだよー」
「リエ」
ソルジャーズの輸送船が接舷している軌道ステーションから反重力バスで地上に降りた、発着場近くのロータリー。そこでリエが手を振っていた。ほんのりと赤みのかかった白いワンピースは、可愛らしかった。ヒロは自分が彼女に恋をしていることを、内心で認めざるを得なかった。
「遠いところありがとうね」
「大丈夫、気にしないで」
「さ、乗って!」
リエは送迎車と思しき、やたらと全長が長い黒塗りの車両を指差した。
「え、あれ?」
「そう、あれ」
移動中、リエは上機嫌ではあったが無言だった。ヒロもそれにならい、美しく可愛らしい横顔とコマイ市の景色を眺めた。
ほぼ揺れのない車両で十数分、到着したのはコマイ市外縁近くにある高層ホテルだ。ここにきてようやく、ヒロはリエの意図を推測することができた。
「ここって、もしかして」
「うん、私が泊まっているホテルだよ」
「ってことは」
「そう、どうしても二人でお話したくて」
リエが眩しい笑顔をヒロへと向ける。想像していなかった事態に、ヒロは少々混乱している。
「あ、嫌、だった?」
「ああ、違う違う。驚いただけ」
「そっか、よかった。行きましょ」
ほっと息を吐き出したリエは、ヒロの手を取りホテルの自動ドアをくぐった。今までよりも近い距離感に、ヒロは戸惑うと同時に彼女の覚悟や決意めいたものを感じた。
「服、間違えたな……」
「ううん、大丈夫だよ」
チームから支給された簡単な服の裾を摘み、ヒロは首を捻る。ホテルのロビーは、これまで服装に頓着のなかったヒロでさえ、ドレスコードを意識するほどに豪奢だった。
若干の息苦しさを感じつつ、ロビーの端にあるエレベーターへ足を踏み入れる。現在主流である反重力式ではなく、クラシックな吊り下げ式を選ぶあたりも、並々ならぬこだわりが垣間見えた。
「ええと……」
リエはエレベーターの操作パネルに手のひらをかざす。何かのセキュリティだろうか。リエのような立場の人間が泊まる場所なのだから、そういうものは必要だとは思う。
「何階まで?」
「いちばん上だよ」
「まじか」
「まじよ」
ホテルの最上階はリエの滞在する部屋のみで構成されているらしい。当然、エレベーターの出口から続く廊下には、他の宿泊客の姿は見えなかった。
「はい、とうちゃーく」
「おお……」
個人が暮らす部屋とは思えない広さと、特に意味を感じないが細やかな装飾。これまでの日常では見ることがなかった光景に、ヒロは息を飲むことさえできずにいた。
「どうぞ、入って」
心身ともに硬直したヒロへと、リエが声をかける。室内履きに履き替えて一歩進むと、厚みのある絨毯の感触が心地よかった。
「今日はね、マリーもお出かけしてるので、気楽にしてね」
「マリーさんもって、ああ、そういうこと」
「ええ、そういうこと」
ヒロは今朝の相棒を思い出す。朝食をとりながらも、どこかそわそわと落ち着きのない様子だった。
そういうことならば、リエの含み笑いも理解ができるというものだ。
「どうぞ、座って」
かなり大きめのソファーへ座るよう促しつつ、リエは部屋の奥へと向かった。ソファーは異様に柔らかいが、しっかりと身体を支えてくれる。自動で体型に合わせた形状へと変化する高級品だ。
手前にあるテーブルには茶菓子の様なものが用意されていた。埃避け用の簡易電磁フィールドで覆われている。人体には影響がない仕様のものだろう。これも、それなり以上に高価なものだ。
「お待たせ」
浮遊式のカートを押しながら、リエが姿を見せる。爽やかな良い香りがあたりに漂ってきた。
「はい、私の好きなハーブティー。マリーにいれ方教わったんだよ。ヒロくんの口に合うといいんだけど」
リエがテーブルの上に置いたカップには、先ほどの香りの正体が注がれていた。黄金色の液体からゆらゆらと湯気が立つ。
「ありがとう。ええと」
「気にしないで、二人きりだし」
「ああ、ありがとう」
こういった上品なものとは無縁の生活をしていたヒロには、あまりマナーなどはわからない。ヒロはリエの言葉に甘え、そっとカップを持ち上げ、口につけた。
やや甘みを感じる優しい風味。慣れない味ではあったが、緊張していた心がほぐれていくような気がした。
「どう?」
「うん、落ち着く味」
「よかった」
隣に座ったリエが、安心したように目を細めた。
「お菓子もどうぞ。これはマリーが準備したけど」
軽く舌を出すリエにつられて、ヒロも口元を緩める。二人で過ごすにはあまりにも広すぎる空間に、穏やかな空気が流れた。
「さて、本題ひとつめ」
「ん?」
一口大のケーキを口に含んだ、ヒロは軽く手を叩いたリエの方を見た。彼女の目は、どこからどう見てもきらきらと輝いていた。
「連勝、おめでとうございます! わーい」
リエにしては大きな声をあげ、小さな手で拍手をする。可愛らしい音が、室内に響いた。
「おお、ありがとう」
「あのね、言えそうなことだけ言ってくれればいいので」
「ん?」
ケーキを飲み込んだヒロに向かい、リエが軽く顔を突き出す。非常に美味いはずのケーキだが、あまり味を感じなかった。
「あれ、映像を見たときからね、重力を操るものだってわかってたの。そしたら、二戦目のあとで【グラビティ・ダイブ】って名前が発表されて、やっぱりって思ったんだよ」
「ああ、うん、重力。具体的には言えないけど」
「だよね、さすがに秘密だもんね。私、いろいろ予想しちゃったから、聞いてもらえないかな」
「いいけど」
「うん、大丈夫。なので、言えそうなことだけ返事してね。私が勝手に好きなパイロットの話をするだけ」
「そういうことか」
リエがデート場所として自身の宿泊するホテルを選んだ理由がわかった。機密に近いことを話すのなら、周囲の耳がないところがいい。違った意味を想像していたヒロは、少し落胆してしまう。
「あ、違うよ。それはどちらかというと、ついでの理由」
「ついで?」
「そうそう、本当は、もう、言わせないで」
目を逸らすリエを、ヒロも正視できなかった。
「あれ、グラビティ・ダイブ。脳波コントロールだよね。たぶんあれだけ脳波で、他は今まで通りマニュアル」
視線を横に向けたまま、リエが口を開く。あまりにも的確な予想に、ヒロは口をつぐんだ。抱えていた疑惑が、確信に変わった気がした。
黙ったまま、ハーブティーを喉に流し込む。
「きっとね、すごい頑張ったんじゃないかなって思うんだ」
ヒロの横顔を盗み見ながら、リエは言葉を続ける。
「最初は、脳波コントロールとかヒロくんっぽくなくて嫌だと思ったんだよ。でもね、後からそれほど真剣なんだって気付いて」
「真剣?」
「そうだよ。どんな手段を使っても、勝つ意志があるんだろうなって思えた」
「そうか」
「そしたら、ますます好きになっちゃった」
最後の台詞は妙に早口だった。リエが好きというのは、アーマックパイロットのヒロ・ミグチなのか、今隣に座る友人のことなのか、それはヒロにはわからない。しかし、彼女の好意は本当なのだとは理解できる。
「嬉しいよ」
「いやいや、そんな」
嬉しそうに身体をよじらせるリエを抱きしめたくなる衝動をこらえ、ヒロは背筋を伸ばした。姿勢の変化を認識したソファーが、ヒロの背中を支えるように形状を変える。
「今日は本当にありがとう。楽しい」
「ううん、こちらこそだよ。私のわがままに付き合ってくれて嬉しい」
お互いに頭を下げ合う。ヒロが次に口を開いた時には、この優しい雰囲気が壊れてしまうかもしれない。それでも、このまま終わらせることは彼女に対し非礼にあたる。
「本題ふたつめは、俺から」
「え?」
虚を突かれたというように、リエの目が丸くなる。直後、何かを覚悟したようにその瞳が細まった。
「予感や疑惑で終わればよかったけど、さっきの話でそうも言っていられなくなった」
「うん……」
きっとリエはヒロに気付いてほしかったのではないか。自分勝手とはわかりつつも、ヒロはそう解釈する。そして、もしヒロがここでなにも言わなかったら、彼女からそれを告げていたのかもしれない。
「俺は十年前に初めて見たときから、ずっと魅了されていたんだ。あの人を正面から向き合って、殺し合いたいって思って。実際、最初はそれが目標で、俺の終着点だった」
「最初は?」
「そう、今は通過点になってる」
「何の通過点か、聞いてもいい?」
リエの問いかけに、ヒロは首を縦に振った。前置きは終わり、真に伝えたいことはここからだ。立ち上がり、リエの方へと向き直る。ヒロに合わせて、リエもソファーから腰を上げた。
少しだけ低い目線をまっすぐに見つめ、できるだけ簡潔な言葉を選ぶ。
「レディ・ダフネ。貴方を殺して、君を手に入れたい。それが今の目標」
口に手を当てうつむいたリエは、黙ったままで頷いた。
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