第28話:帰艦と約束
外部からの操作で、ヒロが乗るソルジャーシックスの腹部ハッチが解放される。ここはヴァンクス・ソルジャーズが所有する大型宇宙船の格納庫だ。
アーマック回収用の宇宙艇に牽引された後、ダメージチェックと洗浄に約二時間。ヒロはようやく狭いコクピットから開放された。激戦による損傷で、自力での帰還が不可能になった結果だ。
「おう、ヒロ、お疲れ」
担当整備員のルイ・ミカルが手を差し伸べる。ヒロより四歳年上の青年は、そばかす顔に優しい笑みを浮かべていた。格納庫内は呼吸可能な空気で与圧されており、宇宙服は必要ない。
「ありがとう」
ヒロはシートとパイロットスーツのロックを外し、ルイの手を握った。人工重力の発生前のため、簡単にコクピットから引っ張り出される。
格納庫内を漂いながら身体を捩り、ヒロはソルジャーシックスを正面に捉えた。外から見る愛機は自分が思っていたよりも傷だらけで、まさに満身創痍だった。
「ちゃんと直すから、気にすんな」
「ああ」
親指を立ててみせるルイに感謝し、ヒロはヘルメットを脱いだ。機械と人の臭いが混ざってはいるが、ヘルメットの中と比べたら新鮮な空気だ。
「さっさとミーティングルームに行きな。みんな待ってるぜ。ほら、ヘルメットよこせ」
「ああ、よろしく」
「任せろ!」
ルイに向かってヘルメットを軽く投げ、ヒロは手すりに掴まった。そのまま身体を泳がせて、船内通路へと続く自動ドアに向かう。その向こうは常時人工重力のあるエリアだ。上下の向きを合わせる必要がある。
『ソルジャーフォー、入ります』
ヒロが通路の床に足をつけた時、警告灯と共に館内放送が流れた。ヒロと同じく牽引されていたジャンの機体も、無事帰還できたようだ。
「よし」
ヒロは踵を返し、再び格納庫エリアに身を投げた。
片腕と片脚のないアーマックの隣に、首から上が消え失せたアーマックが固定される。
お互いに攻撃を受ける場所が少しでも違っていたら死んでいただろう。改めて紙一重の勝利を感じ、ヒロは身震いした。
ジャン機が完全に固定され、警告灯が止まる。ソルジャーファイブの担当整備員がハッチを開き「ジャン、お疲れー」と猫なで声をあげた。
「おう、ありがとうよー」
手を差し出す整備員の横をするりと抜けて、小柄な少女が格納庫に身体を泳がせる。ヘルメットを外し軽く首を振ると、軽くまとめた金髪がささやかになびいた。
「お、ヒロ!」
にやりと笑みを浮かべた美少女は、身体をヒロに向けて手すりを蹴った。
「ちょ、おい……ごふっ」
反動で真っ直ぐこちらに向かってくるジャンを、ヒロはなんとか受け止めた。いくらパイロットスーツを着ているとはいえ、鳩尾に頭突きを受けてはうめき声のひとつも出てしまう。
「大丈夫か?」
「あんまり」
「そうか!」
ヒロの腹から頭を離したジャンは、妙に嬉しそうだった。彼個人としては初めての勝利だ。浮かれてもおかしくない。
「勝てて良かったな」
「おうよ! 見たか? 俺の戦い」
「いや、見てない。自分に必死だったよ」
「そりゃそうだな。後で録画見ろよ」
「そうするよ」
手すりに掴まり、人工重力の通路まで向かう。ジャンはヒロの足首に腕を絡めていた。
「そういやさ、戦いの後で生きたまま話すの、プロになってから初めてだな。この前はヒロが気絶してたしな」
「そうだな、確かに」
「あれだな、お互い成長したな」
「だといいな」
ヒロの抑えた感想にジャンは「もっと喜んでもいいんたぜ」と返す。通路に続くドアが近付いたところで、ヒロの足から少女の感触が消えた。
ヒロの足を引っ張り自身を加速させたジャンは、先に自動ドアの前に立つ。まとめられていた金髪がほどけ、無重力に舞った。
格納庫からミーティングルームまで続く通路の人工重力は、標準の約八割に設定されている。それでも無重力に慣れた状態では、自分の体が少々重たく感じられた。
「なぁ、ヒロ」
「あん?」
「言う暇なかったから今になったけどさ、お前すげぇよ」
「そうか、ありがとな」
ヒロの眼前でぼさぼさの金髪頭が揺れる。彼がヒロを褒めるのは珍しいことではない。いつもは『そんなことないよ』と返すのだが、今回ばかりは素直に受け取ることにした。反省や改善点は多々あれども、今回は自分にとっても大戦果だと思っている。
「ジャンもな」
「おう、当然だ」
ヒロの賞賛に、ジャンが腕を真っ直ぐ上にあげた。目線より少し上に、パイロットスーツに包まれた小さな握り拳が見える。
「と、言いつつな、少しほっとしてるんだよ」
「ほっと?」
「ああ、ヒロに置いていかれなくてよかったって」
「んん?」
言葉の意図がいまいち飲み込めず、ヒロは首を傾げる。それをまるで見透かしたように、前を歩くジャンが足を止めた。
「グラビティ・ダイブの訓練から脱落した時さ、思ったんだよ。俺は必要ないんじゃないかって」
背を向けたまま、ジャンが独白する。すぐさま否定したかったが、ヒロは言葉を飲み込んだ。
「適合八十パーセントって鳴り物入りでチームに入ってさ、戦果が相討ちひとつだぜ? いくら新人と言えどもひでぇよ。んで、同期のお前はあんなとんでもねぇ装備を使って大勝利だ」
「ジャン……」
「あ、勘違いすんなよ。ヒロへの嫉妬なんかじゃないからな。むしろ逆だ」
我慢できなくなったのか、ジャンは振り返りヒロを指差した。整いすぎたその顔には、真剣そのものという表情が浮かべられていた。
「俺はあのままじゃ、ヒロの相棒とは名乗れない。だから、今回の作戦を提案したんだよ」
ソルジャーファイブが単騎で敵一機を抑える作戦は、ジャンの提案によるものだった。結果としてはソルジャーフォーからの援護を受けることになったが、一対一の状況を制したことには変わりがない。
「ま、ギリギリだったけど、勝ちは勝ちだ」
「そうだな」
ジャンは口を横に広げ、軽く歯を見せる。顔や体格は全く違うが、ヒロがよく知る親友の笑い方だ。見た目は変わっても、魂や精神といったものは変わらないのだと、実感させられる。
「あとな、気付いたんだよ」
「気付いた?」
「ああ。戦ってる途中な、自分がアーマックになったように感じてな。こう、モニターを見る前に敵の動きがわかったり、ブレードを振ろうと思ったらもう振ってたりな」
「脳波コントロールか?」
「そう、こいつが本当の脳波コントロールなのか、ってな」
適合率ゼロであるヒロは、ジャンが何を言っているか理屈では理解できても感覚までは理解できない。それがジャンの特性であり、才能であり、努力の成果なのだろう。
「グラビティ・ダイブは無理だが、今日の感覚をいつも持てたら、俺はもうちょい強くなれる。俺は俺なんだから、ヒロとは違ってこっち方面でもいいんじゃねぇか、と思ったわけよ」
「そうか。途中から俺も同じこと考えてた」
「だろ? そしたら、胸を張って相棒を名乗れるぜ。ほら、ムチムチ美少女だし」
ジャンは敢えて軽い調子で、パイロットスーツの胸部分を持ち上げてみせる。半笑いでの流し目のおまけつきだ。
「ムチムチ美少女は関係ないだろ。それに、もう、だいぶ前から相棒で親友だよ」
「うわぁ、素で返すなよ恥ずかしい」
しなを作ったポーズはそのままに、ジャンは半眼でヒロを見上げた。あまりの間抜けさに、ヒロは小さく吹き出してしまった。
「笑うなよー。誰も見てないけど」
「悪い悪い、ジャンはジャンだなって思って」
「そういうことだ、相棒」
ジャンはヒロの肩を強めに叩くと、再び前を向いて歩き出した。形の良い後頭部を見下ろしつつ、ヒロも後に続く。これからも、この相棒となら戦っていける気がした。
「そうそう、お前、リエちゃんからのお誘い、断るなよ」
「え? なんで知ってるんだ?」
「勘だよ勘。あの子が誘わないわけがないだろ。そんで、祝ってもらって、褒めてもらえよ。あの子ならお前の凄さ、わかるはずだからな」
「ああ、そうだな……」
自分でも気味が悪いくらいに歯切れの悪い返答だ。惑星上での試合前、彼女のからの気持ちを遠回しに避けてしまった。それから、疲労から眠っていたのも宇宙戦の準備もあり、あまりやりとりができていない。
大変気にはなれども、自分から連絡するのはどうにも躊躇いが先行してしまう。
「女神さんとは切り分けろよ。あちらさんはあちらさん、こちらさんはこちらさんだ」
「だよな」
ジャンの言うことはもっともだ。目標の相手と友人以上の関係を予感させる相手、同列で考えること自体がおかしいのだ。そして、なぜ同列に考えてしまうのか、ヒロは感覚的に理解していた。
「それに、お前もなんとなくわかってるだろ? あの子の秘密」
「……そうだな」
「それが本当かもわからんし、それをあの子に話すべきかもわからんけどな。お前が決めることだ」
言葉にならない、言葉にしてはいけないことを、ジャンは察してくれていたようだ。ヒロも多少の覚悟はできている。
「わかったよ。リエには後で連絡入れる」
「おう、そうしてくれ。そうじゃなきゃ、俺が困る」
「ジャンが?」
「まぁ、相棒には幸せになってほしいってことだよ。細かくは気にすんな」
ちょうど会話が途切れたタイミングで、ミーティングルームの入口が見える。おそらくチームの主要メンバーたちが二人を待っているだろう。
「ヒロとジャン、入りまーす」
わざと間の抜けた調子で声をかけながら、ジャンが自動ドアの開閉スイッチに触れた。
ヒロとジャンは仲間たちの激しい歓待を受ける。その後Bチームの三人は、ヒーローインタビューの場に連行された。
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