第27話:洗礼と幻影

 ヒロ・ミグチとジャン・クリストが出会ったのは、現在から約七年前。

 

 アーマックパイロット訓練校に入学した者たちは、半月ほどの座学とシミュレータ演習を受講する。その後、訓練用アーマックによる実技が開始される。

 通称『洗礼』と呼ばれる初日の実技は、実弾を使用した一対一の戦闘だ。若い訓練生はこの時に、初めての殺人か自身の死か、どちらかを経験する。場合によっては両方ということもある。

 例年、約半数の訓練生がここで進路変更を申し出る。不自然な人の生死に関与することは、これまで育てられてきた倫理観とは正反対の行為だ。

 人殺しが仕事であるパイロットとなるには、これを切り替えることが求められる。【システム】による適性検査では判別できない、人の精神的な適性を確認するための『洗礼』だった。


 ヒロとジャンはお互い最初の相手だった。

 適性ゼロでありながらパイロットを志望したヒロ。適性が非常に高かったため推薦されたジャン。正反対である二人の戦いは、大方の予想を裏切り、ヒロの辛勝に終わった。

 初めて死んだジャンは、高い脳波コントロール適合率に驕っていた事に気が付いた。コクピットを掠めた攻撃により左目に傷を負ったヒロは、努力と工夫で補いきれないものがあることを悟った。


 それ以来、二人は機会があるごとに殺し合った。基本的にはジャンがヒロへ一方的に絡む形ではあったが、互いに不快ではなかった。

 次第に訓練以外でも親睦を深めるようになり、今も続く関係の基礎が出来上がっていく。適性という意味では対極にいる相手同士で、不思議と馬があったのだ。


 そして今、二人はヴァンクス・ソルジャーズにスカウトされ、共に戦っている。ヒロとしては、卒業後まで一緒にいるとは思ってもいなかった。戦闘でもチーム内の人間関係でも、非常に頼りになる男だ。

 それぞれに友情と信頼、そして尊敬と嫉妬を抱え、偶然にも同じチームで命を懸けていた。


『おっらあああああ!』


 通信回線を開いたままのため、ソルジャーファイブの叫び声がヒロの耳へと届く。可愛らしい声で、粗野な雄叫びだ。作戦通りであるならば、今頃は特注の長刀身レーザーブレードで敵機へと斬りかかっているだろう。それは、彼が自ら申し出たことだ。


 ヒロは相棒の健闘を祈り、モニターへと意識を集中し直した。実際のところ、自分のことだけで手一杯なのだ。

 徐々に間隔が狭まってきた敵の体当たりと、浮遊する岩石を避け、機雷原へと誘導する。グラビティ・ダイブへの細かい指示と両手両足の操作は、息をつく暇もない。

 敵機は素直にソルジャーシックスを追い回してくてれいる。恐らく今の所は機雷の存在を認識していない。ただし、そろそろ接触する頃合いだ。特殊装甲により損傷こそしないものの、罠の存在には気付くだろう。


「そろそろ……よし!」


 左側を掠めた敵機の正面に爆発が起こる。 アーマックの腕くらいならば軽く吹き飛ばす程の破壊力だ。しかし、それは超振動により瞬間的にかき消される。続いて接触した機雷は、本来の役目を果たすことなく粉々になっていた。


 機雷を認識した敵機は、こちらの狙い通り速度を上げた。装甲に守られている前面に当たれば無傷だが、運悪く側面や後部に爆発が起これば損傷は免れない。事故のような事態を避けるため、機雷の近くを高速で通過することを強いたのだ。

 機体を速く移動させるということは、機動が単純になり、狙いが甘くなるということだ。ヒロにとっては、相手の行動予測が少しだけ楽になる。ただ、本来の目的は別のところにあった。

 ヒロは後方を表示するサブモニターへと視線を移す。


「そして!」


 グラビティ・ダイブの対象を、斜め下後方から迫る二機目の黒紫に変更。進行方向に対して正反対へ最大値、慣性は解除しない。

 機雷を警戒していた敵機はあっさりと重力に捕まり、前方へつんのめるように動きを止めた。急な減速に、アタッカーズのアーマックは機体を震わせる。擬似音響装置から、フレームの軋む音が悲鳴のように響いた。

 アーマックが歪むほどの衝撃だ。中のパイロットが無事で済むはずがない。敢えて慣性を残したまま重力で引いたのは、そのためだ。


「まず一機」


 念の為、背後からコクピットを撃ち抜こうとビームガンを構える。その一瞬の油断をが仇となった。

 コクピット内に警告音。立体レーダーは直上からの敵機接近を示している。ヒロは急ぎグラビティ・ダイブの対象を自機へと戻し、後方に重力を発生させた。ソルジャーシックスが落下を始めるが、アタッカーズの機体は速かった。


「ぐあっ!」


 激しい衝撃と共に、ビームガンごと右腕が消失した。ソルジャーシックスは体勢を崩し、宇宙空間を回転する。補助推進装置が自動的に姿勢制御を始めた。


「ちいっ!」


 コクピットのある胴体が無事なのは、不幸中の幸いだった。しかし、ダメージは大きい。歴戦の敵は、この機を見逃すはずがない。機雷の爆発と岩石を粉砕する光を引きながら、再度こちらに狙いを定めている。

 ヒロはレーダーとモニターを交互に見て、次の行動を思案した。回避か、迎撃か、どちらにすべきか。


「ぐぅっ!」


 曖昧な思考にグラビティ・ダイブは反応しない。ヒロが使うために、そう設定されている。右脚部を削られながら、ヒロは自分の悪い癖が出ていることを理解した。

 リエから受けた指摘を忘れたわけではない。それでも繰り返してしまう自分に歯噛みする。


「違う!」


 悩んでいる暇も、落ち込んでいる余裕もあるわけがない。今考えるべきことは、勝利のための手段だけだ。

 叫びながら、残された左手で浮遊機雷を掴む。ヒロは腹に力を入れ、前方に重力を発生させた。


『ソルジャーシックス! 生きてるか?』


 ソルジャーフォーからの通信と共に、敵機へと火戦が伸びる。ソルジャーファイブの援護から、こちらへと切り替えたようだ。

 側方からの粒子ビームと榴弾を避けるため、黒紫の機体は直進からジグザグへと軌道を変更する。ヒロに少しだけ周りを見る時間が与えられた。


『おっしゃああああ!』


 ヒロの左側の宙域では、近接戦闘形態となった敵機の脇腹に長刀身のレーザーブレードか突き立てられていた。その背後には、頭部を失った赤白の機体。ソルジャーファイブだ。


『頭なんぞ、飾りじゃーい!』


 絶叫と同時に、光の刃が振り抜かれる。アタッカーズの機体は真っ二つとなり、宇宙に漂った。

 ソルジャーファイブの機体も、糸が切れた人形のように動きを止める。ヒロの耳には、ジャンの微かな息遣いが聞こえていた。


「すげぇよ……」


 通信機が拾わない程度の声で呟き、ヒロは岩塊を避けながら前方へと加速した。

 ソルジャーフォーの的確な射撃により、敵機はソルジャーシックスの後ろに回り込むような動きを制限されている。前方のみに意識を集中できるのは、非常にありがたい。


「正面!」


 ヒロは手にした機雷を向かって斜め上に投げる。自機と敵機、そして機雷がほぼ等間隔になったタイミングで重力を発生させた。場所は三点の中間、加速度と加速時間は最大、慣性は解除。効果範囲は、約五キロメートル。

 

 グラビティ・ダイブが発生させる重力は、その対象を指定することができる。正確に表現するならば、対象範囲となるだろう。アーマックならば、その人型を囲むような空間を対象にする。


「うおおっ!」


 突如発生した重力に引かれ、周囲のものが動き出す。赤白のアーマックと、黒紫のアーマック、機雷、そして浮遊する岩石群。

 敵機の特殊装甲と、ソルジャーシックスの前面装甲が接触する直前。その後方で、機雷が爆発した。


「今!」


 ヒロは広範囲の重力を慣性を残したまま解除し、対象を自機に再設定する。事前に確認しておいた岩石の隙間に重力を発生させ、自らを落下させた。


 機雷により推進装置を破壊され、身動きの取れなくなった敵機へと、次々に岩石が衝突していく。特殊装甲のある前面は発光現象と共に守られているが、側面や後方は防げない。黒紫のアーマックは、殺到する岩石に押し潰されていった。


「はぁっ……」


 極度の緊張から解放されたヒロは、ヘルメットの内側で荒い呼吸を繰り返した。視界の端で、ヒロが撃ち漏らした一機に、ソルジャーフォーの放った粒子ビームが突き刺さっていた。


「勝った……ぞ」 

 

 痺れる思考の中、ヒロは二人の想い人を頭に浮かべる。コクピットの中で手を伸ばすと、ふたつの幻影が重なったような気がした。不思議と違和感を覚えなかった。

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