第26話:隕石と神業
はるか遠くには煌めく恒星。そして目下には半分以上が薄黄色の惑星が見える。
今回の戦場は惑星トトリ周辺の宙域。隕石が多く宇宙ステーションが建造できないため、惑星近くであっても戦場として使用できる場所だ。
ヒロが乗るソルジャーシックスの背部には、通常の空間機動用ユニットではなく、グラビティ・ダイブが装着されている。地上戦に続き、宇宙戦での新兵器お披露目である。
「いくぞ」
ヒロは向かって斜め右前方に重力を発生させる。敢えて慣性を働かせ、岩石に身を隠すように機体を落下させた。
惑星上と違い宇宙空間は基本的に無重力であり、空気抵抗もない。一旦動いてしまえば、止めない限り慣性のまま移動し続ける。そのため、進路や速度の変更がなければグラビティ・ダイブを常時稼動は不要だ。
ヒロの負担が比較的少なく、機体が軽量化できる利点を取り、従来の機動ユニットではなく補助推進装置を装備して出撃していた。
「気を付けろよ、俺」
ヒロは操作感覚を間違えてしまわないように、自身を戒める言葉を呟く。
無重力空間と惑星の重力下では、グラビティ・ダイブの使用感が大きく異なる。最も大きな相違点は、宇宙空間では慣性の打ち消しが可能というところだ。
「ちぃっ……」
ある程度進むと、目前に進路を塞ぐように浮遊する岩塊の姿。ヒロは激突してしまわないよう、慎重に数値を頭に浮かべた。
実質的な障害物は、アーマック全長の三分の二程度。戦闘速度で激突すれば、無事では済まないだろう。
しかし、そんなことは無関係に、高速で直進できる連中がいる。対戦相手であるラトキア・アタッカーズのアーマックだ。
「あれは、ズルだろ……」
『ま、位置がわかるだけましだな。しかし、映像で見るより小さく光るのな』
敵機の特徴である超振動装甲は、宇宙に浮遊する岩から鉱物を採掘する機器がベースになっている。その採掘手順は単純であるが、技術的には非常に高度なものだ。
まず、採掘対象に含まれる物質ごとの固有振動数を分析し、目的の元素以外を分子レベルで粉砕できる振動数を割り出す。そして、任意で振動数を変更できる工具にて、必要な元素以外を排除する。その際に、宇宙空間でのみ観測できる程度の発光現象が起きることがあった。必要なものだけが手元に残るところから『選別の光』などと呼ばれている。
不要なものは宇宙の塵となるため、精製の工程が大幅に削減される。まさに画期的といえる採掘方法である。当然ながら、機械を振動させる方法や振動数の詳細は企業秘密だ。
アタッカーズの特殊装甲は、その仕組みを全て破壊に割り振っている。ラトキア掘削機工業が把握している物質であれば、装甲に触れた瞬間に僅かな光を放ち分解されてしまう。それは戦闘宙域に浮かぶ岩石も例外ではない。
厄介極まりない能力ではあるが『選別の光』のおかげで、ジャンの言う通り相手の位置だけは把握することができた。
まるで点滅しているように続く光は、徐々にヒロのアーマックを取り囲むような形に狭まってきている。それは、ソルジャーシックスへの警戒が高いことの証明だ。前回の、トトリ地表での惨敗から鑑みれば当然の結果である。ソルジャーズとしては想定内の状況だ。
『予定通り、ソルジャーシックス狙いだ。ソルジャーフォー、ファイブは機雷散布開始だ』
『りょーかーい』
僚機たちは両脚に装備したコンテナから、宇宙用の浮遊機雷を散布し始めた。ソルジャーフォーからの無線操作または、何かに接触した際に爆発する仕組みだ。誤爆を防ぐため、ソルジャーズの機体に対しては作動しないように設定されている。
通常は相手の進路上に配置し、罠として使用する武器だ。ただし、アタッカーズの特殊装甲に対しては全くの無力だ。それを前提にした上で、ヒロ機の周りを囲むように多数の機雷が配置された。
『ソルジャーフォー、ファイブは援護行動に移る』
『じゃ、頼りにしてるぜ。愛すべき相棒よ』
「了解、そちらも」
ソルジャーズ標準の機動ユニットを装備した二機は、空になったコンテナを切り離し散開した。去り際のソルジャーフォーから『こんな戦い方、今回限りだからな』という通信が届く。これがサムの本音だろう。
ヒロとしても、自身を囮としたような作戦は避けてもらいたいと思う。
「来るか」
黒紫の三機は、球を描くようにソルジャーシックスの周囲を回る。包囲し逃げ場を奪った上で連続体当たりでの各個撃破。それがアタッカーズの宇宙空間での主戦法だ。
あくまでも自分たちの戦い方を変えずに、難敵を潰す。ファンの望みを叶えようとする、まさにプロの姿がそこにあった。
「なら、俺は俺のファンのために」
一瞬だけ、リエから届いたメッセージを頭に浮かべる。何度も書き直したであろう祝福の言葉と、はっきりとしたデートの誘い。連戦の準備のためといって、明確な返答はできていない。
彼女の気持ちと向き合うためにも、この戦いは負けられない。ここで止まってしまう程度の男ならば、流麗の女神を殺すなど夢のまた夢だ。
ヒロは頭上に重力を発生させた。加速度と加速時間は、制御できる範囲での最大戦速だ。グラビティ・ダイブを駆使し、岩塊の間を縫うように移動する。
敵機は岩などなかったかのように、周回運動を続ける。微かな光が明滅を繰り返した。
『援護する!』
ソルジャーフォーからの通信と共に、二本の火戦が一機の敵へと向かった。広範囲に爆発する榴弾砲と高出力の粒子ビーム砲からの攻撃だ。
狙われた敵機は速度を落とし、射撃に対して正面に装甲を向けた。隕石に激突する危険性が発生したため、減速せざるを得なかった様子だ。
「来た!」
残された二機が、ヒロ機に向けて直線的な軌道をとり始めた。包囲から攻撃態勢に移行したと判断できる。馬鹿正直とも猪突猛進ともいえる程の突撃だ。動きは速いが回避は難しくない。
ヒロは頭の中でグラビティ・ダイブに指示を出しながら、左ペダルを軽く踏んだ。ソルジャーシックスは右上側に落ちると同時に、左の膝を深く曲げる。
「っし!」
膝を曲げる前のつま先があった位置を、黒紫の機体が通過する。最小限の動作で回避できたことに、ヒロは小さく喝采をあげた。
重力による移動は、あくまでも機体を全体的に落とすだけだ。姿勢制御そのものは、従来通りのマニュアル操作を必要とする。
グラビティ・ダイブ時の姿勢制御プログラムは、レバーとペダルがそれぞれソルジャーシックスの四肢に連動している。パイロットであるヒロは両手両足を絶妙に動かしつつ、重力の位置や強さを思考することが求められる。
敵機から目を離さず、機体の動作にも意識を向ける。地獄の一ヶ月で得た成果だ。相棒は『お前、それ、つまり、神業だぞ。すごいぞ、それ』と評した。
少し時間を置いて、もう一機が向かってくる。アタッカーズの特徴でもある間を置かない連続突撃を敢行しないのは、重力発生による同士討ちを警戒しているからだろう。トトリ地表での戦闘から学習しているというわけだ。
「いいね、想定通り」
連続突撃の厄介なところは、避けた先を狙われることだ。特に宇宙では、初回の回避時に発生した慣性を殺すのが難しく、移動先が予想しやすい。相手の体勢が整う前に特殊装甲で衝突してしまえば、あっという間に宇宙の藻屑だ。
同士討ちへの対策で、彼らは自らの長所をひとつ捨てた。さらに宇宙空間でのグラビティ・ダイブは、慣性を打ち消すことができる。地上と宇宙での運用方法の違いを、対戦相手はまだ認識していない。
「だから、避けられる!」
発生させた重力により後方へ振り向きながら、牽制のため連射式の粒子ビームガンを放つ。ビームが特殊装甲で霧散するのを確認すると同時に、斜め下後方へと機体を落下させた。
頭上を二機目の黒紫が通り過ぎた。
「いけるな……」
相手が二機ならば、岩石に当たらないような軌道で回避行動ができる。しかし、もう一機合流されれば、どうなるかわからない。
ヒロは乾いた唇を舐め、左側に目をやる。先程ソルジャーフォーとファイブが機雷を散布した宙域だ。
「作戦通りにいく」
『了解』
『りょーかい! 俺もいくぜ!』
ヒロのソルジャーシックスがグラビティ・ダイブで二機を相手にする。そして、ジャンのソルジャーファイブがもう一機を撃破する。
それが今回の、ヴァンクス・ソルジャーズの作戦だった。
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