第4部「貴女を殺して、君を」

第25話:困惑と決断

「ううーむ」


 ロリエーナは戦闘中継の録画映像を注視したまま、ソファーの上で唸り声を上げた。観戦からホテルに戻った後、同じことを何度繰り返しただろうか。そもそも数えていないので、わからない。


「十五回目です。お嬢様」


 律儀に数えていたマリーがティーカップを差し出し、お気に入りのハーブティーを注ぐ。保温ポットを使えばいいものを、毎回手間をかけて入れてくれる。彼女なりのこだわりらしいが、それはそれで嬉しいものだ。

 カップに口をつけ、一息つく。澄んだ香りが煮詰まった思考を溶かしていくようだった。


「ありがと」

「観戦会場からずっとですが、何をお悩みで?」

「わかんない」

「はぁ、そうですか」


 マリーが問いかけたくなる理由は十分にわかる。これまでの自分ならば、狂ったように喜んでいても不思議ではない。熱烈に応援していたパイロットであり、もはや友達以上恋人未満と評してもいい相手が華々しい勝利を飾ったのだから。

 しかし、どうにも納得がいかない。それがなぜなのか、自分でもわからないのだ。


「私のヒロくんが勝ったのは嬉しいんだけどね、なんか違うのよ」

「まだお嬢様のではないとは思いますが」

「いや、そこではなくてね。うん、まだだけどね」

「わかっています。何が違うのでしょうね」

「それが、ずっとわからないのよ」


 ロリエーナは感情の言語化が得意ではない。なんとなく感じたことは大抵間違ってはいないのだが、時々自分の気持ちの正体が不明確なことがある。今回はまさに、それに該当していた。


「ヒロ様の勝利そのものは、喜ばしいのですね?」

「うん、それはそう」

「では、勝利の経緯、でしょうか?」

「ふむ……」


 ロリエーナは、顎に手を当て天井を見つめる。 

 こういう時は、マリーからの質問がありがたい。彼女の冷静な言葉で、感情とその受け止め方を整理することができる。あまり口には出さないが、毎回感謝している。


「ヒロくんが勝った経緯……」


 先ほどの戦いでは、ヴァンクス・ソルジャーズが新装備を導入した。恐らくお披露目という意図があったのだろう、その装備が搭載されたヒロ機を露骨に中心とした戦術だった。


 ちょうどテレビモニターに、ヒロの乗るアーマックが宙を舞う映像が表示される。対峙するアタッカーズのアーマックが振り回す拳を回避したところだ。いくら機動力に優れたソルジャーズの機体といえども、惑星の重力下では不可能と思われる動きだった。

 それを実現しているのが、ヒロ機の背中に取り付けられた、見慣れない装置であることは明白だ。ロリエーナの見立てでは、あれは任意の場所に重力を発生させる機械だ。重力に対して反対方向である上下以外にも、縦横無尽に飛び回るところから、通常の反重力装置とは大きく異なるものだと思われる。


「むぅ」


 ロリエーナは改めて唸り、モニターを見つめた。

 操り人形のように重力に引かれたヒロのアーマックが、アタッカーズ機の体当たりを連続で避ける。味方機の援護を受けつつ相手の同士討ちを誘い、最後は一斉射撃で完勝した。


「むむむむ」


 指を動かし、映像を少しだけ前に戻した。モニターとの脳波接続は面倒なので、ジェスチャー操作に設定している。

 再度、惑星の重力を無視した赤と白のアーマックが映る。黒紫の機体が放つ拳を複雑な軌道で避け、アクロバティックな姿勢のままレーザーブレードを振り抜いた。

 この時、ヒロの目前にはどんな光景が広がっていたのか、ロリエーナは想像してみる。逆さに映る青空と薄黄色の砂漠、それらを受け止めつつ、冷静に攻撃行動を取れるものだろうか。


「はっ!」


 ロリエーナはようやく、自分の違和感の正体に気が付いた。


「マリー! 見て!」

「はい、どうされましたか」

「座って!」

「はい、座りますよ」


 いつの間にかハーブティーを入れ直していたマリーが、ゆっくりと返事をした。使用人が隣に座ったことを確認したロリエーナは、モニターを指差す。


「ここ!」

「どこでしょう?」

「攻撃を避ける動きとね、ブレードを振る動きが違うの」

「はぁ……」


 マリーが曖昧な返答をした。アーマックに詳しくない彼女には理解しづらいほど、些細な違いなだとわかる。


「えっとね、ヒロくんの機体自体はすごく滑らかに動いてるんたけどね、円を描いてるような」

「ええ、ふわふわとされてますね」

「でも、ブレードを振る手だけは直線的なの」

「よくわかりませんが、そうなのですね」


 詳しく説明しても、マリーは首を傾げるばかりだ。しかし、ロリエーナは確信していた。


「これ、新装備ね、たぶん脳波コントロールしてる。そうとしか思えない複雑さだもの。でも、ブレードの攻撃はマニュアル操作用のプログラムに見える」

「ええと、でも、ヒロ様は……」

「そうなの、適合ゼロなはず」


 マリーの言葉を遮り、ロリエーナが決定的な言葉を口にする。脳波コントロールの適合率ゼロという触れ込みであったはずのヒロが、どう考えてもマニュアル操縦では不可能な動きをしている。違和感の正体はそこにあった。


「そっか、だから嫌だったんだ」


 ロリエーナの予想が真実であるならば、由々しき事態だ。ヒロ・ミグチというパイロットに興味を持った理由が、丸々否定されてしまうことになる。

 感覚的にそれらが繋がっていたから、彼の勝利を喜べなかった。それどころか、若干の拒否感すらあったというわけだ。


「困ったな……」


 ロリエーナは頭を抱える。肩に触れるくらいの黒髪が若干乱れてしまった。


「何にお困りで?」


 マリーが不思議そうに尋ねる。思考を助けるための質問ではなく、本当に疑問を感じているようだった。


「何って、ヒロくんが脳波コントロールしてたんだよ? 嘘をついてたってこと。私にも、皆にも」

「確かに、虚偽申告だとしたら問題があると思います。でも、それはヒロ様ではなくソルジャーズとしての問題かと。それに、適合率の変動はよくあることですし」

「うっ……」


 真っ向からの正論に、ロリエーナはたじろいだ。


「で、でも、マニュアルで戦うというのが、ヒロくんの魅力だし……」


 無理やりに反論をひねり出す。自分でも恥ずかしくなるほど思慮の浅い言葉だ。


「では、マニュアルでなければ、ヒロ様から魅力が消えるということですね」

「あー、ごめん、もうわかった」

「そうですか」


 ロリエーナは全力で降参した。そして、ようやく理解した思考が、言葉になって溢れ出してくる。


「ヒロくんが、私の知らないヒロくんになったみたいで、なんか嫌だったの。あんなのあるなら教えてくれてもいいじゃないって思った。ううん、わかってる。最高機密だろうし、私がヒーローズの関係者って伝えちゃったし、言えないのは当たり前だよね。うん? あれ? もしかして」


 先日の、ヒロとの会話を思い出す。そして、恋する乙女は全てを理解した。気がした。


「マリー、大変」

「大変なのは今に始まったことではありませんが」

「そういうのはいいの」

「はぁ」

「プレゼントなのよ!」

「プレゼントですか?」


 ロリエーナは立ち上がり拳を握った。


「これは、どんな手段を使っても私を殺して私の気持ちを受け止めるって決意表明だったってこと! それが私へのプレゼント! 最初は新装備での勝利がプレゼントなのかなって思ってたけど、勘違いしちゃってたよ。危ない危ない」

「盛り上がっているところすみませんが、とてもわかりづらいです。【私】が多すぎて」


 マリーがわかりやすく困惑している。いつも冷静な使用人のこんな顔は、なかなか見られるものではない。


「ああ、ごめんね。前提がわからないよね」

「はい、さっぱりです」


 ロリエーナは惑星トトリで交わした、ヒロとのやり取りをかいつまんで説明した。ヒロのプライバシーに関わる部分を避けるのは、なかなか難しかった。


「なるほど。つまり、レディ・ダフネを殺すまでリエ様はキープされたと、そういうことですね」

「言い方!」

「わかってはいましたが、ご自身が恋敵とは、なかなか面白……」


 最後まで言えず、マリーは口を押さえて肩を震わせた。ロリエーナは頬を膨らませたくなるが、それよりも大事なことを口にする。

 

「なので、やっぱり私がレディ・ダフネだって話すことにするよ」

「え、いいのですか?」

「うん、チャンスがあれば、だけどね。全力で殺そうとしてくれるのに、失礼かなって」

「そうですか」

「あ、もちろん戦いで手を抜いたりはしないよ。ヒロくんもレディ・ダフネも喜ばないからね」


 トトリの砂漠で概ね決意していた。ただ、父の意見に逆らうことになるため、若干の躊躇いを残したままではあった。

 最後のひと押しは、砂漠でのヒロの戦いと、それを見た自身の想いだった。 

 

「ヒロ様がお嬢様と同じ気持ちという保証はありませんよ?」

「うん、それもわかってる。でも、止められなさそう」

「それなら、お好きに」

「ありがと」


 ロリエーナはソファーに座り直し、ティーカップを持ち上げた。中身のハーブティーは、いつの間にか適温のものに差し替えられていた。


「早速、ヒロくんに連絡とらないと。勝利おめでとうもまだ伝えてないし」

「そうですね、早い方がいいですね。ジャンジャンに遅れをとってしまいますし」

「え? ジャンさん?」

「知らぬふりをしなくてもいいですよ。大丈夫、あの子は私がもらいますので」

「あー、うん」


 ロリエーナは急ぎヒロにメッセージを作り始めた。

 勝利の祝いとデートの誘いを兼ねた大変長い文章は、三度ほどマリーの添削を必要とした。

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