第19話:リスクとストーカー

 父ロバートと母アリナに状況を理解してもらうまで、三十分ほどの説明が必要だった。ロリエーナは自身の迂闊さと説明下手さを呪った。


「つまり、元々興味のあったヴァンクス・ソルジャーズのミグチ選手に命を救われた上に意気投合した、と?」

「うん、で、好きになってしまって」

「それで殺されたいという話か……」

「そう、そういう流れ」


 ロバートは慎重に言葉を選びつつ、とりとめのなかったロリエーナの説明をまとめる。さすが社長だと、改めて父親を尊敬した。


「途中まではわかった。偶然とはいえ、そういうこともあるとは思えるのだが、最後がわからない」

「あら、私はわかりますよ。ロリエーナちゃんの気持ち。すごくロマンチック」

「えっ、そうなのか?」


 ロバートが頭を抱える。どうやら父には女心が理解できないらしい。


「よくはないが、まぁいい。本題を聞こうか。好きな男ができたと、その報告のためだけに来たわけじゃないだろう?」


 自ら口にして、ようやく事態が認識できたのかもしれない。ロバートは「好きな男か……」と呟き再び頭を抱えた。


「この人は置いておいて、続き、話してみて」


 ロバートの肩に手を置いて、アリナが微笑んだ。自分を産むためだけに父と結婚したはずの女性は、とても幸せそうだった。


「今ね、ヒロくんには私が誰なのか言ってなくて。それでも何も聞かないでくれてて。でも、隠し事はしたくなくて」

「そう、それで相談に来てくれたのね?」


 ロリエーナは母の言葉に頷いた。


「そうね、隠し事してたら、好きって言いにくいものね。彼にはまだ伝えてないでしょ? あなたの気持ち」

「うん、お友達になってくれたけど、それ以上は」

「ロリエーナちゃんは、それ以上になりたいの?」

「うん」


 自身の発した返答で、顔が熱くなるのがわかった。両親の前で恥ずかしく、ロリエーナは思わず顔を伏せた。


「ですってよ、お父さん」

「ああ」


 ロリエーナと入れ替わるように、ロバートが顔を上げる。ちらりと覗くと、いつも見せる優しげな表情に戻っていた。


「具体的な対策を立てよう。質問するから言える範囲で答えてくれ」

「あ、うん」


 それから宣言どおり、ロバートはロリエーナに複数の質問をした。

 ヒロ・ミグチとはどういう人間で、どういうパイロットなのか。彼のどこに惹かれたのか、今後どうなりたいのか。そして、レディ・ダフネについてはどう考えているのか。


 その全てに、ロリエーナは自分なりに真摯に答えた。照れくさく言いづらいこともあったが、真剣な父に応じるべきだと、かなり努力した。


「わかった。ありがとう」

「うん」


 ロバートは顎に手を当て、しばし思案する。その間にアリナがお茶のおかわりを持ってきてくれた。


「まずは、ロリエーナが自分を偽る必要はない。レディ・ダフネについても、お前が成人してからならば、公開してもいいと思っていたよ」

「え、そうなの?」

「私や会社に気を遣わせていたのなら、申し訳なかったね。ありがとう」

「ううん、いいよ」

「もっとしっかり話すべきだったな。反省している」

「それは、私の方も」


 ここ数年はお互い忙しさにかまけ、上辺だけのコミュニケーションになっていた。それに気付けたのは幸運だった。まさかこんな話になるとは思っていなかったロリエーナは、自分の恋に感謝した。


「それらを踏まえて、私の意見だ。あくまでも参考意見として聞いてほしい」

「うん」

「さっきも言ったように、全て話してしまって構わない。ミグチ選手がその情報を悪用することはないだろうと判断した。お前が見込んだ男ということでな」


 そこまで言って、ロバートの目がやや険しくなった。ほんの僅かではあったが、ロリエーナは見逃さなかった。恐らく、ここからが彼の本当に言いたいことだ。


「ここからはリスクの話になる。ロリエーナがジートニン製薬社長の娘だと知ったら、彼はどう思うか。受け入れてくれるかもしれないし、最悪の場合はスパイ扱いされるかもしれない」

「うん……」

「それと、レディ・ダフネの正体は言わない方がいいと思う。ミグチ選手の夢に水を差しかねないからね。目標にしていた相手が友人だったと知ったら、彼は全力で戦えるだろうか」

「そう、だね」


 父の意見はどれもが正しく聞こえた。自分の後ろめたさを解消するために本当のことを告げれば、今の関係が崩れるかもしれない。さらに、彼の夢さえ壊しかねない。

 正直なところ、ロリエーナはそこまで考えきれていなかった。今回の帰省も、正体を明かす許可を得るという目的しかなかったのだ。


「あとは、自分で決めるといい。お前ももう大人だからね。大人になってしまって。もちろん、相談には乗るよ」

「ありがとう、お父さん」


 ロリエーナの心からの感謝に、ロバートは目を逸らした。目尻がうっすら光っていたのは、見ないふりをしておこう。


「さぁ、一緒に食事をしよう」

「そうだね」

「はい、待ってましたよ」


 いつの間にかその場を離れていたアリナが食卓に料理を並べていた。自動調理器ではなく、手作りの料理だ。久しぶりの匂いに、ロリエーナは空腹だったことに気が付いた。


 翌日の午後、ロリエーナは両親に見送られつつ実家を後にした。また暫くは直接顔を合わせることはないだろう。


「次は、ヒロくん連れてくるね。なんてね」

「まぁ、期待してよう。はぁ……」

「はいはい、元気出して。またね、ロリエーナちゃん」

 

 露骨に肩を落とす父の背中をさすりながら、母が手を振った。


「うん、行ってきます」


 エレベーターの扉が閉まり、一人になったロリエーナは昨晩決めたことを思い出していた。


「よし、やるぞ」

 

 自分がジートニンの娘だとヒロに明かす。これはひとつの賭けだ。父の言う通りリスクは大きい。だが、このまま黙っていることはできないと思う。いつかボロがでるならば、先に言ってしまった方がいい。拒絶されないことを願うのみだ。

 ただし、レディ・ダフネのことについてはまだ迷っている。優しいヒロは、きっと友人を本気で殺せない。しかし、隠し続けるのも誠実とは言えない。最終的には彼の想いや決意を聞いてから決めることにした。

 それでも、ヒロに殺されたいという気持ちに変わりはない。いつか殺してくれるまで隠し続けるか、自分を殺してくれるパイロットになってほしいと懇願するか。もう少しだけ悩んでいようと思う。


「アーサー、よろしくお願いします」

「はい、お乗り下さい。お嬢様」


 初老の運転手に挨拶をし、迎えの車に乗り込む。後部座席には見知った顔があった。


「こんにちは、マリー」

「はい、こんにちは。お嬢様」


 いつものすまし顔だが、どこかすっきりした印象もある。貴重な休暇が充実していたようで、なによりだ。


「いかがでしたか? ご実家は」

「うん、気持ち固まった」

「ええと?」

「何も問題ないってこと」


 事態を認識しきれていないマリーをよそに、ロリエーナは通信端末を操作し、バトルリーグの予定表を確認する。ソルジャーズの次なる戦場は四日後、砂漠の惑星トトリで行われる。慣例では宇宙の後、地上での戦いとなるのだがスケジュールの都合で逆順となっていた。


「さぁトトリまで、ヒロくんに会いに行くよ」

   

 父の配慮により、レディ・ダフネはしばらく休暇をとることになっている。おかげでソルジャーズを追いかけられる。職権乱用ともいえるが、素直に感謝しておこう。


「ストーカー、ということで?」

「まぁ、そうなるかな」

「あら」


 マリーの冗談をあっさり受け流す程度に、ロリエーナの気分は高揚していた。

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