第14話:助言と決着

 ヒロが乗るソルジャーシックスのモニターに映るのは、細身と呼ぶことすらはばかられるアーマックの姿だった。

 むき出しになった銀色のフレームと、関節とコクピットを辛うじて守る青い装甲板が雨に濡れる。痩せ細ったようにも見える両腕には、細長い杭がそれぞれ一本ずつ取り付けられていた。


「装甲を……切り離パージした……?」


 ヒロの呟きを肯定するかのように、眼前の機体が射出式杭打ち機パイルシューターを突き出す。火薬式か電磁誘導かは不明だが、ヒロの座るコクピットを貫こうとしていることだけは明白だった。


「くそっ……!」

 

 恐らく、着弾の瞬間に装甲を切り離パージしたのだろう。そして、軽量化した機体を飛び立たせて急襲する。踵部分には、小型の反重力装置のようなものが見えた。

 武装に杭を選んだ理由としては、二点想定できる。爆発性のあるものでは巻き添えを食らいかねない点。そして、装甲の下に隠す必要性から、構造が単純であるという点だ。


「どうする……?」

  

 ヒロの頭にいくつもの選択肢が浮かぶ。

 フライトユニットの出力を上げ上空に退避する。

 下降する、右に避ける、左に身をかわす。

 それとも、左腕の近接防御用速射砲で迎撃するか、レーザーブレードを装備し接近戦を挑むか。


 結果としてヒロは、射撃用プログラムから変更しなくて済む手段を選択した。速射砲を撃つため、左手のレバーを操作する。

 時間にして一秒未満、その葛藤は大きな隙となった。見逃されるはずもなく、敵機から杭が射出される。


「ちぃっ!」

 

 左腕の速射砲が、迫る杭に向けて砲弾を吐き出す。数発が掠めるも、勢いを完全に止めることはできなかった。


「ぐあっ!」


 衝撃でコクピットが揺れ、周囲のモニターにノイズが走る。ダメージコントロール表示によれば、左肩動作不可とのことだ。どうやら杭はヒロの座るコクピットから逸れ、左肩に突き刺さったらしい。近接防御を提案したジャンに感謝だ。

 続いて小さな振動。破損した左肩から先がオートで切り離された。これでソルジャーシックスの武器は、腰部に懸架されたレーザーブレードを残すのみ。右手には残弾のないライフルが握られたままだ。この状況では、それを投棄する間もなく、第二射にやられてしまう。


「次が……来ない?」


 敵機にはもう一本杭が残っているはずだ。しかし、想定される追撃がくることはなかった。

 モニターに映るフレームだけの機体は、地表に向け落下していた。踵から火花と煙が上がっている。上昇時に無理をさせすぎたのか、落下速度を抑えるのが精一杯という様子だった。


「仕切り直しか」


 フライトユニットが無事で助かった。滞空したまま、ヒロは周囲を確認した。


『こちらソルジャーフォー、駄目みたいだ』


 サムからの通信だ。杭の攻撃によりフライトユニットが破損したため、高度を維持できていない。ソルジャーフォーは重力に引かれつつ、狙撃用ライフルを下方に向けた。その先には、半壊した灰色の機体。

 装甲の切り離しに失敗したと思われる敵機は、破損を免れた対空砲を上空に向けていた。


『あれは潰す。後は頼んだぜ』


 ソルジャーフォーから砲弾が発射された。先程の総攻撃で弾を使い切っていなかったらしい。サムのベテランらしい判断に、ヒロは感心した。

 火線は動けない敵機を貫く。ソルジャーフォーの機体はぬかるんだ地面に落ち、通信が途絶した。サムの生死は不明だが、機体の状態から見て戦闘続行は不可能だった。


『おおおおお!』


 続いて、ジャンの叫び声が響く。

 胸部に杭が刺さったままのソルジャーファイブは、敵機に体当たりを仕掛けていた。そのまま手足を組み付かせ、下へと推力を向ける。

 装甲と一緒に補助動力ユニットも切り離していた敵機は、絡みつくソルジャーファイブを振りほどくことができない様子だった。


「ジャン!」

『死ーなーばーもーろーとーもー!』


 ジャンの咆哮と共に、ヴァンクス重工自慢のフライトユニットは加速を続ける。敵機を道連れに、地面に激突する勢いだ。


『ヒロ、後はよろ』


 通信が途切れる。意図的に選んだのだろう、岩がむき出しになった部分に衝突した二機は、周囲に四肢と部品を飛び散らせた。ジャンの身体もアーマック同様に砕けたと、容易に想像ができる惨状だった。


「サム……ジャン……」


 期せずして後を託されたヒロは、自機をゆっくりと下降させた。残弾のない狙撃用ライフルを投げ捨てる。こちらにはもう、射撃武器は残されていない。それは相手も同じだ。最後の杭を確実に突き刺すため、安易な攻撃を仕掛けてくることはないはずだ。

 手負い同士、決着は格闘戦になる。


「さて……」


 機体を地表から百五十メートルほどの高さに滞空させたヒロは、先日の会話を思い出していた。

 

『ヒロくん、自分に致命的な弱点があるの、知ってる?』


 雨音に混じり、躊躇いがちに、しかしはっきりと断言された。


『たぶんプログラムを切り替えてる時だと思うけど、一瞬動きが止まる時があるんだ。もしかして、次にどう動こうか考えてるんじゃないかなって』


 それは痛いくらいに正しかった。現に、左腕と貴重な射撃武器を失ったのは自身のその弱みが原因だ。


『きっとね、ヒロくんはたくさん考えられるから、考えられちゃうから、どんなプログラムがいいかって悩んじゃうんだよ』


 頭の中でくり返されるリエの言葉が胸に刺さる。


『だから、いっそのこと、得意なプログラム以外はあんまり使わなくてもいいんじゃないかなと、私は思うよ。たくさんの中から悩む時間よりも、ひとつの動きに集中したほうが、効率がいいかなって』


 その時は「参考にするよ」と返したものの、内心否定していた。その時々に最善のプログラムは存在するし、ヒロは訓練時代から常にそれを選んでいたという自負があったからだ。だからこそ、適合ゼロでもパイロットをやれている。そう思っていた。


「わかったよ……ありがとう」


 リエがなぜそんな事に気付いたのかはわからない。いくら熱心なファンであっても、一秒にも満たない逡巡しゅんじゅんに気が付くものだろうか。一体、リエという女性は、どこの誰なのだろうか。


「今は、いいや……」


 彼女の正体など、今は些細な問題だった。大事なのは、そのアドバイスを生かすか殺すか。そして、目の前の敵を殺すことだ。


「プログラム二五六」


 音声入力にて、格闘戦用のプログラムに切り替える。真っ直ぐ行って素早く斬る、シンプルな動作プログラムだ。


 ソルジャーシックスは腰部後方に懸架された筒状のものを手に取る。機体の掌よりも少し長めの筒は、レーザーブレードの柄だ。

 ヒロは右の操縦桿にあるボタンを押す。筒の先端に空いた穴から、電磁フィールドに包まれた青白い光の刃が出現した。


「ヒロ・ミグチ、行くぞ!」


 視線誘導ロックオンシステムで敵を捉え、右のフットペダルを強く踏み込んだ。耐Gシートでも吸収しきれない衝撃が身体に伝わる。ヒロは歯を食いしばった。

 ソルジャーシックスの動きに反応した敵機が杭の射出体勢をとる。短距離用とはいえ飛び道具だ、レーザーブレードよりは遥かに有効範囲は広い。しかし、使えるのは一度きり。外しさえすれば、ヒロの勝利だ。


「当たらなければ!」


 間一髪の回避を想定していたが、撃ち出される気配はない。必勝を期すため、こちらが近付くのを待っているように見える。

 先程までのヒロならば、ここでプログラムの変更を選択肢に入れていただろう。しかし、もう覚悟は決めた。足りなかったのは、確固たる意思。

 殺られる前に殺る。それだけだ。


 敵機が目前まで迫る。ヒロは操縦桿を押し込んだ。愛機が刃を振りかぶる。それに合わせるように、骸骨のようなアーマックから杭が飛び出した。


「ぐぅっ!」


 衝撃とともに周囲のモニターが光を失い、先の尖ったものがコクピットへと侵入してくる。近くで見るとやや丸みを帯びた先端が、ヒロの胸元まで迫る。


「ああああああ!」

 

 回避するつもりなどなかった。自分の命が尽きるより先に、敵パイロットの身体を蒸発させてしまえばいい。

 ヒロは全力で操縦桿を押し、ペダルを踏み続けた。


 杭はヒロの肌を裂き、筋肉を破り、骨を砕き、心臓を貫いた。 

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