第15話:勝敗とコンマ2秒(第2部 完)
ヒロはゆっくりと瞼を開いた。まだはっきりとしない意識には、抑え目の照明がありがたい。
「ん……」
徐々に状況が把握できてくる。ここは精神移行装置のベッドの上だ。ヒロは自分は死んで生き返ったのだと自覚した。つまりは、負けたということだろう。
「よっ、おはよ」
気軽な口調の高く甘い声。ベッドの傍らにある椅子には、ぶかぶかのつなぎを着た少女が座っていた。ヒロより一足先に死んだ相棒、ジャンだ。
「お前、ちょうどいいサイズのつなぎ支給されたろ」
「最初の言葉がそれかよ」
呆れ顔のジャンが、膝を軽く叩いて椅子から飛び降りた。両手を広げ片足を半歩前に出し、ヒロに向けてポーズをとる。
「見ろ、こっちの方が可愛いだろ? 彼つなぎ的なあれよ」
「あれってどれだよ。あと彼って誰だよ」
「あれはあれだよ。そして彼は彼だよ」
ジャンへ返事をしつつ体を起き上がらせる。特に異常はなさそうだ。予備の身体には時々不具合があるため、復活時の確認が必須だ。
「ほら、着替え」
「おう、ありがと」
下着とチームカラーのつなぎが差し出される。
「お前、なんで目を逸らしてるんだ?」
「ほら、恥じらい? 金髪合法美少女として」
「男同士で何をいまさら」
訓練生時代から何度も復活のタイミングに立ち会っているため、お互いの裸は見慣れている。ジャンの態度に、ヒロは首を傾げた。
「そういえば、金髪合法美少女とやらになってから、そっちで待つことなかったな」
「ちょ、おま、ヒロ、それはだめだろう」
「あぁ、いくら相手がお前でも、美少女の裸はだめだな」
「そうだよ、まだまだ早い」
「そういう問題なのか?」
「ああ、そうだ。時期がある」
軽いやり取りをしつつ、ベッドから立ち上がる。ずしりと重い感覚が、自分がまだ惑星エミの上にいることを教えてくれる。
つなぎに袖を通す間、ジャンはヒロの方を見たり目を逸らしたりを繰り返していた。
「よし、行くか」
ここは先程までの戦場近くに建てられた仮設格納庫の一室だ。耳をすませば、建物に当たる雨音を聞くこともできた。
戦闘後は、ミーティングルームとして割り当てられた部屋へと集合することになっている。ヒロはジャンと連れ立って自動ドアをくぐった。
「で、ヒロ、どうだった? 俺、先に死んでたから結果知らんくてな」
「俺も死んでるってことは、そういうことだろ」
「まーそうだな。まぁ、次があるさ!」
ジャンがヒロの背中を叩く。今回はかなり惜しかっただけに、悔しさも大きい。
「ジャンとヒロ入りまーす!」
ミーティングルーム前でジャンが大声を出す。無理に明るくしているのが非常にわかりやすい。ここは言わぬが花というやつだ。
自動ドアが開き、落ち込んだチームメイトが見える。はずだった。
「おう、お前ら、やってくれたな!」
最初に口を開いたのは、監督のルーサスだ。彼のこんなにも朗らかな声を聞くのは初めてだった。
「はぁ?」
「ああん?」
ルーサスをはじめとするソルジャーズ主要人物は、全員が全員、にやにやと笑みを浮かべている。正直、気持ち悪かった。その中には、僚機パイロットであるサムの姿はなかった。
「お前、いいから、ヒロお前、あれ、あれ見ろよお前!」
「お、痛い、ですって」
整備班長のボブ・ボビィルがヒロの肩を強く叩く。小柄ながら剛力で、生き返ったばかりの体には辛い。そんなボブが指差すのは、バトルリーグのニュースが映されている小型のモニターだ。。
毎度毎度、負け速報を流す憎きニュースには『ヴァンクス・ソルジャーズ初勝利』と、確かに表示されていた。
「は?」
ヒロには状況が理解できなかった。最後に残った自分が死んだのに勝利とは、どういうことだろうか。
「最後はほぼ相討ちだったんだよ。一旦はドロー判定になったが、後の判定でな、お前の方が少しだけ長生きしてたよ。コンマ二秒だそうだ」
ルーサスの説明に合わせるように、ニュースは最後の一騎討ちが再生されていた。
ヒロの乗るソルジャーシックスがレーザーブレードを振り下ろすと同時に、敵機の放った杭がコクピットへと食い込む。光の刃が青い装甲を両断しつつ、杭はヒロ機を貫通していた。
「コンマ二秒って……」
あまりにも僅差が過ぎる。ヒロに勝利の自覚がないのも当然といえた。
一秒に満たない時間が勝敗を分けた。敵に突っ込んだ際に迷いがあったら、負けていたのはヒロの方だった。
「これは……」
ヒロとしては、的確すぎる助言をした友人のことを思い浮かべずにはいられなかった。彼女は観客席から応援してくれると言っていた。後で礼のメッセージを送ろう。
「おい、ヒロ!」
「ぐぉっ!」
やや呆けていたヒロの胸に金髪が飛び込んでくる。はしゃぐ親友の抱擁を受け止め、軽く頭を叩いた。
「やっぱりヒロはすげぇよ! さすが俺の見込んだ男だぜ」
「ジャンの捨て身がなかったら、二対一で負けてたよ」
「そうか! そうだな! 感謝しろ!」
「おう、ありがとな」
ジャンに続き、チームメイト達もヒロの元に集まってくる。皆、念願の初勝利に沸き立っていた。
「サムは?」
揉みくちゃにされながら、ヒロはもう一人の仲間の姿を探した。彼の正確な狙撃も、勝利の大きな要因だ。一緒に嬉しさを分かち合いたいと思う。落下したあと死んだのならば、この場にいないのはおかしいことだ。
「サムは集中治療室だ。全身の骨がやられててな、手術の後は即医療ポッド行きだ」
「そうか……」
ヒロの疑問にルーサスが答える。サムの命は助かったらしい。まともな人間ならば喜ばしいことなのだが、アーマックのパイロットにとって必ずしもそうとは言えない。
人が人を殺害する行為は、本来は【システム】による法で厳しく禁止されている。ただし、アーマックのパイロット同士であることと、バトルリーグの戦場に限るという条件下で例外的に認められているのだ。
命を残したまま戦闘不能となった場合、例外扱いとはならない。人命救助と適切な治療をすることは、これも法により義務付けられていた。
つまり、生き残ったサムは予備の体に乗り換えることができず、怪我の治療か必要ということだ。
「復帰は?」
「まだはっきりとはわからんが、それなりに長くなるだろうな」
その返事をきっかけとして、ルーサスは三度手を叩いた。浮かれるのは終わりという合図だ。
「詳細は検討中だが、一旦今後の方針を伝える」
チームメイトはヒロから離れ、ルーサスの言葉に耳を傾ける。ジャンだけがヒロの腕にぶら下がっていた。
「サムが復帰するまで、基本的にAチームを出撃させる。すまんが連戦を覚悟してくれ。そろそろヴァンクスの機体にも慣れてきた頃だろう? 勝利を期待している」
恐らく予想していたのだろう、Aチームの三名はにやりと笑って頷いた。ソルジャーズ発足にあたって、他チームから引き抜いたベテラン達だ。特に問題のある様子は見せなかった。それどころか、今回の勝利を受け気合いを入れ直しているようだった。
「ヒロとジャンには、後ほど別の指示を出す。サムがいないからって、楽はさせないぞ。特にジャン」
「了解」
「ちっ、休めると思ったのに」
「で、この後は勝利者インタビューの依頼がきててな、ヒロとジャン、行ってきてくれ。サムの分もよろしくな」
ルーサスが部屋の奥を見やる。ヒロが視線を追った先には、広報担当の男が柔らかく微笑んでいた。
「よっしゃ! 行くぞヒロ!」
「あ、ああ……」
腕に引っかかったままのジャンに引っ張られるように、ヒロはミーティングルームを後にした。
数分後に行われたヒーローインタビュー。緊張のあまり数度噛みながらも、ヒロはなんとか大衆の声援に応えた。その中にリエを探すも、さすがに見つけ出すことはできなかった。
「この勝利は一緒に命を懸けたサムとジャン、支えてくれたチームの仲間達、素晴らしい助言をくれた友人のおかげです。ありがとうございました」
照れ笑いを浮かべるヒロに、エミの雨のような拍手が降り注いだ。
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マッカサ市のとある高級ホテルの最上階。普通の人間は足を踏み入れることさえ許されないスイートルームで、ロリエーナは何度目かの嬌声をあげた。クラシックな飾りが鬱陶しいテレビモニターには、ソルジャーズ初勝利のニュースが繰り返し報道されていた。
「ねぇ、やっぱりインタビューで言ってる友人って私だよね?」
ヒーローインタビューを見ながら、ロリエーナはうっとりと使用人に尋ねた。
「その質問、これで十八回目ですよ」
「え、それだけ? もっとしてると思ってた。で、友人って私だよね? 素晴らしいなんてもう! 照れる!」
「はぁ……」
観戦からホテルに戻って以降、ずっとこの調子だ。マリーは頭を抱えたくなった。
「三日後はお嬢様の出撃ですよ。準備はいいのですか? ヒロ様が勝ったとはいえ、ファイターズは強敵でしょう」
「ああ、いいの。たぶん大丈夫だから」
「そうですか……初めてを奪われないようにしてくださいね」
「もちろん! あーでも、次ソルジャーズとやる時は死んじゃうかもー」
「そうだといいですね」
再び同じニュースを見始めた主人を見て、マリーは少しだけ嬉しくなった。彼を見ている時だけは、彼女の表情がこんなにも豊かになる。年相応、いや、まるで思春期の少女のようだ。
「ねぇ、おめでとうメッセージ送ってもいいかな? 鬱陶しくないかな?」
「お好きにすればいいかと」
「そうね……ぎゃー! ヒロくんからメッセージ届いた!」
マリーは今度こそ、本当に頭を抱えた。
グラビティ・ダイブ・エンゲージ
第2部 「ただのファンじゃなくて」 完
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