第13話:作戦と爆煙

 ヒロの乗るソルジャーシックスは、雨でぬかるんだ地面から飛び立った。

 ソルジャーズ各機の背中には、反重力装置と光子反力推進機を組み合わせたフライトユニットが搭載されている。アーマックのような空気抵抗の多い機体でも自由自在に大気圏内を飛行できる、ヴァンクス重工が誇る高性能装備だ。


 ヴァンクス・ソルジャーズとトーキ・ファイターズとの二戦目、戦場は惑星エミの地上だ。

 厚い雨雲と降り続く雨は、索敵をより困難にすることが予想される。つまり、ソルジャーズにとっては最悪の天候ということだ。それでも、勝ち筋はある。ヒロを含むチーム全員がそう信じていた。


『作戦通り行くぞ。ソルジャーシックス、ヒロ。後は任せた』

『頼りにしてるぜ相棒』

「了解」


 本来のリーダーであるサムと、どこか楽しげなジャンの通信を受け、ヒロはいつも以上に緊張していた。

 ヒロの役割は、装甲板の色を変えて潜伏する敵機を発見すること。今回の勝敗は、ヒロの肩にかかっているともいえた。


 高度を上げ雲に近付いた頃、ソルジャーシックスを中心に編隊飛行をしていた三機が散開した。予定通りの行動を視界の端に捉えながら、ヒロは戦闘速度で上昇を続けた。


『ソルジャーフォー、撮影開始する』

『ファイブも同じく』

「了解」


 ヒロはサブモニターを展開し、僚機から送られてくる映像を表示させる。雲に突っ込んだため、ヒロを囲む全周囲モニターが真っ白になった。


『指揮所よりソルジャーシックス、こっちでも映像は見ている。抱え込むなよ』

「了解」


 指揮所から通信が届く。戦闘中に監督であるルーサスの声を聞くのは新鮮だった。通常ならば、指揮所とやり取りするのはサムの仕事なのだ。


「おぉ……」


 周囲の色が淀んだ白から鮮やかな青に変わる。雲を突き抜けたヒロはひとり、一面の青空の中に浮かんでいた。


「よし、やるぞ……俺が、やるぞ」


 ヒロは自機を滞空させ、サブモニターへと目を向けた。少しの違和感も見逃さない、自分に強く言い聞かせる。


 ソルジャーフォーとファイブが、高速移動しつつ地表を撮影する。映像を高高度に待機するシックスが受け取り、違和感を探す。最終的に指揮所で分析し、敵の潜む位置を割り出す。三機全ての位置を把握できたら、速やかに爆撃と狙撃で破壊する。それが今回の作戦だ。

 ファイターズの機体は重装甲のため、重力下では地を這うことしかできないはずだ。大気中での機動力に分のあるソルジャーズだからこそできる手段だった。


「どこだ……」 

 

 いくら鈍重とはいえ、一箇所に留まっているとは考えづらい。奇襲により僚機が撃ち落とされる可能性もある。一刻も早く、発見しなければならない。重々しい責任がヒロの肩にのしかかっていた。

 次々と送られてくる映像を注視しつつ、ヒロは唾を飲み込もうとする。しかし、喉はからからに乾いていた。


『落ち着け! 見えるものも見えんぞ』


 怒鳴るような通信に、ヒロは深呼吸を返した。ルーサスの言う通りだ。冷静に、慎重に、集中して、モニターを見続ける必要がある。


「む……!」


 それは、ソルジャーファイブから送られてきた映像だった。雨粒の落下地点がずれているように見える。さらに、濡れた地面に不自然な凹みがふたつ。視界は悪いが、雨のおかげでわかる違和感だった。


「ソルジャーシックスより指揮所、マーキングした地点を見てくれ」

『指揮所、了解』


 詳細な確認は指揮所に任せ、再びモニターへと目を走らせる。ヒロの中で徐々に時間の感覚がなくなっていく。子供の頃、歴史書や惑星開拓の技術書を夢中で読んだ時と似ていた。


「二つ目、マーキング!」

『指揮所、了解した』


 幸いにも、いまのところソルジャーフォーもファイブも攻撃を受けていない。敵はソルジャーズの不審な動きに対して警戒しているのかもしれない。迂闊な攻撃は、自らの位置を晒すことになるからだ。

 攻撃行動に移れないのはソルジャーズも同じだ。敵を全機発見するまでは、手出しはできない。適切に位置取りをしなければ、撃墜されるのはこちらの方になる。先日の戦いから得た教訓だ。


 きっと観客にとっては退屈な試合だろう。アーマックバトルリーグは、派手な戦闘と壮絶な死が魅力のエンターテインメントだ。うろちょろ飛び回るだけのアーマックを見ていても、何の興奮も感動もない。


「三つ目、位置を送る」

『指揮所、確認。指示を待て』

「了解……ふぅ」

 

 ヒロは自分の顔が汗まみれになっている事に気が付いた。ヘルメットを外して拭いたいくらいだが、今それは叶わない願いだ。


「ソルジャーシックスより各機、指揮所にて映像分析を開始した。撮影行動を継続してくれ」

『フォー、了解』

『ファイブ、りょーかーい』


 ほんの少しの間、ヒロはリエのことを思い出していた。観戦チケットが手に入ったそうで、今日の試合はマリーと共に観客席で応援すると連絡があった。少しはいい所が見せられるだろうか。


「大丈夫、やれる」


 雨の下で握手をした後、リエから告げられたことは忘れていない。ヒロは深く息を吐き出した。


『指揮所よりソルジャーシックス、敵機の想定位置を送る。攻撃開始せよ』

「ソルジャーシックス、了解」


 指揮所より位置情報が届く。ヒロは素早く擬似キーボードを操作し、自機の地図とリンクさせた。同時にフットペダルを踏み込み、自機を下降させる。


「ソルジャーシックスより各機、位置情報を送信する。攻撃準備」

『フォー、了解した』

『待ってました!』

 

 雲から飛び出したヒロは、音声入力で攻撃用プログラムを呼び出す。爆撃と狙撃に調整したプログラムだ。


「撃て!」


 ヒロの号令で、三機が攻撃を開始する。

 脚部と脇腹にそれぞれ搭載された多弾頭ミサイルが発射され、煙の尾を引きながらマーキングされた三箇所に殺到する。着弾まで、あと、三、二、一。


 複数の火球が発生し、衝撃波と爆発音が機体を揺らす。

 火球の向こう、うっすらと人型が浮かぶ。ずんぐりと無骨なそれは、紛れもなくファイターズの機体だ。


「見えた!」


 ヒロは操縦桿のトリガーを引いた。自機が構えた狙撃用大型ライフルから、対装甲弾が発射される。このチャンスを逃してはいけない。必勝を期し、ライフルに装填された七発の砲弾を全て撃ち放った。


『当たれよ!』

『狙い撃ちだぜ!』


 ソルジャーフォーとソルジャーファイブも、それぞれの目標に向かってライフルを撃つ。機体のセンサーは、着弾予測地点から複数の小爆発を捉えた。

 ここまでは作戦通りだ。恐ろしいくらいに。


『やったか?』


 ジャンの弾んだ声が耳に届く。

 

 次の瞬間、爆煙の中から青い何かが飛び出した。視認できる範囲でふたつ。ひとつはソルジャーフォーとソルジャーファイブの中間地点あたり、もうひとつはヒロの左斜め下だ。


『なんだ!』

『はぁっ?』


 サムとジャンが同時に叫んだ。

 ソルジャーフォーはフライトユニットに、ソルジャーファイブは胸部に、細長い杭のようなものが突き刺さっていた。


「何が……」


 そしてヒロの、ソルジャーシックスの眼前にも、青い人影が迫っていた。ほとんどフレームだけのアーマックは、赤い頭部センサーを光らせ、右腕に装備された射出式杭打ち機パイルシューターを構えた。

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