第10話:葛藤と決心
それほど多く連絡を取りあった訳ではないが、リエとは話が合った。バトルリーグに関する話題はもちろん、ヒロの趣味である人類の歴史についても、彼女は
いつかのメッセージでは『父の仕事の関係でいろんな惑星に行くので、ちょうどいいですね』と語っていた。
そんなリエから観光に誘われた。正直、悪い気はしない。それどころか、自分の胸が高鳴っていることさえ自覚できた。だからこそ、困っているのだ。
ベッドに寝転んだヒロは、眼前に浮かんだ疑似キーボードを操作する。ヒロは脳波コントロールと相性が悪いため、レトロ品扱いされるような古い機器を使い続けていた。
ヒロの操作を受けた携帯端末から、リエの音声メッセージが再生される。鼻にかかった甘い声は、どこか遠慮がちにも聞こえた。
リエはヒロのファンだと名乗った。つまり、彼女が興味を持っているのは、アーマックのパイロットであるヒロ・ミグチだ。先日食事を共にしたのは、命を救った礼であって、それ以上ではない。メッセージのやり取りも、ジャンが強引に連絡先交換をした結果に過ぎない。
そう思っていた。思おうとしていた。だから『会いたい』などという連絡は、まったく想定していなかった。
「どうするかなぁ……」
このまま無駄に時を過ごしていても仕方がない。気分を変えようと、ヒロは自室を出た。見慣れた宇宙船内でも、部屋にこもるよりは良いだろうという程度の考えだ。
「あ、ヒロ、ちょうどよかった。あんたの部屋に行こうとしてたんだ」
人工重力の廊下を数歩進んだところで、ヒロは後ろから声をかけられた。振り返った先には、浅黒い肌のふくよかな女性が立っていた。
「ああ、オッカサン」
彼女の名はアンナ・カンナ。掃除、洗濯、炊事など、ヒロ達パイロットはアンナの手によって支えられていた。それで、つけられたあだ名が【オッカサン】だ。古い言葉で母親を意味するらしい。
「ヒロにもファンレターが届いているよ。ようやく検閲が終わったってさ。さっさとメールボックス開いて読みな。きっと元気が出るさ」
アンナは豪快に笑ってみせると、ヒロの肩を数回叩いた。様子がおかしいのを察したらしい。あえて必要以上に元気に振舞うのは、彼女なりの優しさだ。的は外れていたが、オッカサンの励ましは素直に嬉しい。
「ああ、ありがとう」
「それじゃ、洗濯物は出しておくんだよ」
「はいよー」
アンナに手を振ったヒロは、出たばかりの自室に戻った。初めてのファンレターというものに、それなり以上に興味があった。
検閲により否定的な内容は取り除かれているはずだ。それでも、バトルリーグを見る人達に自分がどう思われているか、気にはなるものだ。
「よっと」
チーム所持の携帯端末を操作し、メールボックスから自身の個人用フォルダを開く。アーマックのパイロットとしての連絡は、個人用ではなくチーム用の携帯端末を使う決まりだ。
「マジかよ……」
浮かび上がった疑似モニターを見たヒロは思わず嘆息をもらした。ファンレターの数は千を超えていた。検閲に時間がかかるのも無理はない。どうやっても全ては読めない量だ。嬉しさと申し訳なさを抱え、そのうちいくつかに目を通してみる。
『マニュアルであんな動きするなんて驚きました』
『適合ゼロでも戦えるなんて、勇気が出ました』
『初勝利、期待してます』
『ファンになりました』
『デビュー戦前から気になっていました』
短い文章から異様な長文まで、表現方法は様々だが、どれもヒロを元気づけるには十分すぎる内容だった。まさか、社会的にも異端である存在の自分が、ここまで受け入れられるとは思わなかった。十年ほど前に職業適合検査員が言い放った『パイロットになんてなれるわけがない。なれたとしても、受け入れられるはずがない』という台詞は、間違っていたようだった。
涙が出そうな嬉しさと同時に、先ほどまでの苦悩がよみがえってくる。ヒロには、応援してくれるファンが多数いることがわかった。そして、常に頭の中にいる女性も、この中の一人だということを思い知る。
「どうなんだろうなー」
ヒロの思考は再び振り出しに戻った。会えるものなら、また会いたいとは思う。しかし、どういう気持ちで会えばいいのかはわからない。ひとりのファンへのサービスであるなら、それはやりすぎだ。だからといって、それ以上の関係になっているとも思えなかった。
何事にも深く考えるのが、ヒロの性質である。アーマックの操縦時も同様だ。状況を把握し、適切なプログラムを判断し、機体をどう動かすか思考してから行動に移す。
複数の選択肢を考えすぎるため、脳波操縦では誤作動を起こす。それが適合率ゼロの理由だ。
今回の問題に対しては、彼のその性質が悪い方向に作用していた。
「うーむ」
あまり長い時間、返事を待たせるのは失礼に値するだろう。会うとなればお互い準備の時間も必要だ。そろそろ結論を出すべきだ。
「ファンか……それとも……」
独り言の後に続けるべき言葉を、ヒロはわかっていた。さんざん考えて答えが出ないならば、感情に従う。パイロットを目指すと決めたときと同じだ。
ヒロは携帯端末を操作し『よろしくお願いします』と入力した。
「ヒ、ヒ、ヒ、ヒロー!」
メッセージを送信した直後、悲鳴のような声と共に自動ドアが開く。ヒロはロックをかけ忘れていたことに気付いた。金髪と大ぶりな胸部を振り乱したジャンが、ヒロの部屋に駆け込んでくる。
「ああん?」
「いいから、見ろよこれ!」
ジャンが見せるのは、私物のイヤーカフ型携帯端末から投影される疑似モニターだ。そこには文字メッセージが表示されていた。
『明日、惑星エミに行く予定ができました。お会いできませんか? ふたりで。 マリー』
どこか見たような気がする内容のメッセージに、ヒロは半眼となった。
「これが?」
「これがも何もあるかよ! なぁ、どうしたらいいと思う?」
「どうしたらって、なんだよ」
「ほら、あれだよ。パイロットって、ファンと個人的に会ってもいいんだっけ?」
柄にもなく狼狽するジャン。我慢できなくなったヒロは、大きな笑い声をあげた。自分らしくないことは十分に承知していた。
「なんだよ、こっちは真剣に悩んでるのによ」
可愛らしく頬を膨らませる仕草をみせる。完全に少女の姿が様になっているところが、更にヒロを笑わせた。
「いや、ごめん……さっき、ごほっ……俺も、同じことで悩んでて……」
息も絶え絶えに、ヒロはジャンに状況を説明する。
「はぁ? まじかよ」
「んで、さっき、ふぅ、返事をしたところだったからさ」
「タイミングぴったりかよ……」
ようやく呼吸が落ち着いたヒロに、ジャンは腕を組みつつ頷く。
「で、なんて返事したんだ?」
「よろしくって」
「ほぅ」
ジャンの丸い瞳が鋭くなり、口角が上がった。何かを察した顔だ。
「ははーん、ほうほう、うむ、完全に理解した」
「何をだよ?」
「自分で考えろ。さて、俺もマリー姉さんに返事してこよっと。じゃあな」
「姉さん……?」
ヒロが首を傾げる間に、ジャンはそそくさと自室に戻って行った。渦巻く金髪は、まるで嵐のようだった。
「なんだったんだよ……」
ヒロはなんとか気を取り直し、リエ宛にメッセージを送る。二往復ほどのやり取りで、待ち合わせ場所と時間が決まった。これで約束は完了だ。
「楽しみ、ではあるよな」
携帯端末をスリープ状態にし、ヒロは日課をこなすためトレーニングルームへと向かった。
ほぼ同時刻、惑星エミへと向かうプライベート高速宇宙艇の中。高級シートに座った社長令嬢が感極まった叫びをあげた。
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