第9話:リーダーと作戦会議
ソルジャーズが所有する大型宇宙船には、あらゆる設備が整っている。アーマックの整備、新装備の研究開発、そして乗員の生活。ソルジャーズに所属する者たちにとっては、実質的な家ともいえる場所だった。
「じゃあ、ミーティングをはじめよう」
宇宙船の中央あたりに位置するミーティングルームで、ルーサス・二ー監督が周囲を見渡した。部屋の中ではルーサスの他にパイロットが六名、戦況分析オペレーターが三名、整備班長が二名、計十二名が壁に設置された大型モニターを見つめていた。
「今日の試合についてだが」
「すまない。俺の指揮ミスだ。あそこは攻撃ではなく散開すべきだった」
ルーサスの言葉を遮るように、大柄なサムが謝罪を口にした。死から復帰して間もないため、目の焦点が定まっていない様子だ。
ヒロは首を回して声の主を見た。同じく復帰したばかりで、全身に気だるさが残っている。椅子に座ってはいるものの、船内の人工重力が少々恨めしい。
「個人を責めるつもりはない」
「そうそう、次だよ次」
ヒロの隣に座るジャンが、意図して明るい声をあげた。場の空気が少し軽くなったようだった。
「まぁ、真っ先に死んだ自称金髪ムチムチ美少女は放って本題に入るぞ」
「今日も雑だな!」
ミーティングに小さく笑いがあがる。もしかしたら、ジャンが少女の姿になったのは、このためかもしれない。ヒロは髪を緩い三つ編みにした相棒へ目をやる。視線が合ったジャンは片目を閉じて笑った。
「まずはヒロに質問だ。お前、どうやって見つけた? こっちじゃさっぱりわからなかったが」
ルーサスが問うのは、ヒロが潜伏する敵機を発見したことについてだ。だんだんと鮮明になってきた頭から、ヒロは記憶を呼び覚ます。
「星が少しだけズレて見えた。明確に機影が見えたわけじゃないから、あくまでも違和感だったけど」
「ほう、どの辺りだ?」
ルーサスはオペレーターに指示し、机上の三次元モニターに宇宙空間を映しださせた。立体映像の中に赤い点が三つ表示される。先程の戦いでのBチームの配置だ。
ヒロは手渡されたコントローラーを使い、映像の中の時間を進める。記憶を頼りに目的のタイミングで映像を止め、自機の左下後方をポインターで示した。
「たぶん、この辺りかな」
「オーケー、ソルジャーシックスのコクピット録画映像を」
立体映像がアーマックのコクピット内を模した映像へと切り替わる。ヒロ以外の十一人が、それを食い入るように見つめた。
「どこだよ?」
その場の総意を代弁するように、ジャンが眉をひそめた。皆、顔や性別は違えども同じような表情だった。
「ここ」
ヒロはポインターで違和感のあった場所を示す。まるで子供が遊ぶ間違い探しゲームのようだ。
「あった、ここかよ。こりゃ、わからんな」
サムが幅広の肩を揺すって、立体映像の中を指差した。他にも気付いた者が晴れやかな顔となる。ルーサスとジャンを含む数名は、難しい顔のままだった。
「まぁ、昔から注意力とか記憶力凄かったもんなヒロは」
なぜか誇らしげなジャンに、周囲が頷いた。少しでも皆から認められた気がして、ヒロはどこか照れくさくなった。
「ふむ、ならば、決まりだな」
腕を組んだルーサスは、立体映像を非表示にさせつつ口を開く。彼はヒロの方を向いていた。
「連戦になって悪いが、次もBチームだ。で、ヒロ、お前がリーダーだ」
「はっ?」
にやりと笑うルーサスに、ヒロは椅子から転げ落ちそうになった。新人の自分がリーダーなどと、何を考えているのだろうか。
「何か不満か?」
「いえ……」
ヒロはルーサスからサムへと視線を移す。まとめ役なら今まで通り、ベテランの彼が適任だと思う。しかし、剃髪の巨体は、ヒロに向けて親指を立てて見せた。
「監督の言う通りだ。俺やジャンでは機動中に隠れた敵を見つけられない。お前が見つけて、俺らが倒す。そういう事だ。な、監督?」
「ああそうだ。詳しく説明する」
サムの言葉を受けたルーサスは、次に向けての作戦を説明し始める。
「戦闘中、色を変えて潜む敵機を発見できるのはヒロだけだと判断した。加えて次はエミの地上だ。しかも予報によれば雨だ」
雨の惑星とも呼ばれるエミは、その名の通り雨が多い。そうなれば、視界はかなり悪くなる。
「奴らは鈍重な機体だ。これまでの戦闘を見ても、地べたを這いずり回っているはずだ。対戦相手が背を向けるのをじっと待ってな」
再び表示された立体映像は、エミでの戦闘エリアだ。地表に灰色の光が三点と、上空に赤い光が三点。
「ソルジャーシックスは雲の上で待機。ソルジャーフォーとファイブは地表を撮影して回り、シックスに送信だ。お互い背を庇い合えよ」
ルーサスの言葉を受け、ひとつの赤点が上方に、残るふたつが下方に移動した。
ようやくヒロはルーサスの腹積もりが読めてきた。リーダーとはあくまでも指揮所と通信するための呼称であって、まとめ役のことではないらしい。
「ソルジャーシックスは全力で撮影映像を見ろ。もちろん指揮所でも確認する。敵を三機見つけたら、位置をマーキングし、攻撃開始だ。三機見つけるまでは我慢だ。いいな?」
サムが苦虫を噛み潰したような表情になる。先程の戦闘では一機見つけた際に総攻撃を指示し、その隙をつかれたのだ。仲間たちのフォローがあっても、気に病んでしまうのは無理もない。
「装備は面制圧をと狙撃を中心に実弾を選定する。雨での減衰を考えたら、粒子兵器や光学兵器はなしだ。質問は?」
「は〜い」
ジャンが小さく細い手を挙げる。そんな見た目でもアーマックのパイロットができるのは、肉体設定時に筋肉密度を許容範囲ぎりぎりまで上げているからだそうだ。
「敵に接近されちまったら? 射撃だけじゃきついぜ?」
「機動性では明らかに勝っているし、そう簡単に近付かれるとは思えんが」
「ただの勘なんだけどさ、なんかあるぜ」
根拠のない意見に、ルーサスはしばらく沈黙した。戦場を経験したパイロットの直感は馬鹿にできないことを知っているからだ。
「わかった。無駄な重りになるかもしれんが、各自レーザーブレードと近接防御用速射砲も装備だ」
「あいよ」
納得したジャンは、満足気に微笑んだ。
その後は、本日の戦いの詳細な分析と、次戦に備えての戦術・戦闘アドバイスが続き、二時間ほどが経過した。
「よし、今日は解散だ。後は各自に任せた。しっかり休んでおけよ」
ルーサスの掛け声を受け、それぞれがミーティングルームを後にする。メカニック担当はこれから、また眠れぬ時間を過ごすことになるだろう。
「ヒロ、ちょっやっていかないか?」
椅子に座ったままのヒロの肩を、サムの大きな手が叩いた。いかつい顔に柔和な笑みをたたえ、ミーティングルームの隣を指差す。
「いいね」
ヒロは何とか苦笑いを返した。作戦会議中、どうも緊張していたらしい。
「おっと、お前もだ。美少女ちゃん」
「ちっ、お前それセクハラだぞ」
サムに腕を掴まれたジャンが悪態をつく。
「中身はクソガキだろ。ほら行くぞ」
「ヒロー、助けてー」
「行くぞ」
「えー、休ませろよー」
ヴァンクス・ソルジャーズのBチームは訓練用のシミュレーションルームへと向かった。
その頃、ヒロに割り当てられたの個室では通信端末がメッセージを着信していた。主のいない部屋の中、音声メッセージが自動再生される。
『えっと、ロ、あ、いや、リエです。実は明日、エミに到着予定なんです。もし良ければ、お会いできないでしょうか? 試合の話や、歴史の話、できたら嬉しいです。お返事、待ってます』
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