第2部「ただのファンじゃなくて」
第8話:代理戦争とBチーム
アーマックバトルリーグの歴史はさほど長くはない。
宇宙に進出した人類は当初、母星で過ごした時と同様に争いを繰り返していた。いくつかの惑星に移住した後も、それは変わることがなかった。
何度かの惑星間戦争を経て、人類は滅亡の危機に瀕した。そこでようやく、争いを終わらせる概念が誕生する。後に【システム】と呼ばれる仕組みにより、人類は変わった。争うよりも協調を、奪うよりも共有を尊ぶようになったのだ。
それでも人は戦いの本能を忘れられない。その欲を満たすため【システム】は、ルールの上に成り立つ代理戦争を提案した。
それが約百五十年前。アーマックバトルリーグの誕生だった。
そして現在、漆黒の宇宙を三体の巨人が飛翔する。赤と白に塗装された、ヴァンクス・ソルジャーズに所属するアーマックだ。
ソルジャーズ発足にともない他チームから引き抜かれたベテランパイロット、サム・ゴトーが搭乗するソルジャーフォー。
訓練校上がりのルーキー、ジャン・クリストが乗るソルジャーファイブ。
同じくルーキー、ヒロ・ミグチのソルジャーシックス。
ソルジャーズでは彼らを便宜上、Bチームと呼称していた。
『ソルジャーフォーより各機、敵さんはまだ見つからんようだ。慎重に索敵を続けてくれ』
ヒロが乗るソルジャーシックスのコクピット内に、リーダーであるサムの声が届く。戦闘エリア外に設置された指揮所では今頃、監督のルーサス・ニーを中心に周辺映像を分析していることだろう。
『ファイブ、りょーかーい』
「シックス、了解」
バトルリーグのルールにより、指揮所と通信できるのはリーダー機のみだ。ジャンとヒロはサムの指示に従って、索敵を続ける。
リーグ開幕戦、ジートニン・ヒーローズとの二連戦は完敗に終わった。他チームとの戦闘でもソルジャーズは黒星を重ね続け、計八戦全敗という悲惨な状況になっていた。その内三戦で出撃したヒロも、三回の死を経験した。
新規参入チームが受ける洗礼としては当たり前ではあるが、戦っている本人たちや経営陣は焦りを募らせていた。
今回の戦場は【惑星エミ】周辺の宙域だ。宇宙開拓中期に植民が始まった大型の惑星で、雨の惑星とも呼ばれている。
対戦相手は【トーキ金属】に所属する【ファイターズ】だ。トーキ金属が製造販売する特殊金属は、宇宙船や宇宙コロニーの外板などに使われてる。彼らが運用するアーマックの装甲板にも、その技術を応用した金属が用いられていた。
「厄介だな」
ヒロが毒づくのは、その装甲板についてだ。今シーズンからファイターズの機体に採用されたそれは、周囲に合わせて色を変化させる特殊な金属が素材となっている。
レーダーや熱源センサーへの反応も弱く、機体の発見が非常に困難な代物だ。さらに装甲としての強度も高く、対戦相手としては大変厄介な存在だ。
今シーズンのファイターズは、その特性を十分に活用し、潜伏から急襲という戦術を多用していた 。開幕から全勝という好成績で、リーグではヒーローズと並ぶ同率首位に立っている。
『ありゃ、バカ売れだろうな、鉄板屋』
『私語はなしだ、ソルジャーファイブ』
『あいよ』
アーマックバトルリーグは、チームを所持する各企業の技術見本市という側面も持っている。ジャンの悪態どおり、トーキ金属には問い合わせが相次いでいることだろう。
ヒロ達もスポンサーのため、ヴァンクス重工の技術力を見せつけなければならない。それが、プロとして雇われたパイロットの仕事だ。
「ん?」
サムとジャンのやり取りを無視したヒロは、自身の全周を囲うモニター映像に違和感を覚えた。点々と輝く恒星の配置に、少しだけズレがあるような気がしたのだ。
「こちらソルジャーシックス、発砲許可を求む」
『見つけたのか?』
「わからないが、気になる」
無敵と思われる特殊装甲には、唯一ともいえる弱点があった。爆発による衝撃や粒子ビームによる熱を受けると、変色機能が一時的に停止することがある。
じっくりと観察し、違和感があれば攻撃してみる。それが、他チームとの戦闘記録を研究し、辛うじて導き出した対策だった。
「怪しいと思ったら撃ってみろ、ということで、どうだろう?」
『よし、許可しよう』
「了解」
ヒロは機体を左下側に傾ける。改めてモニターを注視し、違和感が変わっていないことを確認した。
「プログラム三三四」
音声入力により、操作プログラムを巡航索敵用から射撃戦闘用へと切り替える。
脳波コントロールへの適合がないヒロは、アーマックの操作をマニュアルで行う。ただし、完全に手動で動かすわけではなく、動作プログラムを使い分けることで操作を簡略化していた。
プログラムの種類は細かな違いを含めると、四百ほど。ヒロはその全てを把握し使い分けていた。
「いけ!」
こちらが気付いたと察知される前に仕留める。ヒロは必殺の思いを込めて、操作レバーのボタンを押した。
ヒロの操作を受け、ソルジャーシックスが持つ短砲身粒子ビームガンから、光の束が発射された。圧縮され超高熱となった金属粒子が、瞬時に違和感の元へと届き、炸裂した。
ビームの着弾に合わせ、コクピットの中に轟音が響く。音のない宇宙空間でもパイロットが状況確認しやすいよう、機体のコンピュータで合成された音だ。
『ビンゴ!』
ジャンの浮かれた声がヒロの耳に届く。
「いや、だめだ」
残念ながら直撃ではなかったようだ。モニターに灰色の機体が映る。左腕の外部装甲が吹き飛び、薄い装甲に覆われた内部フレームがむき出しになっている。
ずんぐりとしたシルエットは、機動性よりも防御力を優先していると言外に告げていた。ビームが掠めた程度では、撃破できない程の重装甲だ。
『仕留めろ!』
『おう!』
「了解!」
サムの号令でヒロはビームを連射した。後方からはジャンの放ったミサイルが届く。敵機は爆煙に包まれた。
『やったぜ、一機げきつ』
ジャンの声が途切れる。
「しまった!」
振り向いた時はもう遅かった。
ソルジャーシックスのモニターには、ソルジャーファイブの残骸と、回避運動を始めたソルジャーフォーが映る。そして、その向こうには多連装レーザー砲と思われる武器を構えた、灰色のアーマックが二機。
「プログラム二五九!」
ヒロは叫ぶように、緊急回避に特化した動作プログラムを呼び出した。
敵機から雨のようにレーザー弾が連射された。
「ぐうっ!」
機体を小刻みに上下左右に動かす。
衝撃により意識が飛びそうになる。
視界の端で、ソルジャーフォーが爆散した。
高機動仕様の愛機は、ヒロの操縦にしっかりと応えてくれる。しかし、虚をつかれた後の集中攻撃を全て回避することはできなかった。
右脚、左肩、頭部が順番に破壊されていく。
「くそっ……!」
非常警報が鳴り止まないコクピットの中、ヒロは自分の死を確信した。
「リエ……」
明るく微笑むひとりの女性が頭に浮かぶ。
自らの肉体が蒸発する感覚と共に、ヒロの意識は宇宙に消えた。
ヴァンクス・ソルジャーズとトーキ・ファイターズとの二連戦、初戦はファイターズの勝利に終わった。二戦目は三日後、惑星エミにて行われる予定となっている。
───────────────────
惑星エミからはるか遠く、宇宙を航行する大型輸送船の一室に歓声が轟いた。防音仕様のため、それが外に漏れることはない。
「叫んだらうるさいですよ、お嬢様。中継終わったなら、さっさとスーツ脱いでください。着替え置いてありますよ」
「いや、だってね、凄いよ。あれ見つけちゃうなんて、凄いよ。私のヒロさん凄いよ」
「はぁ、そうですか。お嬢様のではないと思いますが」
「うん、決めたっ!」
先程までレディ・ダフネだったロリエーナは、マリーの皮肉を露骨に無視した。ウィッグを頭にひっかけ、脱ぎかけのパイロットスーツのまま、携帯端末を脳波で操作する。
「……あ、もしもしお父さん? 私。そう、今部屋に戻ってきたところ。あのね、お願いがあってね。ほら、次の対戦はエミでしょ? そうそう、ファイターズ。でね、先入りして視察したくて。あとできれば観光も。うん大丈夫、もう危険なことしないから。マリーもいいって言ってるし。どうかな? わぁ、やったありがとう! お土産買ってくね。はーい、またねー。……よし!」
「よしじゃないです。私はいいって言っていませんし」
「だめ?」
ロリエーナは長身の使用人を覗き見る。
「はぁ、仕方ないですね」
「ふふ、ありがと」
ロリエーナは上機嫌でウィッグを外すと、そっとベッドに置いた。
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