第6話:食事と応援
「ごめん、冗談でした」
四人で席に着き料理を注文してすぐに、ジャンは深々と頭を下げた。罪悪感に耐えられなくなった様子だった。ジャンの言動には慣れているヒロも、さすがに笑えない冗談だった。
「では、おふたりはどんなお知り合いで?」
なんとか平静を取り戻したリエが尋ねる。ヒロとジャンの組み合わせは、はたから見ればかなり異質だ。疑問に思うのも仕方がない。
「先に自己紹介させてくれ。俺はジャン・クリスト。で、こいつとは長年の親友だよ」
ジャンは恥ずかしげもなく親友と口にする。隣で聞くヒロはどこか照れくさい気持ちになった。ヒロからは言わないが、それは事実だと思っているので否定はしない。
「え、ジャン・クリスト……さん?」
「ああ、ヴァンクス・ソルジャーズのパイロットだよ。噂の適合率八十パーセント大型ルーキーってな」
「んーと……」
リエが驚くのは当然だと、ヒロには理解できた。バトルリーグのファンであるならば、おそらくジャンのことも知っている。ただし、長身で細身、そして整い過ぎた顔立ちをした青年のジャンをだ。
「まぁ、いろいろあって、今はこの体なんだ」
「はぁ」
「こいつから、ある程度聞いてるよ。事故にあったって。いやー、無事でよかった」
「え?」
「ああ大丈夫、こいつ口が堅くて君の個人情報はさっぱり聞き出せなかったから」
完全には理解しきれていないリエを見つつも、ジャンは会話を進めた。ヒロへのフォローも忘れないところが、彼のコミュニケーション能力の高さを表している。
「そうなんですね」
「うん」
ヒロに向かって微笑むリエ。なんとか相槌をした直後、テーブルの下でジャンの肘が脇腹にめり込んだ。痛みをこらえつつ、友人なりの『しっかりしろ』との意思表示を受け取った。
「私のことはリエと呼んでください。で、こちらは、ええと」
「リエの友人のマリーです。よろしくお願いします」
マリーと名乗った女性が、貼り付けたような笑顔のまま頭を下げた。うなじで括った焦げ茶色の髪が、前側に垂れる。明らかに友人とは思えない雰囲気だが、ヒロとジャンは黙って愛想笑いを浮かべた。
「偶然ですよね。マリーと観光をしてて、また、会えるなんて」
「うん、まさか翌日とはね。驚いたよ。あれから大丈夫だった?」
「はい、ええと、なんとか」
ヒロの問いかけに、リエは自分の指を絡めながら曖昧な返事をする。ジャンという事情を知らない者の前で、細かな話などできるわけがない。気付くのが遅れたヒロは迂闊な自分を殴りたくなった。
「よし、マリーさん、二人で語り合おう。あっちの席が空いているぜ」
「はいそうですね。そうしましょう」
唐突にジャンが立ち上がり、マリーへと声をかける。数秒と間を置かず「そういうわけだ。じゃぁな、また後で」と言い残し、二人は少し離れた別の席へと移っていった。
「ふたりに気を遣わせてしまいましたね」
「そうみたいだね」
「ジャンさん、あんな方だったんですね。パイロットリストを見た印象と違ってびっくりしました」
「そりゃ、そうだろうね。あれだもんな」
「ですね。ふふっ」
笑いをこらえきれないリエにつられるように、ヒロも目を細める。目が合った二人は揃って吹き出した。
「では、可愛らしいジャンさんに甘えて、お話聞いてもらえますか?」
「ああ、どうぞ」
昨夜別れた後のことは、ヒロとしても気になっていた。彼女の話せる範囲で聞きたいと思っている。
「あの後、両親にだいぶ叱られました。あんなに強く言われたのは初めてでした。ですので、改めて死ななくてよかったと思いました。本当にありがとうございました」
「ううん。余計なことじゃなくて、俺もよかったよ」
あの時は、体が勝手に動いたような感覚があった。アーマックの操縦をしている時さえ考えてから行動するヒロにとっては、初めての経験だった。結果としてリエを救うことができたのは、素直に誇らしい。
「それと、謝りたいと思っていました。助けてもらったのに大したお礼もなく、お別れしてしまって」
「気にしないでいいのに」
「いえ、私の家の事情に巻き込みたくないと思ってはいたんですが、あまりにも失礼だったなって。だから今日、偶然だったとしても会えてとても嬉しいです」
「うん、俺もまた会えて嬉しい」
「え、そうなんですか! よかったぁ」
思わず口から出た一言に、リエは弾むように言葉を返す。照れくさくなったヒロは後頭部へ手を当てて視線を上に向けた。
「じゃぁ、じゃぁ、私から質問してもいいですか?」
「ああ、いいけど」
「私が別れ際に言ったこと、覚えてくれてますか?」
「覚えてる」
「そうですかー! 今更ですが照れちゃいます」
勢いよく話すリエに、ヒロは少々驚いていた。元来はこういう性格なのかもしれないと感じ、彼女に少しだけ近づけた気がした。
「俺なんかのどこでファンに? できたばっかりの弱小チームで他からの引き抜きでもない、訓練生上がりのさ。ジャンだったら、すごい適合率で話題になったし理解できるけど」
「なんか、なんて言わないでください」
むっとした表情を見せたリエは、ヒロの前に人差し指を立てた。自分を卑下しがちなのは、ヒロの悪い癖だ。ファンだと言ってくれた相手の前でのそれは、失礼に値することに気が付いた。
「私は、誰がなんと言おうと、ヒロさんのファンです。小一時間語れますが、語りましょうか?」
「お手柔らかに」
ヒロの苦笑を受けたリエは、にやりと白い歯を見せた。
「おまたせしましたー。ミーソカツテーショでーす」
「ありがとうございます。あ、ふたつはあちらの席にお願いします」
「かしこまりましたー」
「では、いただきましょうか」
ちょうど料理を運んできた店員に礼を言い、リエは両の掌を合わせた。その不思議な仕草にヒロは首を傾げた。
「この
「そっか、じゃぁ俺も」
披露された豆知識に合わせ、ヒロもリエの真似をした。そんな些細なことが楽しかった。
「お行儀悪いですけど、食べながらお話させてください」
「どうぞ」
ヒロはナイフとフォークを持ちながら、リエの言葉に耳を傾けた。盆には恐らく食器であろう二本の棒も乗っていたが、使い方がわからなかった。
「今シーズンからの新参加チームなので、気にしてたんです。そしたらびっくり、適合率ゼロって書いてある人がいたんです。そんなパイロットいるわけないと思っていましたから。あ、気を悪くしないでくださいね、ここから先が大事なところなので」
アーマックの操縦には、レバーやスイッチを使う方法と脳波を使った方法とがある。後者の方が機械の操作という手順を挟まずにアーマックを動かせるため、素早く正確な動作が可能だ。通常のパイロットは、それら二種類の方法を組み合わせてアーマックを手足のように操る。そして、脳波での操縦には、個人が生まれつき持つ才覚が大きく影響した。
「あくまでも私の中の普通ですけど、適合率ゼロだったら、アーマックのパイロットになろうなんて思わないはずなんです。でも、この人はパイロットに登録された。そこにはきっと、すごい決意や努力があったんじゃないかなって。どんな理由かは私にはわかりませんが、その人の想いを想像すると、涙が出てきてしまって」
バトルリーグの歴史では【適合率】と呼ばれる脳波コントロール率の高い者ほど、優秀なパイロットして評価されてきた。そんな中、ヒロは適合率ゼロ、つまり全て手動での操作でアーマックのパイロットとして選ばれたのだ。それは異例中の異例だった。
「さらに、初戦のあの動きですよ。他の二機は牽制用のミサイルに素直に当たっちゃったのに、唯一それを回避迎撃した上にですよ、その後の狙撃まで避けたんです! あの動きにはシビれました。正直、舐めてました、ごめんなさい」
「いや、謝るところでは……それに、その後すぐに撃墜されたし」
「いやいやいやいや、初戦は様子見で、あそこで出張る想定はしてませんでした……って、思います。私はあれで、ヒロさんを凄いパイロットだと確信しました。それで、ますます大ファンになったんです」
褒められるのは照れくさかったが、リエの言い回しとハトヨ市の郷土料理は、ヒロの好みに合った味だった。
「ありがとう。おかげで自信が持てたよ」
「それはファンとして嬉しい限りです」
料理を食べ終え、ヒロとリエはジャン達と合流した。あちらはあちらで、かなり意気投合したようだった。
「昨日のお礼も含めて、私に払わせてください。別の意味でジャンさんの分も」
「わかったよ。ごちそうさま」
「あの、最後にひとつ聞いてもいいですか?」
「ん? どうぞ」
「えっと、ヒロさんの目標ってなんですか?」
随分と気安く話すようになったリエだったが、その質問をする態度は初対面の頃に戻ったように緊張していた。ヒロは言葉を濁さず、正直に答えようと思った。
「流麗の女神を初めて殺すパイロットになる」
「あ、え、え、そ、そうなんですか」
「で、俺でもトップエースになれる証明をしたいんだ」
「そっかぁ、そうですかぁ……あは、素敵です」
リエは頬を紅潮させ、泣き笑いのような複雑な表情を浮かべた。
「高望みかもしれないけどさ、憧れた人は自分で超えたいからね」
「あっ、はい。ですよねっ! 応援してます! それでは、私達はこれで」
慌てた様子で手を振り去っていく二人を、ヒロとジャンは呆気にとられつつ見送った。
「脈ありまくりじゃないか」
「なんの脈だよ」
「で、連絡先は聞いたんだろうな」
「あ……」
「おい」
ジャンのつま先がヒロの脛に突き刺さった。
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