第4話:命綱と目標

 死んでみたかったと、彼女は言った。死にたかったではなく、死んでみたかった。まるで、何度も死ねるかのような言い回しだった。


「それって、どういう……」


 ヒロは言葉の途中で口を閉じた。そんな言い方ができるのは、限られた人間のみだと気付いたからだ。


 この時代、人の生まれ方には二種類あった。

 本来の人として自然な、母体から出産される方法。そして、人工子宮から生産される方法だ。現在は後者が主流となっている。宇宙開拓前から続く出生率低下への対策が転じ、宇宙時代の人口調整の手段となった結果だ。

 自然出産は許可制がとられ、趣味嗜好のひとつとなっていた。各プロセスで多額の費用がかかるため、権力者や資産家のステータス扱いというのが実情だ。

 

 通常に生産された子供たちは、政府直轄の養育機関にて育てられる。治安維持の観点から『法を守れ』『自らや他者に危害を加えるな』等の重要事項は、幼い間に睡眠学習装置にて思考に刻まれることが義務付けられていた。


 アーマックのパイロットなど、一部の職業は特定条件下のみ刻まれた制約が外される。子供の頃から染み付いた思考を時と場合によって切り替えられるよう、パイロットの訓練校では数えきれないほど死に、殺す。ただし、勝利に向けた行動でない限り、自死は認められなかった。

 

 少しだけ思考を巡らせれば、彼女がどんな何者かを推測できる。自殺という概念を持つ時点で、特別な存在だ。それにもかかわらず、周りに使用人や護衛の姿がない。

 恐らく、何かしらの方法で一人になったのだろう。


「もしかして軌道エレベ」

「待って」


 本日最終便の軌道エレベーターに駆け込んだ乗客がいたことを思い出した。迂闊にも言葉に出しかけたヒロを、女性が制止した。


「あの、これは内緒ということで、どうでしょう? お互いのためかなって」

「あ、ああ」


 女性はそう言って、唇の前に人差し指を立てた。ヒロは頷くことしかできなかった。


「たぶん、すぐに迎えが来ます。ほら、エレベーターが動き出しました」

「え、でも最終便」

「その程度、父の一言でなんとでもなっちゃうんです」


 ヒロは座り込んだまま、儚げに微笑む女性を見つめた。何か言うべきとは思いつつも、気の利いた言葉が浮かぶはずもなかった。


「あの、少しだけお話させてもらえませんか? 少しだけ」

「あ、うん」


 状況から判断するに、ここは断るべきだったはずだ。彼女が誰の娘かは見当もつかないが、こんなところを見られたらヒロにとって不利にしかならないだろう。しかし、なぜか了承してしまった。

 ヒロ自身がその理由を理解するのは、後日になってからだ。

 

「よかった。ありがとうございます」


 礼を言った女性は、ヒロの横に座り込んだ。白い服が汚れることは気にとめていないようだった。


「えっと……」

「あ、失礼しました。えっと……リエと呼んでもらえれば」

「了解。リエさん。俺は」

「あ、私にさんはいらないかなって、思うんですが、どうでしょうか。今だけでいいので」


 自分も名乗ろうとしたヒロの言葉は遮られた。名乗らなくても良いという意思表示なのだろう。

 

「わかったよ。リエ」

「はいっ」


 リエと名乗った女性は嬉しそうに笑った。明らかに偽名ではあるが、ヒロはそれに触れることはしない。


「で、話って?」

「ずっと、誰かに聞いてもらいたくて、でも誰もいなくて」

「死にたい理由とか?」

「はい、それです。きっと怒られちゃうような理由ですよ。あと、気持ちの整理もしたくて」


 壊れた柵を見つめながら、リエは言葉を続けた。立てた膝の前で自分の指を絡めている。どうやら癖のようだった。


「これ、何か知ってますか?」


 リエが左手首をヒロに見せる。一見、銀色のブレスレットだが、ヒロにはそれが何かすぐに理解できた。

 外観こそ違うものの、同様のものを自分も身に付けている。精神のバックアップを取り、随時サーバーに送信する機械だ。ヒロ達アーマックのパイロットは【命綱】と呼んでいる。


「あ、その様子だと知ってますね?」

「うん」

「一応、アクセサリーって見えるようにしてもらったけど、知ってる人にならバレちゃいますよね」

「まぁ、そうだろうね」


 自分も同じ機能のものを身に付けているとは言えず、ヒロは曖昧な返事をした。手首まで隠れる長袖を着ていて助かったと思う。


「自分で言うのもおかしいんですが、私、それなりのお嬢様でして」

「うん。なんとなくわかってた」

「生まれてからずっと、父の言うことに従ってきました。これを着けるのも、事故や事件に巻き込まれた時のためだって。今だって、父の仕事の手伝いでこの星まで来てるんです」

「そうか」


 相槌を打ちながら、リエの横顔を覗き見る。彼女には、親という存在を知らないヒロにはわからない苦労があるのかもしれない。

 

「父は子供を産ませるために、母と結婚したそうです。私は両親にとって、念願の子供だったみたいです」

「子供を産むためだけに結婚?」

「まぁ、最初そうだったらしいです。今は私の前でもお構いなしにラブラブしてますよ。見てて恥ずかしいくらい」

「ああ、そうなんだ」


 苦笑するリエを見る限り、自殺の理由は両親との不仲からではないようだ。


「あ、話が逸れちゃいましたね。話しやすくって」

「それはどうも」

「本題に戻りますね。私、見ての通り、甘やかされて育ちました。自由になりたいとか、逃げ出したいとか、そういうのも思わなかったんです」

「じゃあ、なんで?」

「そうなっちゃいますよね」


 当然の疑問だった。なんの不満もなく育った彼女が自ら死を選ぶという意味が、ヒロには理解できなかった。


「十年くらい前かな、アーマックのパイロットさんは、何度も死んでいるって知りました。それ以来、バトルリーグで……あ、いえ、バトルリーグを見るようになりまして」

「バトルリーグ……」


 まさかリエの口からそんな言葉が出るとは思ってもみなかった。深窓のお嬢様が、野蛮とも言えるアーマックの戦いを知っていたとは。ヒロは思わず間抜けな声を上げた。


「私と全然違うのに、私と同じく死んでも戻ることができる。あの人達は、何を思って死んで、何を思って生き返ってるのだろうと、考えてしまったんです」

「それは……」


 その答えのひとつを、ヒロは持っている。アーマックのトップエースになる。そのために【流麗の女神あのひと】を殺す。目的のためなら途中で自分が何度死のうが構わない。

 だが、そんなことを初対面のリエひとには言えなかった。


「きっと私も、死んでみたら何かがわかるのかなって。父に従うだけじゃなくって、自分が何になりたいのか、何をしたいのかって。まぁ、実行に移そうと思うまで何年もかかったんですけどね」

「死なないと、わからないのかな」


 本来、人は一度死んだら終わりだ。死んでもやり直しがきくという状態は異常なのだ。ヒロ達アーマックのパイロットはそんな異常の中で生きている。

 リエのようにまともな人間は、死を自分探しの手段にしてはいけないと思う。彼女が最初に『怒られるかも』と言ったのは、これを見越してのことだったようだ。

 

「死んでも大丈夫なら、死んでみてもいいかと思ったんです。生き返った代わりの私が私をやってくれるので」

「大丈夫じゃ、ないと思う。死んでいい命なんて……」


 アーマックのパイロットだけだ、と続けようとしてヒロは口をつぐんだ。なんとか濁したが、ヒロのいらだちはリエに伝わってしまっただろう。


「ごめんなさい。助けてもらったのに、こんなことを言ってしまって」

「ああ、うん」

「さっきはすごく嬉しかったです。どこの誰だかわからない私を、あんなに必死に……」

「まぁ、危なかったから」

「よしっ!」


 掛け声と共に、リエは立ち上がった。どこかすっきりしたような顔をしている。

 

「お話聞いてもらって決心できました。私は自殺するのをやめます」

「そっか、よかった」

「もったいないですもんね、初めてを自分で捨てちゃったら」

「は?」


 ヒロが首を傾げると同時に、軌道エレベーターから駆動音が聞こえた。


「そろそろタイムリミットですね」

「そうだね」

「今日はほんと、ありがとうございました。おかげで目標ができました」

「目標?」

「内緒ですけどね」


 リエは先程と同じように、口の前に指を立てた。ヒロは座り込んだまま、その姿に見とれていた。


「またお会いできたら嬉しいです。そうだ、誕生日おめでとうございました。ヒロ・ミグチさん 」

「は?」

「気付いたのはさっきですけどね」

「俺が誰だって、知ってた?」

「はいっ!  私、実はヒロさんの大ファンなんです!」


 眩しいばかりの笑顔で言い放つと、リエは踵を返した。


「なんだ、そりゃ」


 軌道エレベーターの搭乗口に走るリエを、ヒロは呆然と見送った。

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