第2話:相棒と反省会

『パイロット各位は復帰次第ミーティングルームに集合してください。繰り返します。パイロット各位ミーティングルームに集合してください』


 ボトル入りの水を一口飲んだヒロの耳に、呼び出しのアナウンスが入ってくる。ミーティングという名の反省会へご案内だ。


「ふぅ、行くか」


 重い気持ちは体にまで影響するようだ。今シーズンから参入したばかりのチームが、優勝常連のチームに初戦でぼろ負けした。当然の結果なのだが悔しいものは悔しいのだ。

 膝を叩き立ち上がったと同時に、目の前の自動ドアが開いた。


「お、ヒロ、生き返ったなー。行くぞー」


 軽薄な言い回しと共に室内を覗き込んだのは、金髪を小さいツインテールに結った少女だった。長いまつ毛と吸い込まれそうな青い瞳、小さな唇。あどけないがらも、あまりにも整いすぎた容姿をしていた。

 ぶかぶかの赤白つなぎを着ているあたり、チームの関係者なのかもしれない。見覚えのない顔だが、無遠慮極まりない態度に正体の見当はついた。


「ジャンか」

「あ、ばれた?」

「そりゃ、わかるだろ。言葉遣いとか態度とかで」

「さすが相棒!」


 少女は満面の笑みで指を二本立ててみせた。

 ヒロを相棒と呼ぶのは、訓練所からの友人であり現チームメイトのジャン・クリストだけだ。しかし、彼は純然たる男だ。かなりの美形ではあったが、こんな背格好はしていない。

 

「許可が取れたからさ、さっそく使ってみたんだよ。ヒロを驚かせようと思って」

「あー、驚いたー」

「驚いてないだろ、それ」


 現在の法律では、本来のものではない身体に精神を入れる行為は禁止されている。誰もが気軽に身体を変えてしまうのは、健全な社会ではないという理由だ。実際、過去には犯罪の温床となったと歴史の授業で学ばされた。

 ただし、例外的に別の姿でも本人として認められる制度が存在する。【人類精神管理局】に申請をして許可を得るのだ。もちろん、一般的には簡単に通らないものではある。


「お前、よく許可通ったな」

「アーマックのパイロットには甘いみたいよ。まぁ、常に死んでるから許されるんだろな」

「制度の悪用」

「いやいやいや、ちゃんと正規のルートだから!」


 性別を変えた身体に乗り換えるのはジャンの念願だ。彼がパイロットを目指したきっかけでもある。以前、本人の口から語られたことだ。ヒロにしか伝えていないらしい。

 ヒロとしては、そんな欲求に正直なところが嫌いではない。違法でないならば、軽く悪態をついてやるくらいがちょうどいいと思った。

 

「ほらほら、じっくり見ていいぞ。金髪ムチムチ美少女だぜ。ちゃんと成人証明も登録してもらったから完璧に合法」

 

 合法少女となったジャンは、ヒロに流し目を送ると両手で髪束を弄んだ。


「つまり変態だな」

「いやー、そうでもないってー。照れるな」

「褒めてない。反省会行くぞ」

「もっと反応してよぉ、ヒロくぅん」

「はいはい」


 わざと甘い声を出すジャンを置いて、ヒロはミーティングルームへと向かった。


 人類が、増えすぎた人口を支えきれなくなった母星を旅立ち、長い年月が経った。現在では、四十八の惑星へとその生活圏を広げていた。

 ここは三つ目の植民である惑星チーアの衛星軌道上。星を囲むリング状の巨大構造物からは、計八本の軌道エレベーターが地上へと突き刺さっている。巨大な輪の内部には、宇宙港やホテル、商業施設などが作られ、人の暮らす場ともなっていた。古い時期の惑星開拓で頻繁に使われた仕組みだ。

 

 ヒロたちは今、主に宇宙船の推進器を開発・製造してるヴァンクス重工が出資するアーマックのチーム【ソルジャーズ】として、リング内の一角に滞在している。

 ミーティングルームとして割り当てられた小部屋の前に立ち、自動ドアが開くのを待った。

 

「よし、ヒロ、お疲れ」

「お疲れ様です」


 他のメンバーは既に集合していたようだ。ソルジャーズ監督のルーサス・ニーが、ヒロを迎える。

 恰幅のいい体の上に人懐っこい顔を乗せた男だ。指導者として非常に優秀で、新参チームのまとめ役として欠かせない存在となっている。

 

「おーつかれさまでーす」

 

 ヒロの後ろから顔を出したジャンが元気よく挨拶をする。完全にミドルティーンの少女になりきっていた。

 

「ええと、誰?」


 巨体が自慢のチームリーダー、サム・ゴトーが困惑した声を上げる。他のパイロットやメカニック担当など、チームメンバーの視線がヒロとジャン(金髪ムチムチ合法美少女)に集まった。何かしらの誤解をされているような気がして、ヒロの背中に変な汗が伝った。

 

「ジャンでーす。あれ、監督には金髪ムチムチ合法美少女になるって言っておいたけど、みんな知らなかった?」

「ああ、そういえば報告来てたわ。連絡するの忘れてた」

「律儀な俺と雑な監督!」

「じゃぁ、ミーティングを始める。疲れているだろうから手短にな」

 

 非難の視線を向けるメンバーから目を逸らし、ルーサスは三次元モニターが内蔵されたテーブルに手をついた。


「まぁ、最初からあんなの、どうしようもない。切り替えて、ゆっくりじっくり研究していこう。目標は今シーズン中にヒーローズから一勝。一回でも勝てば、お前らも俺もスポンサー様の英雄だ」


 こういう言い方のできる男だから信頼できると、ヒロは思う。続く実戦的な戦術アドバイスを聞く気持ちにもなるものだ。

 ジャンも見た目や態度とは裏腹に、真面目に参加している。自分の趣味を守るためという不純な動機でも、勝つために必死という点では皆と同じだった。

 

「よし、これで解散。パイロット共は今夜と明日しっかり休め。気を休めるのも戦いのひとつだ。チーアにもホテルとってあるから、早々に降りるのもいいぞ」


 実質一時間弱。当初の宣言通りにミーティングは短めに終わった。ヒーローズとは二連戦の予定が組まれており、次の試合は明後日だ。

 先程の戦闘でヒロ達の機体は破壊されてしまったため、二日で替えの機体を用意する必要があった。間に合わなければ、本日のメンバーは出撃の候補から外されることになる。

 この時代、殆どの機械はオートメーションでの整備が行われている。しかし、アーマックについてはリーグのレギュレーションにより、人の手を介在させることが義務付けられていた。


 パイロットの身体と同じく予備があるとはいえ、調整や整備でメカニックは寝られなくなるだろう。高適性かつ好き好んで機械をいじるような人材を登用しているとはいえ、大変なことに変わりはない。彼らの努力に応えるためにも、ヒロたちは全力で英気を養う必要があった。

 

「ようヒロ、明日はどうすんの?」


 宿舎エリアに向かうヒロの脇腹を金髪の美少女がつつく。ちょっといい匂いだと感じてしまったのが、正体を知っているヒロとしては妙に悔しい。

 ジャンとヒロは訓練校以来続く仲だ。性格は真反対のように違うが、妙に馬があった。異端であったヒロに対して気安く接してくれたことには、今でも感謝している。今思えば、ジャンはジャンで周囲から浮いていたのかもしれない。

 旧知の仲とはいえ、男の身体であった時と同じ距離感で接してくるのは、不快ではないが少々混乱してしまう。それは悲しいことに、男として正直な反応だと思う。


「俺は今のうちから下に降りるよ。まだエレベーターの最終便に間に合うし」

「あー、まぁ、天然の重力のが落ち着くわな」

「まぁな。ジャンは?」

「俺は寝るー。んで明日の朝降りる」

「そっか、んじゃ、またな」

「おう」


 ジャンと別れ、割り当てられた部屋でつなぎから私服に着替える。軌道エレベーターの最終便まであまり時間はなかった。

 相棒の言う通り、ヒロは惑星の重力の方が良く眠れる。宇宙船での移動時間が長かったので、人工重力では味わえないずしりとした重さを恋しく思うのだ。

 ヒロは軽く荷物をまとめ、エレベーターの発着場へ急いだ。

 

『惑星チーア、ハトヨ地区への最終便、発進します』


 最終便ともなると、乗客の数は少ない。ヒロはシートに深く座り、軽く目を閉じた。


「あー、待ってー!」


 駆け込み搭乗でもしたのだろうか。若い女性の慌てた声が聞こえる。少し鼻にかかった甘い声だ。


『駆け込み搭乗は危険です。余裕を持った行動をお願いいたします』


 露骨な注意に、ヒロは小さく吹き出した。

 エレベーターが下がると共に、徐々に重くなる身体が心地よかった。

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グラビティ・ダイブ・エンゲージ ~憧れたあの人を超え、惚れたあの子を手に入れるまで、俺は何度だってこの身を燃やす~ 日諸 畔(ひもろ ほとり) @horihoho

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