第5話 本当の幼馴染

昨日のクラス会から夜が明けた翌日。結局あのあと、俺と桜坂は異質な関係性である疑いを晴らすため必死になってクラスメイトを説得。

さすがにSとMの関係でないことは認めてくれたが、俺達が幼馴染であることはどこか納得していないというか、しっくり来ていないようだった。

途中からクラス会というより、もはや尋問化しつつあった昨日のクラス会。

元々クラス会に参加する気なかった俺はこのあと用事があると定番の嘘をつき、颯爽と退店した。

クラスメイトからの疑念は完全に晴らしたとは言い難い。今日が土曜日で合ったのなら昨日の出来事も時間が忘れさせてくれる可能性もあったかもしれない。だが悲しいかな。今日は惜しくも金曜日。普通に学校だ。

まだ入学してから5日目。当然ながらクラスメイトとの関係に進展はなし。

ここで俺と桜坂の関係が知れ渡れば、速攻で噂になることは目に見えている。

1000年に一度の美少女というブランドの影響力はそれほどに凄まじい。

これではひとり優雅に過ごすことを決めていた俺の学校生活にも支障をきたしてしまう。

「これも運命ってやつか」

勉強は予習できるが、未来を予測することはできない。なるようにしかならないというのは理論上正しい。

だがそれでも、立て続けに災難は訪れないで欲しいものだ。



     ★



朝のホームルームの時間になると、担任である綾瀬先生が入室してくる。

「みんなおはよう。入学してから5日目だけど、学校生活には慣れてきたかな?」

教壇に立ちながらそんな言葉をかけてくる。慣れてきたといえば慣れてきたし、慣れていないといえば慣れていないというのが本音だろう。

クラスメイトもなんとも言えないその問いに苦笑するだけでなにか返事をすることはない。

「ふふっ。その様子だと、まだ慣れていないってところかな? でもそうだよね、まだ5日だもんね」

なにか意味を含んでいそうな独り言。その答えのヒントは、先生が手にしている束になったプリントにあるのだろうか。

「それじゃあいまからプリントを配るから、前の人は後ろの人に回してあげてね」

そうして俺の元へ渡ってきたプリントに目を通す。見出しには大きな太字で『宿泊学習』と記されていた。

「え? 宿泊学習!?」

「そう、来週の17日木曜日はなんと! 1年生だけによる1泊2日の宿泊学習が決行されることになりましたぁー!」

やたらとテンション高めでそう告げる綾瀬先生。ガッツポーズを天井に掲げ嬉しさを表現する姿はまるで子供のようだ。

その明るいテンションが感染してしまったのか、クラスメイト達も近くの席同士でざわざわと感情を共有し始めた。

「この宿泊学習は入学したばかりの同世代同士が親睦を深めるためを目的としていて、ウチの学校では毎年行われている行事のひとつなの」

入学したばかりだと学校の設備すら把握していないだけではなく、クラスメイトのことすら分からない状態でスタートとなる。この宿泊学習は人間関係を構築するきっかけとするために行われているのだろう。行われるイベントして『二人三脚』に『大縄跳び』といったマッチ戦に、『カレー作り』といったものが記されている。他にも自由行動など学生にとって嬉しい内容が盛り沢山。

確かに親睦を深めるためにはうってつけの内容だ。

「先生ちょっと質問いいですか?」

先走ってグループ作りを始めようとしていた女子生徒が質問する。

「ん? なにかな?」

「このグループ決めは後日発表するって、どういう意味ですか?」

「あーそれね? 簡単に言っちゃえば、グループ決めは私達教員側が決めることになっているから、決まり次第発表するって意味だね」

「え、それって好きなグループと組めないってことですか?」

「うん、その通り」

「「「え〜〜〜っ!?」」」

自由にグループを組むことができない返答をもらうと、それに便乗してブーイングをし始めるクラスメイト達。みんな過去の経験則から好きな人とグループが組めると思い込んでいたのだろう。

俺もそのうちのひとりだが、元々組める相手がおらず余りもの扱いされる運命だったので、こちらとしてはありがたい。

「なんで先生達が決めるんですか〜? こういうのは普通生徒達で決めるもんなんじゃないんですか〜?」

「学校側が期待している親睦を深めるっていうのは仲良い人同士を指しているわけじゃなく、関わりがない人同士のことを指しているの」

つまり知らない人とあえて関わるきっかけを与え、新たな友好関係を築けることを目的としているわけか。確かに普通なら面識のない人とグループを作ろうとは思わないしな。

「ウチの学校はそういった所も吟味しながら行事とか考えられているからね。みんなはまだ学生だから実感が湧かないと思うけど、社会に出たら知らない人とも関わっていかないといけなくなるの。ブーイングしたくなる気持ちも分かるけど、理解してくれると嬉しいかな」

中学を卒業したばかりの生徒達に社会のことを挙げられてもピンとこないことだろう。社会について語れるのは就職して実際の社会の現実を味わってきたものだけ。まだ親に守られている身分の学生にはその真の意味を理解することはできない。

教員側も意地悪をしたくてこのようなルールを設けたわけではない。そのことを理解しているからか、ブーイングをしていたクラスメイト達は顔こそ不満だが、それ以上反論の弁を唱えることはなかった。

「一応補足しておくと、グループは各クラス1名ずつ取り入れた5人の、男女別々を作ることになっているから」

俺達の学年は5クラスあり、1クラスの人数は40人。男女比率も5:5ということもあり、男女それぞれ20グループが出来上がる計算になる。

またブーイングの嵐が吹き荒れるかと思いきや、クラスメイトの誰ひとりと組めないことによる絶望で絶句していた。

「あれ? みんな黙り込んじゃって、どうかした?(笑)」

先生も急な静けさに問いかけずにはいられなかったようだ。ここまで反論の弁を述べなかった生徒がようやく声をあげる。

「せんせ〜! さすがにそれはキツくないですか〜?」

「そうですよ! せめてひとりぐらいクラスメイトと組ませて欲しいです!」

などなど。やはり大多数の生徒達がグループに知り合いがいない状況に言わずにはいられなかったようだ。

綾瀬先生は関わりがないもの同士で親睦を深めることを目的としていると公言していたが、生徒達は誤解していたようで、クラスメイト内で関わりがないもの同士で組まされると思っていたらしい。あのとき反論の弁を唱えなかったのはクラスメイトであればまぁいいかという許容の余地があったから。それを裏切られた生徒達に許容の余地がなくなってしまった。

「先生に言われても……もう決まっちゃったことだし、変えられないよ〜。他のクラスでもこうして伝えちゃっているし。それにみんな、これは宿泊学習。ただ遊びに行くわけじゃないんだからね?」

綾瀬先生は言っていた。社会に出たら知らない人とも関わっていかないといけないと。きっと今回の学習の部分はそういう意味も関係しているのだろう。親睦を深めるのが目的とはいえ、そこになにかしらの学びを得てもらう意図があるはず。

綾瀬先生の言う通り学習って名目で行われる以上、ただ楽しかったで終わらせるわけにはいかない。それが教育する立場として課せられた、責任の伴う使命。

「もちろん親睦を深めるのが目的なんだから楽しまないとダメ。けど、楽しいだけで終わってしまっては高校生としてちょっと恥ずかしいと思ったほうがいいかな」

柔らかいニュアンスでそう告げた綾瀬先生だったが、その裏に秘められている厳しい言葉も突き刺してくる。その言葉は生徒達にも心の底では突き刺さり、自分達がいままさにどれほど幼稚で未熟な行為をしているか現実を突きつけられたようだ。

好きな人とグループを組みたい。行って楽しかった。ただ自己満足だけのためにわがままを言っていいのは小学生まで。そんなニュアンスがひしひしと感じ取れる。

直接口に出さなくともそう伝えることができるのは、綾瀬先生の持つ無邪気で明るい性質がゆえ、現実から目を逸らしたくなる黒い部分がより際立ってくるからか。

なにはともあれ綾瀬先生の放った言葉は、さっきまでブーイングの嵐を吹き起こしていた生徒達を一蹴して黙らせることに成功した。

「そういうわけだから、みんなよろしくね? 当日は学校に集まってからバスで向かうから。集合時間と持ち物、あと注意事項などはプリントに記載してある通りだから、各自目を通しておいてね」

最後になにか質問があったらいつでも聞いてねと付け加え、宿泊学習についての連絡は終了となる。

「桜坂さん」

「えっ? あ、はいっ」

「ちょっといいかな?」

「……はい」

自分の名前が呼ばれたことにビクッとしてしまう桜坂。綾瀬先生に廊下にでるよう手招きされ、そのままふたりは一緒になってどこかへ向かって行く。

俺はそれを遠くから見届けながら、あいつなにか悪いことでもしたのか? と内心呟く。だが、すぐに合点。

(昨日の件か)

昨日は北高の生徒が突如乱入というハプニングが起こったものの、俺達がなにか悪さをしたわけじゃない。

心配する点はなにひとつないと思った俺は、改めてプリントの内容に目を通した。



     ★



その日の放課後。呼び出しをくらった桜坂から昨日の件について話されることはなかった。

問題なく事が収まったのだろうと一安心した俺は帰宅する準備に取り掛かる。

「九条くん」

「はい」

「ちょっと聞きたいことがあるから、一緒に来てもらっていい?」

「……分かりました」

桜坂と同じような形で、今度は俺が呼び出しをくらう。

なにかやらかした覚えはない俺は、根拠もない不安に駆られる。

「あなた、なにか悪いことでもしたの?」

「いや、してない」

入学してから5日目。振り返ってみても問題になるような行動を起こした記憶はない。記憶がないだけで気付かぬうちに迷惑行為をしていたとなればそれっきりだが。

「ふふっ。ま、行ってらっしゃい」

「他人事だと思って……」

口元に手を当て、ぷぷぷっと薄ら笑みを浮かべる桜坂は面白がっている。モノクマかお前は。

「はぁ……。なんなんだ全く」

廊下で待っている綾瀬先生の元へ向かうと、綾瀬先生は歩き出す。そのあとを付いて行く俺だったが、周りからは変な眼差しを向けられている気がする。まだ悪さをしたと決まったわけじゃないので勝手な憶測はやめて欲しいものだ。

数十秒が経ったところで綾瀬先生は歩みを止める。止まった前には部屋があり、上に飾られたプレートには『生徒指導室』と記されていた。

(え、やっぱ俺なにかしたのか……?)

物騒な部屋を前にして、俺の心はざわつくばかりで落ち着かない。心臓の鼓動は少しだけ早くなったような感じがして、呼吸も浅くなり吐き気を覚えるような感覚が。

綾瀬先生は部屋の鍵を開けると、俺を中へ入るよう誘導する。

「どうぞ、中へ入って?」

「はい。失礼します……」

中はテーブルを中心に向かい合っている革製のソファが置いてあるだけの質素な部屋。

俺が片方に座ると綾瀬先生はもう片方のソファに座り始めた。

「急に呼び出しちゃってごめんね? このあと用事とかあった?」

「いえ、特には」

「そっか、なら良かった」

綾瀬先生はポンっとなにかを思い出したように手を打つ。生徒とはいえお茶出しをしていないことに気づいたようだ。

すぐに給湯器でお湯を沸かし、茶葉の入った急須にお湯を注ぎお茶を出してくれた。

差し出された香り高いお茶を手にし、一口だけ飲む。口の中でも茶葉の香りが広がり、同時に内側からじんわりと温まり心が落ち着く。

「今日呼び出したのはね、九条くんもご存知かと思う昨日のクラス会での件についてなの」

「クラス会……」

「うん。実は今朝、焼肉店の店長さんから電話が入ってね。昨日、他校の人といざこざが起きたらしいんだって?」

「そうですね」

「今朝桜坂さんを呼び出したのはその件について事情を聞いたからなの」

「そうだったんですね」

なら桜坂が全て事情を話したはず。俺を呼び出して一体なにを聞こうというのか。

「九条くん、北高の人達に手を出したって本当?」

「は?」

思わず間抜けな声が出てしまった。

「実は北高の先生からも電話があってね。北高側の主張では向こうから手を出してきたから争いになったと言っているの」

「それは完全なる嘘ですね。僕は手出しをしていないですし、なんなら割り込んできたのはあちら側です」

途中から訪れた俺はそれまでの経緯は知らない。もしクラスメイの誰かが手出しをしたのなら話は変わってくるが、桜坂から事情を聞いたうえで俺にそのような質問をするということは、少なくともクラスメイトは手出しをしていないと解釈できる。だからこそ、新たな疑問が生まれる。

「もしかして、向こうは俺が手出しをしたと主張しているわけですね?」

「うん……」

水陵高校という組織単位ではなく、まさか俺個人で訴えてくるとは。

「背の高い黒髪の陰気男って言うからさ。ほら、その特徴に当てはまるのって九条くんだけじゃない?」

さりげなく貶されたような気がしたが、確かにそのような人物はクラスメイトで俺しかいない。

「だからもしかしてと思って、こうして呼んだわけなの」

「なるほど……」

嘘かどうかを証明するためには防犯カメラを確かめればいいと思ったが、残念ながら俺と北高のリーダーが対面していたのは部屋の中。そんなプライベート空間に映像は映っていない。証拠を提供できない以上、俺が何を言っても平行線だろう。北高の奴らが折れるとも思えないしな。

「ですが、僕は何もしていません」

北高の連中が嘘で事実をねじ曲げようとも、こちらはただ事実を述べるだけ。

「うん、もちろん九条くんを信じるよ。自分の生徒がそんな揉め事を起こすなんて思っていなし。それに店長さんも事の発端の原因は北高にあると薄々感じていたようだしね」

そういえば昨日、店員さん達も北高に対して良い印象を抱いてなかったな。

「それなら良かったです。でも、このまま両者の意見が食い違っていたら解決に至らないと思うのですが」

「それについてはひとまず担任である私が謝罪して、許してもらったわ」

「許すって……。なんでこちらが悪いみたいな立ち位置になっているんですか」

「大人の対応ってやつだよ。相手に引く気がないのならこっちが引き下がる。いつまでも執着していたら疲れちゃうしね。それに、相手はあの北高だし」

綾瀬先生はこめかみを抑えながら大きなため息をつく。

「北高ってそんなにやばいんですか?」

「お世辞でも普通の高校生とは言えないね。なにかと問題を起こしているし。血の気が多いっていうのかな? 平気で人を襲うし、とにかく関わらない方がいいとだけは伝えておくよ」

店員と同じようなニュアンスを告げる綾瀬先生。とにかく、北高とは関わりを持つのは避けたほうが良さそうだ。

「だからこそ、先生も心配なんだよね……」

「なにがです?」

「だって! あの北高から九条くんの名前を出してきたんだよ!? そんなの完全に目を付けられたって思うじゃない!」

「目を付けられたもなにも、僕はなにもしていないですから」

「うん、そうは言ってもね? 世の中にはそうやって自分を被害者だと装って、悪事を働かせる人もいるの。当たり屋とか痴漢の冤罪なんかがそうだね」

「はぁ……」

「つまり北高からすれば、俺達は被害者なんだから制裁を加えてもいいよな!? という立派な理由が生まれ、いつ襲いにかかってきてもおかしくない状況なの」

「怖いこと言わないでくださいよ。立派な犯罪ですよそれ。まさしく冤罪という名の」

「そう。でもそれを平気で実行してくれるのが北高の生徒なのよ。過去にもそうやって数多の犯罪を起こしてきた。そしてなによりも人を痛ぶり過ぎてうっかり殺してしまったなんて事件もあるのよ」

「……そこまでくると教員側も手に負えないでしょうね」

「恐らくね。だからいま思うと北高から電話が来たとき、水陵の生徒が悪いみたいな言い方をしてきたのはそういうことなんだろうね」

北高の教員が北高の生徒を疑うわけにはいかない。もし疑いの目を向ければその教員がなにをされるのか分からないから。すでに恐怖に屈している教員の姿が想像つく。

「大変ですね。教員のお仕事は」

「北高が頭突き抜けて特殊なだけだと思うよ。水陵高校は他校に比べてワークライフバランスを徹底重視しているから、そこまで大変じゃないし」

「そうなんですか? 最近ニュースなどで残業代が支給されないとか鬱病になる教員が増えているとか問題になっていますけど」

「水陵高校はね、特別なの」

「特別?」

「そ。残業代は1分単位で支給されるし、そもそも定時であがることがほとんど。部活動も普通はなにかしらの顧問や副顧問につくけど、水陵高校はコーチを委託業務として雇っているからつく必要がないの」

「へー! 結構進んでいるんですね」

「いまは働き方改革で徹底する企業は徹底しているからね。うちの理事長は行動が早くて助かるよ」

教員がいかに現場で苦労しているのかを知っているからこその改善。ニュースの情報だけ見れば教員という職業はブラックだと感じるが、水陵高校だけはその真逆。まさにホワイト企業と言っても過言ではない勤務環境だ。水陵高校の教員が活き活きと働いているのはその影響がもたらしているのかもしれない。

「おかげで、娘との時間も過ごせるようになったし」

「先生、娘さんがいたんですね」

「ふふっ。独身だと思った?」

「いえ、そういうわけじゃありません。単純に結婚をしていたことに驚いただけです」

言わば条件反射みたいなものだと最後に付け加えておく。

「…………ねぇ、人違いだったら申し訳ないんだけどさ」

綾瀬先生が前のめりになりながら重ねた手に顎を乗せる。顔にはニヤリと何か企んでいそうな笑みが浮かび上がっていた。

「九条くんって……」

そのあとに続く名称を聞いたとき、俺の頭には鈍器で殴られたような衝撃が走った。



     ★



「はぁ〜〜……」

放課後、教室の窓側の席でスマホをいじりながら大きくため息をつく金髪ポニーテール女子。ミニスカから伸びている白くてスベスベな足は無造作に組まれており、思春期の男子の目が釘付けになるほどセクシーさを醸し出している。

そんなスタイル抜群のギャル系女子は意図的に性的アピールをしているわけではなく、普段の生活態度によるもの。

「おい見ろよ。あの足!」

「あー、ヤバイよな綾瀬。あれ正面から見ればパンツ見えるんじゃね?」

「うっわ! こいつキッモ! 童貞かよ!」

「は、はぁああ!? 童貞じゃねぇし……っ!! もうとっくに卒業してっから!」

「嘘乙! どうせ家でシコッてるだけだろ?」

「ばっ、ちげぇし! してねぇし! それはお前らだろ!?」

「残念でしたー! 俺中学で卒業してますぅ〜」

「はぁ嘘つくなよ!? 俺なんてな、もう5人ぐらいヤッてっから!」

男子グループのやたら大きな話し声が教室内に響き渡る。

「きっも……」

それに反応し、唯一応答したのがギャル系女子『綾瀬澪』だった。いや、応答したというより呟きに近いか。

女性の正常な反応とも言える『きも発言』は、先程まで童貞だのなんだので騒いでいた男子グループを一撃で沈める。どうやら精神的に大ダメージを食らってしまい、居た堪れなくなってしまったようだ。ズーンと落ち込んだ男子グループは全員揃って教室を去って行く。

(なんでうちの男子ってあんなキモい連中ばかりなんだろ)

去って行く男子グループに目もくれず綾瀬はスマホをいじり続ける。

「綾瀬さん、今日もなんだか不機嫌だねぇ……」

「うん。入学してからずっとあんな感じだけど、ちょっと怖いよね……」

「でも、男子にズバッと言えるメンタルは尊敬するよね」

今度は女子グループからそんな声が上がる。男子グループとは違い、声量を最大限抑えているため綾瀬には聞こえていない。

「澪〜。今日駅寄ってく?」

綾瀬の友達から誘いの声が。そんなとき、綾瀬のスマホに母から一通のメッセージが届く。通知ボタンをタップしてすぐに既読。

「え?」

驚きと困惑に満ち溢れる綾瀬。

「澪? 聞いてる?」

「あ、う〜ん……今日はパスで」

「オッケー。んじゃ、ウチら電車だから先に帰るね。お疲れ〜」

「お疲れ〜」

軽く手をあげ間延びした声であいさつを告げる。それに続くように綾瀬も荷物をまとめ、生徒指導室へと向かった。



     ★



コンコンと、生徒指導室のドアがノックされる。

「どうぞ〜♪」

まるでこれからサプライズを仕掛けるかのようにウキウキと楽しみにしている綾瀬先生。ドアが緊張気味に開かれると、そこには金髪ポニーテールの女子生徒が。

「……もぉ、急に呼び出してなに? ママ」

緊張しているからか、それとも母親だから、綾瀬先生だけに注目し俺の存在に目もくれない。

「あらあら。そんなに不機嫌そうな顔しちゃって。もしかしてお友達と遊ぶ予定でもあった?」

「それを考えているときにママからメッセージが入っていまここにいるの」

「あらら。それは悪いことしちゃったわね。ごめんね?」

「ううん、別にいいよ。それより会わせたい人がいるって言うのは?」

「ふふ〜ん。それは彼よ」

綾瀬先生が丁寧な作法で俺に手を向け紹介。そこでようやく俺の存在を視認してくれた。思わず目が合ってしまう。

「どうも……」

「……えっと、誰?」

「あ、やっぱり澪も一目で分からなかったか。覚えてない? 保育園で一緒だった九条くんだよ」

「……え、うそ……せーくん……?」

「ああ。久しぶりだな。みーちゃん……」

「ふたりとも会うのは保育園以来だから10年ぶりだね」

みーちゃんは久しぶりの再会に呆けて、肩に掛けていたバッグをズリ落としてしまう。

「え、本当に? せーくんなの? ピアハート保育園の?」

「本当よ〜。澪が来る前、よく家で遊んでいた話で盛り上がっていたんだから」

「そ、そうなんだ……っ」

昔の思い出が蘇ってきたのだろう。みーちゃんの顔がわずかに朱色に染まる。

「と、言うわけで、あとはふたりに任せるわね?」

「え!? ママはどこ行くの?」

「どこって、職員室よ。ママはお仕事があるから」

綾瀬先生はテーブルに鍵を置く。

「最後戸締りをしたら、職員室に返しに来てね。では、よい時間を♪」

ささっと退室する綾瀬先生を見送る。突然のふたりの密室に、なんとも言えない窮屈さを感じ始めた。

それに耐えられなくなったのか、それとも久しぶりの再会に聞きたいことだらけなのか、みーちゃんがソワソワしつつも弱々しい声をかけてきた。

「なんか、急だね……」

「だな。きっと俺達に気を遣ってくれたんだろうな」

みーちゃんはさらさらとした髪先を指でくるくる巻いたり解いたりしている。

「保育園以来だよね、アタシ達」

「そうだな。まさか高校で会うなんて思わなかった」

「アタシもだよ。もうせーくんとは会えないと思ってた」

チラチラこちらを見るみーちゃんはどこか落ち着きがない。

「……わ、私ね? 保育園を卒園したら、小・中も一緒だと思ってた。けど、いざ入学してみたらせーくんの名前はないからさ。どこか遠くへ引っ越したんだと思い込んでいた」

「まぁ、普通はそう思うよな」

この辺の地元じゃ、学校の数は限られている。保育園を卒園したら近くの小・中へと一緒になるのがほとんど。定番の受験や引っ越しのイベントが起きなければの話だが。

「どこか引っ越したの?」

「そうだな。引っ越しはした」

「そうだったんだ。結構遠いの?」

「いや、そんなに変わらないよ。自転車があれば往復出来る距離だ」

「え? それ、引っ越す意味ある? あ、分かった! ご近所トラブルだ」

ようやく目を合わせてくれたかと思えば、まるで探偵が犯人に指をさすかのような動作に苦笑する。ギャルが探偵という違和感があるからか。

「トラブル……まぁあながち間違いではない。半分正解だ」

「え〜半分? じゃあ残りの半分は?」

「悪いが、それは言えない」

「えーっ! めっちゃ気になるんだけど」

「いくらみーちゃんでも、それは教えられない」

「……まぁ、そこまで言いたくないなら、言わなくてもいいけど」

「そうしてくれると助かる」

立っているのが疲れたのか、みーちゃんが俺の座っているソファの反対側に腰を下ろし始める。

「うわぁ、ふっかふかだぁ。寝ちゃいそう……」

ソファの背もたれに重心を寝かせ、顔を仰向けにしながらそのまま寝ちゃいそうな勢いのみーちゃん。ミニスカでその無防備な状態は、目のやり場に困るからやめて欲しいものだ。

「じゃあ、最後戸締りよろしく」

「ちょいちょいちょい! なんでアタシを置いてくし!」

「いや、寝るのを邪魔しちゃいけないなぁと思って」

「こんなところで寝るわけないでしょ!? 仮に寝たとしても起こして欲しいんだけど!?」

「悪い。冗談だ」

本当は目のやり場に困ることによる切り出しだったんだがな。みーちゃんも帰ろうとする俺につられて急いで立ち上がる。

俺達は退室し、鍵を締め、職員室へと向かい鍵を返す。

途中、綾瀬先生が俺達にウィンクを投げつけて来たが、意味がよくわからなかった。



     ★



事の流れでみーちゃんとふたりで帰ることになった俺達は昇降口へと向かう。途中ホールで大勢の生徒達がおしゃべりで賑わっている光景を目にする。その中心となっている人物を見かけたとき、俺は急いでこの場から離れないといけない使命感を感じた。抜き足差し足で歩く。

「せーくん、なにその歩き方! あははっ! ウケる!」

俺の奇妙な歩き方にツボってしまったみーちゃんがお腹を抱え笑い出す。その笑い声はホールにも響き渡り、耳に届いた者達から自ずと注目を浴びてしまう。

(あ、終わったなこれ)

まだ確定したわけでもないのに勘がそう告げてくる。そしてその答え合わせはすぐに正しいことが証明されることに。

「あら、終わったのね」

桜坂がススっと俺の側に現れる。

先ほどまで友達らしき人と談笑していたのに、上手く抜け出すそのテクニックには称賛を送る。

「ふたつの意味でね」

「ふたつ味? どういうことかしら?」

「気にしないでください。こちらの話です」

「ふ〜ん?」

追求されずに済んだことに安堵した俺だったが、悪夢は終わらない。

「ねぇ、隣の女性は誰かしら?」

まるで浮気現場を目撃された夫のように尋問される俺。みーちゃんとは別にやましい関係でもなし、桜坂とはもう恋人関係でもないのだから気負いする必要はないはず。なのにそう感じてしまうのは、話がややこしくなりそうな気がして仕方がないからだろう。

そんな意図を感じ取ってくれない桜坂に俺は誤解を招かぬよう告げる。

「みーちゃんとは保育園からの幼馴染みでして」

「み、みーちゃん……!? お、幼馴染み……!?」

「はじめまして。桜坂さん、だよね?」

「え、私のことを知っているの?」

「もっちろん。ミスコン三連覇を果たした1000年に一度の美少女。SNSでも話題になってたし、知らないほうが珍しいでしょ」

「そ、そうかしらね?」

桜坂が話題の人物だと周知されていることは、普段の学校生活を見ていれば火を見るより明らかだ。さっきも大人数に囲まれていたのもその有名人であるがゆえ。

下駄箱で外靴に履き替え、正門を出る。

「ふたりは、仲がいいのね」

俺を間に挟んだ横一列の状態。そんな窮屈さを感じている俺の代わりに、みーちゃんが代弁してくれた。

「仲良い……と言えば仲良いよね?」

「そ、そうだな。まぁ保育園以来の再会だから、あまり実感は湧かないが」

保育園と高校生では日々の感受性が大きく変わる。保育園の時はただ己の欲望のままに過ごしていた日々で人間関係の重要性までは考えていない。

しかし高校生になれば考え方も変わり、人間関係をより重視するようになる。つまり実質保育園の頃の付き合いは付き合いにカウントされない。俺とみーちゃんの人間関係はいまここからスタートしたのと同じ。

ましてや10年も期間が空いていればなおさらのこと。

(幼馴染みで仲が良い……これはまずいわね)

桜坂は爪をかじりながら険しい顔をしだす。

(こいつに女が近づくとなれば、私の計画に支障をきたす。できればそれは避けたいもの)

桜坂はこのとき、自分の甘さを反省していた。

九条は確かに、見た目はモテそうな外見をしている。だが本人は自ら人付き合いを避けている。そんな一匹狼見たいな雰囲気を醸し出しているため、近寄ってくる女はひとりも現れなかった。

つまり九条とお近づきになれる唯一の存在は自分だけなのだと慢心していたのだ。

その事実に気づいた桜坂は、後はじっくりと九条の恋心を刺激していけばいいという砂糖もびっくりするぐらい甘々の甘々な態勢でいた。

しかし、状況は一変。

この九条の幼馴染みであるみーちゃんもとい障壁が登場したことにより、桜坂に一抹の焦りを感じるようになる。

思考の末、桜坂の取った行動は……。

「へぇー? 実に興味深い話ね」

桜坂は余裕な笑みを浮かべながらみーちゃんに告げる。

「実は私も彼と幼馴染みなのよ」

「は?」

「えっ?」

「ふふっ。驚いた?」

「桜坂さん、一体なにを言っておるのですか?」

俺と桜坂の出会いは中学3年生から。決して幼馴染みと呼べる関係ではない。

「うっそぉ? せーくん桜坂さんとも幼馴染みだったの?」

「いや、ちが」

「しおりチョォォオオオオオオオオップ!!」

「ぐふぉお!?」

そう言って俺の脇腹に手刀を刺してくる桜坂。チョップとは(哲学)

「そう。私と彼も幼い頃からの付き合いなの」

「……え? どういうこと?」

みーちゃんは思考がエラーしたかのように理解に苦しんでいる。俺も右に同じ。

「そのままの意味よ。私と彼も保育園から一緒だったのよ」

「んんんんんんっ?」

俺が脇腹の痛みに悶々としている間にも桜坂は平気で嘘を告げる。みーちゃんの頭からはプシューっと煙が立ち上がろうとするほど混乱していた。

「ちょっと待って桜坂さん! アタシ、せーくんと入園から卒園まで一緒だったんだけどさ。だとしたら、そこに桜坂さんがいないのはおかしくない?」

(全く持ってその通り。良く言ってくれたみーちゃん。これで桜坂も反論はできまい)

「それは彼が嘘ついているからよ」

「はぃぃぃいい?」

思わず相棒の水谷豊さんのモノマネを披露してしまった。しかし、なんちゅー暴論。最終的に俺が嘘をついているなんて罪をなすりつけてきやがった。

「だってあなたもクラス会で言ってたじゃない」

確かにクラスメイトには幼馴染みだと言った。だがあれは俺達が元恋人関係であることを誤魔化すために仕方がなかったことであって……。

「確かに言ったかもしれませんが、いまそれとこれとでは状況が違うでしょ!」

「そんな……そこまでして隠す必要なんてないじゃない! なんかやましいことでもあるの!?」

「せーくん、アタシもちょっと気になるかな」

話がややこしくなるという予想は、見事的中してしまう。

クラスメイトには俺達の関係は幼馴染みであることにしている。だがみーちゃんにそれは嘘で俺達は元恋人関係だなんて正直に告げたらそれはそれで話が混乱することは間違いない。

(桜坂の奴、一体なにが目的なんだ!?)

俺達が幼馴染みであることはクラスメイトには黙っていればいいだけのこと。他クラスであるみーちゃんには嘘をつく必要はなかったのでは?

まぁ、噂が広がることも危惧してのことであれば多少は納得できる部分もあるかもしれない。だが、結果的にややこしくなっているので桜坂が罪な女であることに変わりはない。

「まぁ、そのときが来たら話すよ」

いまはこれがベストアンサー。ほつれた糸はいずれ解かないといけない。それはなにもいまじゃなくていい。お互いにゆっくりと話せる機会が訪れたら、そのとき余すことなく話せばいい。いまは帰宅途中。話せる時間も限られてしまう。

「それじゃあ、アタシこっちだから。ふたりとも、またね」

「ええ。またね」

「ああ。気をつけて」

交差点にぶつかったところで、俺達3人は別々のルートへと別れる。俺を救ってくれたのはまさかの交差点。おかげで自然と会話を中断し、追求されずに済んだ。夕焼けに照らされながら少しずつ遠くなっていくふたりの背中を見送る。

「できれば、そのときが来ないで欲しいな……」

俺のボソッとした呟きは、車道を走る車の音によってかき消されるのであった。



     ★



無事家に着いたアタシはそのまま部屋に向かい、バッグを机の上に置いて押入れを開ける。

中を開けると押し入れ特有の古臭さと湿気が漂う。

小さい頃からの思い出がたくさんしまってあるこの押し入れには、アタシが大事にとっておいてある宝物が詰まっている。そのひとつである保育園の卒園アルバムを取り出した。中を開くと花火大会やプール、七夕祭りやクリスマスなどのイベントで撮った写真が貼られている。他にも、食事をしているところだったり、寝ているところまで様々だ。

「……懐かしいなぁ」

感傷に浸っていると、気付けばせーくんが映っている写真だけを探していた。そこにはアタシも映っている。いつも一緒にいたからね。

「……せーくん、大分印象変わったな」

写真と記憶をリンクさせ当時のせーくんを思い出してみる。いつも明るく元気で、みんなと仲良く遊んでいたっけ。

「あ、こいつ」

写真に映っていた幼稚園生の割に図体のでかい男。こいつによくからかわれて泣かされていたな。顔を見るだけでムカムカする。

「でも、せーくんが守ってくれたんだよなぁ」

アタシがからかわれるといつもせーくんは守りに来てくれて、追い払ってくれた。

せーくんのほうが図体は小さいから、見るからにハンデが大きかったのにそれでもせーくんは勝っちゃうんだよなぁ。

「ホント、かっこいい……っ」

次々とページをめくっていく。最初は眼中になかった人達も、こうして振り返ると「あ〜いたなぁ〜」なんて声を上げてしまうのだから、意外と記憶には刻まれているものだね。

だが、記憶に刻まれていない人もいる。

「やっぱり、桜坂さんはいないな」

アルバムには同時期に卒園した人達の名前が記されている。そこには桜坂栞の名前はない。

「やっぱり、桜坂さんは嘘をついている」

でも、なんのために? わざわざせーくんと幼馴染みであると嘘をつく必要はなくない? 

「後でママに聞いてみよ」

アタシはアルバムを押し入れに戻し、部屋着に着替える。

ママが帰ってくるまでの間、ユーチューブを見ながら時間を潰した。



     ★



ママが仕事から帰ってきて、19時の夕食。

テーブルには炊き立ての真っ白なご飯、ほのかに甘い匂いが食欲をそそる肉じゃが、そして味噌が香ばしい豆腐とねぎの味噌汁。

アタシは目の前で美味しそうに味噌汁をすするママに、ずっと聞いてみたかったことを聞いてみた。

「ねぇママ」

「ん? なぁに?」

「別に興味があるわけじゃないんだけどさ、せーくんって学校ではどんな感じなの?」

(興味ありありね)

ママは思い出すように顎に指を当て、天井に目を向ける。

「う〜ん、そうね……。特に目立つ要素はなく、大人しいって感じね」

「そうなんだ」

「あれ? あれあれ〜? もしかして久しぶりの再会に意識しちゃっている感じ?」

「んもぉ! ママったら! そんなんじゃないから!」

「うふふっ。そんな隠さなくたっていいじゃない。澪もそういうお年頃なんだからさ」

「……違うもんっ」

「あらあら、ごめんなさい」

少しだけふてくれた態度を見せると一応謝ってくれたママ。微笑ましいその表情は一ミリとも罪悪感を感じていないだろうなぁ。

「そうだねぇ、せーくんかぁ……。他にも挙げるとしたら、よく桜坂さんと話しているかな」

「え、桜坂さんっ?」

「うん。いつも仲良さそうに話している光景は目にするね。ほら、桜坂さんってあの話題の美少女だし、ただでさえ目立つじゃない?」

「うんうん」

「そこに、普段誰とも関わろうとしない九条くんが唯一桜坂さんとは話しているもんだからさ。嫌でも目立つというか、周りからは不思議な光景に映っているんだろうね。ママの勝手な憶測だけど」

周りから大人気の美少女と、周りと関わろうとしないひとりの男子生徒。この異質な関係に周りが不思議に思うのも無理はない。アタシも話を聞いていまそう思っている。

「まだ入学してから5日目。あれだけ仲良さそうにしているんだから、きっとなにか関わりはあるんだろうね。ふたりとも同じ中学出身だし」

「同じ中学……」

そういえば、入学式に配布される学年名簿に名前と一緒に出身中学も記載されていたな。あとでチェックしてみよう。

「桜坂さんは学校ではどんな感じなの?」

「桜坂さん? そうね。相変わらず男女問わず人気者で、多くの生徒達から親しまれているわね」

桜坂さんの人気っぷりはなんとなく想像がついた。ホールで会ったときも多くの生徒達に囲まれていたのを目にしたし、さすがの一言だった。

「桜坂さんって綺麗で可愛いよね〜。おまけに愛想も良くて。なんか、羨ましいを通り越してずるいって感じちゃうなぁママは……」

それが世間一般でいう女性の正直な感想なのだろう。特に外見を深く気にすることがない綾瀬家も、桜坂さんの目の当たりにしてしまうと自分の欠陥を気にしてしまうぐらいに。

「でも安心して、澪」

「なにが?」

「ママにとって、澪が一番可愛いから!」

「……もぉっ。それは自分の娘だからでしょう?」

「それもあるけど、澪はひとりの女性としても可愛いわよ。私に似てね?♡」

「ははっ、なにそれっ」

「頑張りなね、澪。最後に勝つのは外見や中身じゃなく、愛の力だから」

「ちょっ、ママぁ!? そろそろ怒るよ!?」

「はいは〜い。ごめんなさ〜〜〜い!」

体の内側から湧き起こってくる熱によって、顔全体まで熱くなる。アタシは急いで夕食を食べ終え、部屋に戻ることを決めた。

「ごちそうさまでした!」

「はーい。いつも綺麗に食べて偉いわね。ママも作り甲斐があるわ」

「ママ! 念のために言っておくけど! 別にアタシはせーくんに興味があるわけじゃないからね! そこだけは勘違いしないでよね!」

アタシはそれだけを言い残し、部屋へとダッシュ。いまは真っ赤であろう自分の顔をママに見られるのが恥ずかしくて仕方がない。

「ふふっ。全く素直じゃないんだから」

綾瀬ママは階段を駆け上がって行った娘へ微笑む。

「恋って、ホント面白い」

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