第4話 ハプニングなクラス会
入学式から翌々日。水曜日。今日から本格的に授業が開始され、いよいよ新たな学校生活の幕開けを感じさせられる。
まだ入学してから間も経っていないからか、クラスメイトは授業中におしゃべりをしたりスマホをいじるといった行為はなく、先生が黒板に記したことを真剣な表情で黙々とノートをとっていた。
俺の通う『水陵高校』は偏差値45の県立校で普通科。校則も厳しいというわけではなく、むしろ緩い。
学校生活に支障をきたすものでなければ髪型や制服の着こなし、持ち込みなども大目に見てくれる。
そんな緩い方針が子供達には受けがよく、結果的に地元では一番人気のある高校と評判を頂いている。
これが善と悪、どちらに働くのかは知る由もないが、いまのところヤンキー高みたいに荒れた感じはなさそうだった。
「ねぇ」
帰りのホームルームを終え、帰宅の準備を整えていると隣の席である桜坂から声をかけられる。
「どうしました? まさか……またなにかに付き合えとか?」
「いいえ違うわ。ちょっとクラスメイトから伝言を頼まれていてね」
「伝言? 一体なんです?」
「明日の放課後、クラス会をするらしいの。あなたにも是非参加をして欲しいとのことよ」
「はぁ……」
わざわざ桜坂に頼むような内容でもないと思うのだが。
「場所は超有名イタリアレストラン」
「普通にサイゼリヤって言ってください。なんでわざわざ高級感溢れる言い方にした」
「最初は定番の焼肉も考えたそうだけど焼肉店って高いし、食べ放題にしても時間制限があるからゆっくり話せないだろと吟味したうえでの結論らしいよ」
「そうですかい……」
別にどっちでもいいというのが正直の感想だが、予算が厳しい者もいることを考慮しての判断だろう。
食べ放題にしても時間を気にしすぎるあまり、会話に時間を重くことができないリスクもある。食べ放題って不思議と元を取ることに意識してしまいがちだからな。
それで親睦が深まらないようじゃ、ただそういう雰囲気を味わっただけで終わってしまう本末転倒なことになりかねない。
「もちろん、あなたも参加するわよね?」
「なんで参加する前提なんですか。参加しませんよ」
「あら、意外ね。中学のときはこういうイベントには参加していたじゃない」
「人は変わる生き物なんですよ。いまは人混みが苦手でしてね」
「じゃあ、明日の放課後よろしくね」
「話聞いてました!? 参加しないって言っているでしょ!」
「大丈夫よ。席なら隅っこに座ればいいだけだし、それに明日は木曜日だから人も混雑しないと思う」
「なにを根拠に……」
おそらく土日に比べたら混んでいないと言いたいのだろうが、それでもサイゼリヤは人気ファミレスだ。混雑していないとは言い切れないし、なにより空いているという保証はない。予約もできないし、俺達と同じことを考えている他校がいないとも限らない。
そう考えると、予約ができる焼肉の方がよっぽど現実的だと思うのだが。
どうしてもサイゼリヤを推したいのであれば、クラス会は当日の運次第ということになる。
「ちなみに何人参加する予定なんですか?」
「確か、私を入れて39人が参加する予定よ」
俺達のクラスは1クラス40人。
「え、ちなみに残りのひとりは……」
「あなたよ」
「全員参加じゃねぇか! なんでそんな遠回しな言い方をした!」
さっきから強制参加させようとしたり、根拠のない説得をしたりと妙に引っかかる。
(こいつ、俺が元彼ということを忘れていないか!?)
いくら頭のネジが数本抜けている桜坂とはいえ、元の関係性を忘れるほどアホではないはず。なのに、ここまで誘い出そうとする動機が分からない。
「……もしかして、俺に気を遣っているとかですか?」
考えられるとすれば、それしか検討がつかない。
「いいえ、違うわ。単純にあなたに参加して欲しいだけ」
「なんでそこまでして……」
「あなたのいないクラス会なんて……つまらないわ」
俺から視線を外し、寂しそうな声量でそんなことを言い出す。
「き、気持ちはありがたいです。ですが、お断りさせて頂きます。さっきも言いましたが、人混みが苦手ですので」
「……そう」
桜坂は俺にチラッと視線を合わせるが、すぐに諦めたようにまた視線を落とす。
「クラス会、楽しんで来てください」
俺が参加しないことは桜坂が主催者に伝達してくれるはず。これ以上クラス会の話を持ち出されないためにも、俺はさっさと教室を出て帰路に立った。
★
クラス会当日の放課後。いよいよ楽しみにしていたクラス会のフェーズがやって来た。
クラス会に参加しない俺は一ミリも心躍ることはないが、参加する者にとっては気分が高揚しているに違いない。
実際教室内ではすでにクラス会のことで話がわいわいと盛り上がっており、参加しない俺にとっては少しだけ耳障りのようにも感じる。
そんな盛り上がりを見せているクラスメイト。だが俺の隣の席で未だにその喧騒に混ざろうとしない桜坂は、やや俯きがちな視線からどこか乗り気じゃなさそうだった。
「どうしました? 気分でも悪いのですか?」
「いえ、そういうわけじゃ……」
「昨日電話で伝えたことは桜坂さんがいないとできませんよ?」
「……発案者のあなたが参加しないのもどうなのよ」
「言ったでしょ? 人混みが苦手だって。僕のことは気にしないでください」
「桜坂さーん! 早く行こう〜!」
「……じゃあ、行ってくるわね」
「はい。行ってらっしゃい」
クラスメイトから出発の声を掛けられる桜坂。自分の鞄を肩に掛け、小走りでみんなの元へ向かって行く。
教室にひとり残された俺。クラスメイトのみんなは、学校の近くにある焼肉店へと向かった。
★
午後5時半。クラス会実施店である焼肉店へと到着したクラスメイト。
事前に予約していた40人以上が座れる大部屋へと案内され、各々適当に設置してあるパネルからハラミやらサンチュやらを注文。その後、ドリンクバーで全員が飲み物を注いできたところで、乾杯の声が発せられた。
「それじゃあ、みんなとこうして出会えたことに、かんぱーい!!」
「「「かんぱーい!!」
絆を築き上げる儀式。
カランっとグラス同士をぶつけ、会場は一気に盛り上がりを見せる。
ようやく待ちに待ったクラス会が開始。全員心に溜めていた気分の高まりを抑えきれず、勢いに乗ってまずは同じテーブル同士のメンバーで自己紹介を始めた。
桜坂の番が回ってくる。
「私は桜坂栞。雨川中学校出身で、趣味はこれといって特にないわ。みんな、よろしくね」
「わ〜! マジで本物だー!」
「桜坂さんってほんっと可愛いよね〜」
「うんうん! お肌も見るからに綺麗でプルプルだし、憧れちゃう〜!」
「よっ、1000年に一度の美少女!!」
「んもぉ、みんなしてやめてよ〜」
全員の自己紹介が終えたタイミングで店員が注文したハラミなどの肉を持って来た。
ひとりの男子がテーブルの中心で熱に温められた網に、トングで肉を焼き始める。
「ねぇねぇ、桜坂さんってミスコンテストで優勝したんだよね? それも3年間!」
「ええ、まぁ」
「ほんっとすごいよね! ああいうのって何回も優勝できるもんじゃないでしょ!?」
「あはは。たまたま運が良かっただけよ」
「またまた〜。謙遜しちゃって〜。ああいうのって写真だと加工しているのかなって疑っちゃうけど、桜坂さんは実物も可愛いもんね!」
「それはありがとう」
「やっぱり、なんかそういう秘訣とかあったりするの!? 可愛いくなれる方法とかさ! あったら教えてくださいっ!」
「いやっ……そういう魔法みたいな方法は知らないわ。それに特別何かをしているわけでもないし」
「かぁ〜! やっぱり可愛いは遺伝子で決まっちゃうもんなのかねェ〜」
「そんなことないわよ。あなただって私からすれば可愛いわ」
「ほ、ほんとに!? やったぁ! 桜坂さんに褒められた〜!」
勝手にガールズトークで盛り上がっていると、今度は肉を焼いている男子が質問する。
「桜坂さんって、彼氏とかいたりするの?」
唐突な爆弾発言に一瞬だけ場の空気が凍りつく。ここのテーブルだけじゃない。桜坂の会話をちゃっかり盗み聞きしている他のテーブルでも質問の返答が気になって、喋ることを忘れてしまっている。
39人のクラス会とは思えない不気味な静けさだ。
幸いなのは肉を焼いている音がBGM変わりとなっているところか。
「え……。か、彼氏?」
「そう! やっぱ1000年に一度の美少女となれば、彼氏とかいたりするのかな〜って」
「……そ、そうね。いまはいないわ」
「いまはってことは、前はいたってこと!?」
「え、ウソぉ!? 誰!?」
「顔は!? どんな人!?」
「タメ!? 先輩!?」
などなど。失言してしまったことにより、記者会見のようなマシンガンクエスチョンで止まなくなる。
みんなと親睦を深めるのが目的のクラス会が、いまは桜坂のことをもっと知りたい桜坂会へと変わっている。
失言してしまったことを後悔する桜坂だが、みんなの真剣な表情を見ていまさら冗談なんて言えない空気に。
「そ、そうね。さすがに名前と顔は教えられないけど、言うならばタメで、ミステリアスな感じの人だったわね」
「タメでミステリアスな人……かぁ。少なくとも私の中学校にはいないかな〜
」
「その人ってどこ中の人? 地元?」
「ごめんなさい、それは教えられないわ」
「ですよね〜……」
桜坂の明かした証言の元、全員が自分達の通っていた中学校に当てはまる男がいたのかを思い出そうとする。
う〜んと頭をひねりがら長考するも、結果的に当てはまる人物は見当たらないようだった。
「だめだ。そんな奴いねぇわ」
「私も。よく教室の隅っ子でひとり読書している人はいたけど、ミステリアスって感じじゃなかったしなぁ」
「そもそもミステリアスな男子がレアって感じだよねぇ」
などなど。今度は各々で意見を出し合い、なんとかしてその男を炙り出そうと盛り上がる。
「……ん? おい、なんか焦げ臭くねぇか!?」
「アァァァァァァーーーっ!! ヤベッ、そういえば肉焼きっぱなしだった!!」
「そういえば私達もじゃね!?」
「急げぇッ! いま行けばまだ間に合うはずだ!」
部屋の中に焦げた匂いが充満し始め、慌てて自分達の席に戻り始めるクラスメイト達。
(ふっ。なんとか逃れられたわね)
「おう、邪魔するぜ」
「!」
ズカズカと、横暴な態度で突如現れたのは学ランの男手段。ぱっと見20名ほどおり、なかには金髪から赤髪だったり、頭のサイドにはバツ印状にバリカンを入れていたりと見るからに歪な雰囲気を醸し出している。
不良漫画に出て来てもおかしくない厳つい集団に、クラスメイト達は息を吸うのを忘れてしまっていた。
「……な、なんだ君達は……!?」
クラス会の主催者である男が代表して尋ねると、相手側もリーダー格だと思われる男が前に出る。異常に堅いのいいその体付きは、普段から人並み以上に鍛えていることが素人から見ても分かった。
「そんな怖い顔すんなよ。俺達も一緒に混ぜて欲しいだけだからさ」
「なにっ!?」
「この感じ、どうせクラス会でもやってんだろ? 本当は俺達も今日ここでクラス会をする予定だったんだよ。そしたら先約がいたってだけの話」
「だ、だからって! 勝手に割り込んでくるのはおかしいだろ!」
「お前馬鹿か? だからこうして一緒に参加していいかって聞いてんだろ。耳クソでも詰まってんじゃねえの? オメェ」
「ッ……!!」
他の不良達は後ろでクスクスと笑い出す。それは明らかに馬鹿にしている感じだった。
そんなふたりのやり取りをよそに、桜坂は同じテーブルのクラスメイトに問う。
「……ねぇ、あの人達って何者?」
「私もあの人達自体は知らないけど、あの制服は知ってる……。『北高』だよ」
「北高?」
「うそぉ知らない!? 地元では有名な不良校だよ!」
「そうなの!? 全然知らなかったわ!」
「気を付けた方がいいよ? なんでも北高に目付けられたら終わりって噂もあるぐらいだから……」
「そ、そんなにヤバイの……? あの人達……」
恐る恐る、チラッと上目遣いで観察する桜坂。言われてみれば、釘バットなどを使って、人を殺していそうな面影も感じる。
「ど、どうする!? もうクラス会どころじゃないわ……!」
「うん……。多分このまま逆らっていたらウチらもなにされるか……」
身の危険を感じた私は急いでスマホを取り出し、ある人にチャットで連絡する。
「ん? おい、そこのお前」
相手のリーダー格に目を付けられたのは……。
「ふぇ!? あ、わ、わたし!?」
「……やっぱり!! もしかしてあの桜坂栞ちゃん!?」
「え!? そ、そう……ですけど……」
「うおおおおおい!! マジかよ!! えっ本物!?」
「え、あの1000年に一度の!? うわヤッベ! 俺ファンなんだけど!」
「サインくれサイン! あ、あと握手もお願いします!」
などなど。さっきまでの怖い雰囲気から一変。
桜坂栞という話題の美少女に思わぬ形で出会えたことに男達は歓喜を覚え、緊張していた場の空気が少しだけ和らぐ。
「えええマジかよ! まさかこんなところで会えるなんて思わなかったわ! よし決めたぜ! 俺達も一緒に混ざらせてもらう」
「お、おい! 勝手に決めるなよ!」
ガツガツと部屋に足を踏み入れて来たリーダー格。それを必死に止めようとした主催者の男だったが、胸ぐら部分を強く掴まれ、廊下側へと投げ倒されてしまう。
「ぐっ!」
「邪魔すんじゃねぇよ、雑魚。顔面を網で焼いてやろうか?」
「こ、こんなことして……警察呼ぶぞ!」
「はい出ました〜雑魚の常套句。警察呼ぶぞ。んなもんなぁ、怖くもなんともねぇんだよ」
「ッ!」
「つうか、警察を呼ばれるほど俺達なにも悪いことしてねぇだろ。俺達はただお前達と仲良くしたいだけなんだからよ」
「そんなの屁理屈だろ!」
「はっ。これだから頭の硬ぇやつは……」
北高のリーダー格はこれ以上話し合うだけ無駄だと感じたのか、無視して桜坂の隣へと強引に座り込む。そして、肩を抱き寄せはじめた。
熱々のカップルのような絵面に桜坂は反射的に身を引くが、反対側に回された手によって阻まれる。
もはや身を縮こませることしかできないでいた。
「ちょ、ちょっと!?」
「さぁ栞ちゃん、俺らと一緒に仲良くしようぜ?」
「すみません。ちょっと通してもらってもいいですか?」
廊下側から聞こえてきた馴染みのある声に、桜坂は咄嗟に振り向く。けど、出入り口で北高の生徒達で溢れかえっているから姿までは見えない。
「あん? 誰だお前?」
「名乗るほどの者ではありません。そこを通していただけますか? ある人に呼ばれまして」
「……そうか、分かったぞ。制服からしてこいつらと同じクラスの奴か」
「ま〜た陰気臭せぇ人が現れたもんだなぁ、おい」
「悪いな陰気野郎。もうここは満席なんだ。とっとと帰ったほうが身のためだぜぇ?」
「用が済めばすぐに帰ります。僕だって参加したくてここに来たわけじゃないですから」
強引に中を進もうとする。しかし男の集団が邪魔して前に立ち塞がる。それの繰り返しで一向に先に進めない。
「……あの、いい加減通してもらえます?」
「ここを通りだければ鬼塚さんの許可をもらうこったな!」
「なら、とっととその人を出してもらえますか?」
「はっ! 虚勢だけは一流だな、お前。鬼塚さんの名前を聞いても動じないなんてよっぽど無知で罪な男らしい」
(知らないし興味ない。誰やねん鬼塚って。GTO?)
「鬼塚さーん! ひとり通してもらいたいっていうバカが来てるんですが、どうします?」
「おういいぜ。通してやれ」
「ほらよ。通っていいぜ。鬼塚さんの懐の広さに感謝するんだな」
俺はガン無視して、ようやく部屋の中へと足を踏み入れることに成功。
「せ、征士郎……っ」
馴染みのある声の出先に目を向けてみれば、そこには桜坂……と肩を抱き寄せて離さそうとしない厳つい男が。
構図からして、女にお金を使い込んでいるチャラ男って感じだな。
「はぁ〜……。桜坂さん。まさかそんなラブラブシーンを見せるために僕をここに呼んだのですか?」
「違うわよ!! 誤解しないでッ!」
「……おいお前」
「ん?」
桜坂の隣にいる厳つい男が鋭い目つきで俺を捉える。
「……やっぱりな。見間違えなんかじゃねぇ。お前、栞ちゃんの彼氏だな?」
「「「ええええぇェェッ!?」」」
桜坂を除く、全員が俺へと視線が釘付けになるなか、ボソッと桜坂がつぶやいた。
「……元、ね」
「元? ……クックック。そうか、じゃあ今はもう別れたのか」
「も、もしかして桜坂さんが言っていた元彼って……九条くん!?」
クラスメイトのひとりがそんなことを叫ぶものだから、全員の思考は共有されているに違いない。俺は目で桜坂に訴える。
(お前、そんなことまで話したのか!?)
(違うの! これには訳があるの!)
なにはともあれ、いまこの場で確かなのは俺が晒し者になっているということ。桜坂に助けに来てと言われたから来てみれば、なんで俺が被害者みたいな立場にならないといけないのか。
これは桜坂が俺をハメるためのシナリオ……なんて可能性はあるわけないか。第一、アホな桜坂にこんな展開を作ることはできない。
だとすれば、純粋にヘルプを求めていたということ。つまりヘルプを求めた要因は、こいつらにある。
俺はいつまでも桜坂の肩を抱き寄せている男に不快な気持ちを覚えたのと、話の対象を変えるため本題に移ることに。
「あの、なにがあったのか知らないですけど、みんな困っています。ここはお引き取り願えないでしょうか?」
「ククッ。フラれた男が偉そうに指図すんじゃねぇよ。ああ?」
(いまそれとこれとでは関係ないだろ……。しかもなんで俺がフラれている前提?)
俺が黙っていると、男はようやく桜坂から手を離し、めんどくさそうに腰をあげる。そしてポケットに手を突っ込んだまま俺のほうへとガンつけて近づいて来た。
「どうした? びびってなにも言い返せねぇのか? フラれた男さんよぉ」
フった本人を前にしてそこまで掘り起こそうとするのは俺に恥をかかせようとするのが狙いといったところか。
残念だが、どっちだとしても俺はそんなことで動揺しない。
「なにを言うのもあなたの勝手ですが、場所を考えてください。いまこの場ではみんなが楽しみにしていたクラス会が行われています。それを自分達の都合で勝手に壊すのは間違っていると思いますよ?」
「おいおい、せっかくの焼肉で説教するつもりかよ。女にフラれた情けねぇ男に言われても全然説得力がねぇな〜」
「いまはそれとは関係ない」
男が俺の胸ぐらを掴んでくる。
特段勘に触れるような発言はしていないと思うのだが。十中八九、正論に言い負かされ、言い返すことができないが故の最終手段暴力による脅し。
自分が間違っていることを認めようとしない所詮は小物。
「うっせぇんだよ……。マジでぶっ飛ばすぞテメェ」
「…………」
タバコ臭のする生暖かい吐息が顔にかかるほどの至近距離。間近で見るからこそ分かる。瞬きひとつしない瞳孔の開いた目は、明らかに俺に対して敵意を向けている。
もし俺も戦う意志を見せれば、この場は戦場と化することは間違いない。万が一のために備えておくとしよう。
俺は気を集中することにした。
「こら君達ッ! そこで何をしている!?」
大声で怒鳴り散らしながら参入して来たのは3名の店員。ひとりは店長らしき面影のある人物が。
「他のお客様からこの部屋で喧嘩しているとの通報が入った。事と次第によっては警察を呼んで、学校側にも連絡させてもらう!」
俺の胸ぐらを掴んでいた手が離れる。さすがに店員の前では争わない選択の知恵ぐらいは備わっているらしい。
「いやいや店員さ〜ん、なにを誤解しているんですか〜? ちょっとじゃれ合っていただけですよ〜」
「そうそう! ジョークジョーク。マジになりすぎ」
誤魔化そうと他の北高の生徒達も援護する。
「んじゃ、ひとまず今日は帰るわ。じゃあね! 水陵のみんな!」
北高のリーダー格がこちらに笑顔で手を振りながら帰ると仲間達も後に続く。最後俺達に向かって似合わぬ笑顔で手を振って来たのは仲良しアピールをするためか。
即座に店を出ていく北高の生徒達。店員達はそれを引き止めるようなことはしなかった。引き止めるだけ無駄だと思ったのか、それとも鎮火した火に再び火を燃えさせる真似はしたくなかったのか。
いずれにせよ、北高の生徒達がどれだけ野蛮人の集まりであるのかは認識することができた。
「……ったく、これだから北高は嫌なんだよ……」
「でも店長の判断は正しかったですよ。あそこで引き止めたら今度は私達がなにをされるかわからなかったですし……」
「まだ油断しないほうがいいですよ……? 仕事が終わって帰ろうとしたら店の外で待ち伏せをしていたなんて事例もあるぐらいですから」
「ちょっと! 怖いこと言わないでよっ!」
「す、すみません……!」
店員達の話を聞いて、そんな物騒な問題も起こしていることに油断できない存在でもあるようだな。
その事例が本当ならば、クラス会が終わって外出たら北高の奴らが待ち伏せしているという可能性もあるわけだ。そんなのホラーでしかない。
「……あのっ、お騒がせしてしまい申し訳ございませんでした」
店員のそばにいたということもあり、俺は深々と頭を下げ謝罪の意を述べる。
「君達、水陵高校だよね?」
「はい」
「きっと先にちょっかいを出して来たのは北高のほうからだと思うけど、このことは一応学校側には連絡させてもらうね?」
俺ひとりが勝手に返事をするわけにはいかないため、クラスのみんなに視線で訴える。だが誰も答えることはない。
「私達も仕事でやっているからね。今日みたいなことが起こるとお客さんの損失にも繋がるんだ。そのことを理解してもらう意味も込めて、学校側には重々伝えさせてもらいたいんだ」
「分かりました……」
「うん。それじゃあ、マナーを守って引き続き楽しんでいってね」
最後にそれだけを告げ、店員達はこの場から去って行く。北高の登場による思わぬハプニング。
盛り上がっていたクラス会は、その後盛り上がることはないと思われていたが……。
「ねぇ、桜坂さんと九条くんって元恋人だったの?」
北高の話を持ち出すのかと思えば、まさかの俺達の関係を持ち出してきた。
北高のインパクトより、俺と桜坂が恋人であったことのインパクトが勝ったためか。
仕切り直しと言わんばかりのしらけた空気を払拭させたのが、俺達の話題であることにクラスメイ達の視線がとてつもなく痛い。
「いや、それは……」
「しおりパアアアアアアアンチ!!」
「ぐほぉぉお!?」
突如、ダサいネーミングと共に飛び蹴りをかましてくる桜坂。パンチとは(哲学)
殴られた勢いでふっとばされる俺。そしてなぜか桜坂までもこちらに追い討ちをかける勢いで向かってきた。
俺達だけ自然(?)と廊下に出てしまう。すると桜坂が胸ぐらを掴みながら耳元で囁いてくる。
「合わせなさい」
「え?」
「しっあわせなら手を叩こう♪」
ぱん、ぱんと二回手拍子をして歌のリズムを取り始める桜坂。え、ナニコレ。怖いんだけど。
(合わせろって、歌に合わせろってこと? いや、そんなわけない)
クラスメイトからこんなにも不自然な眼差しを向けられているいなか、急に歌を歌い出し、挙げ句の果てには合わせろだなんて常軌を逸したイカれサイコパス女に理解に苦しむ。
(状況からして……話を合わせろってことだよな?)
それが一番しっくりくる答え。
状況が状況のため、桜坂はクラスメイトにバレないよう遠回しのメッセージを伝えてきたに違いない。
俺のことを飛び蹴りしておいて、幸せなら手を叩こうなんて不幸でしかないが。
俺は桜坂をイカれサイコパス女としてクラスメイトから認知されぬよう、歌わせるのを止める。その後、桜坂がなにかを切り出すのを横で待つことに。
「みんな、驚かせちゃってごめんね? これは私と彼で事前に仕込んでいたサプライズ劇場なの」
(いやそれは無理があるだろおおおおおおお!!)
「ね?」
「は、はい。そうですね……」
もっとマシな言い訳があったのでは!? とはいえ、言い出してしまった以上、撤回するわけにはいかない。俺はとにかく話を合わせることに徹する。
「やっぱりこういうのって、一番インパクトが大事だと思ってね。ふたりで話し合った結果、飛び蹴りからの歌を披露しようとなったわけ」
もう言っていることがめちゃくちゃでフォローしようがない桜坂の発言に、俺は隣で肩をずり下ろすしかない。
「そう、だったんだ。なんか、すごかったよ。うん……」
当たり前だが、クラスメイトは引いている。
「九条くんも、意外と……そういう所があるんだね」
「ま、まぁ……あははっ」
そういうところがなにを指しているのか知らないが、少なくともマイナスなほうなのは確かだ。
「結局さ、ふたりは付き合っていたの?」
俺と桜坂の渾身の劇に興味を失せたのか(そもそも理解できてない)、さっさと関係を知りたがっているサバサバ系女子が率直に聞いてくる。
「付き合っていないわ」
「え、そうなの? さっき北高の奴が九条くんのこと彼氏とか言っていた気がするけど」
「あれは彼の勝手な思い込みね。私と九条くんはただの幼馴染。一緒にいるぐらいに仲が良いだけよ。ね?」
「そうだな」
「へー。そうだったんだ」
嘘とはいえ、嘘と感じさせないナチュラルな対応に疑念を抱いていたクラスメイトの視線が和らぐ。
桜坂に男がいたという事実は嘘であったことが男達に安心感をもたらせ、恋話を聞きたがっていた女達の興味が消え失せかけている。
これはこれで、俺と桜坂への疑いを晴らすことに繋がったので結果オーライ。
俺と桜坂は思わず安堵のため息をつく。
「要するにふたりはSとMの関係ってわけね?」
どうやら俺達の誤解を解く戦いは、まだ始まったばかりらしい。
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