第5話 独りぼっちのがんばりや

「俺が伊月を知ったのは、五年前、伊月が俺の神社に来たときなんだ。そのときの伊月は、お賽銭さいせんを投げ入れて鈴を鳴らしたのに、なんにも願わずに帰っていった。そんな子ども、神社の主が俺になってからは初めてだったからさ。気になって後を追いかけて、しばらく伊月を観察してた。んで、気づいたら五年経ってた」


「五年も?」


 神様の「しばらく」という感覚はぶっ飛んでいるな、と思う。しかし他に何よりも気になることがあった。急いで確認する。


「ちょっと待って。観察って、え、お風呂とかトイレとかも?」


「あー、大丈夫。それは悪いと思ってやってないから」


「ほんとに?」


「本当に。俺、悪い神様じゃないよ」


 そのまま信じていいのか分からないが、いずれにせよ確かめようのないことだ。この話はここで切り上げて、次をうながす。


「分かった。なら、次行くよ。今まで全然見えなかったのに、どうしてこの間から急に見えるようになったの?」


「それは多分、俺が見えてほしいって思い始めたから」


「ふーん……思うだけで変わるんだ」


「だって俺神様だし」


 神様は思い切りどや顔だと分かる表情を作った。本当に、感情が分かりやすく出る。


「えーと、それで……私を観察して、それで私を好きになったの?」


「伊月って、なんでも全部自分でしようとするんだなって思ったんだ。困っても誰にも頼らない。俺に願いごとをしなかったのも、だからなんだなって納得した。で、いつの間にか好きになってた」


 一人で何でもするから好きになった? よく分からない言い分だ。私の疑いのまなざしに気づいたらしく、神様は付け足す。


「助けたい、幸せにしたいって思ったんだ。それって、好きってことだろ?」


「うーん……どうだろ。他の人を彼氏とか旦那さんにしようとするのって、私の知る好きとは違う気がする」


「そりゃ、俺が人間なら伊月と結婚するけどさ。俺、神様だからできないし。仕方なく、俺が認める男を探してる」


 その後、私は黙った。私は別に、私のことをがんばりやだとは思わない。私が幼稚園児のときに父さんが死んでしまって、それ以来母さんと二人で生きてきたから、少しくらいは大変な思いをしてきたとは思う。お金がある家ではないし、母さんは仕事で忙しいからなるべく負担はかけられない。でも、一人でやれることを一人でやるのは当たり前のことだ。そして、誰かに助けてもらうことを期待してしまったら、その期待が外れたときが辛くなるから、一人でできること以外はあきらめて生きてきたと思う。そういう生き方は、神様の言うような「がんばりや」には当たらない気がする。


 でも、そんな私を誰かが見てくれていたというのは、ちょっとだけ、嬉しかった。

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