同じ立場ではない

三鹿ショート

同じ立場ではない

 寝台に座りながら衣服を身につけていると、布団で身体を隠している恋人が声をかけてきた。

「しばらくは、距離を置いた方が良いと思います」

 突然の言葉に、私は驚きを隠すことができなかった。

「まさか、私に対する愛情が消えたということなのだろうか」

 私が問うと、恋人は首を横に振った。

「私は、誰よりもあなたを愛しています。だからこそ、こうするべきだと思ったのです。子細を語ることはできませんが、事が終わるまで、待っていてほしいのです」

 要領を得ない言葉だが、恋人が望むのならば、そうするべきなのだろう。

 私は相手の唇に己のそれを重ね、その温もりを忘れないために、再び身体を重ねることにした。


***


 恋人の言葉通り、学校で目が合ったとしても、会話をすることがなくなった。

 一体、どのような問題を抱えているのだろうかと疑問を抱くが、私にはどうすることもできない。

 事が終わるまでどれほどの時間がかかるのかは不明だが、恋人を信じて待つことにした。


***


 私の寂しさを埋めるように、一人の女子生徒が近付いてきた。

 彼女は周囲に他の人間が存在しているにも関わらず、身体を密着させ、甘えるような声を出した。

 私には恋人が存在するゆえに、このような行為は慎んでほしいと伝えたが、

「あなたが恋人を愛しているように、私はあなたを愛したいだけなのです。恋人の有無など、関係はありません」

 彼女という人間の存在は知っていたが、会話をしたことなど無いはずだ。

 ゆえに、彼女が私に対して好意を示している理由がまるで分からなかった。

 だが、私がどれだけ恋人を愛しているのかは、理解している。

 寂しさに敗北し、彼女に気を許しては、恋人に対する裏切り行為である。

 だからこそ、どれだけ彼女が誘惑してきたとしても、私はそれを拒み続けた。

 しかし、彼女は諦めるということを知らなかった。

 日に日に行為は激化していき、やがて無人の教室で下着姿になると、私の下半身に顔を近づけてきた。

 私は興奮よりも、恐怖を覚えた。

 何故、私にそこまでのことをするのだろうか。

 私は彼女を突き飛ばし、教室から逃げ出した。


***


 彼女に発見されては面倒になるため、休憩時間は人気の無い場所でやり過ごすようになっていた。

 その日もまた、隣の校舎の上階に存在する空き教室に逃げ込んだ。

 廊下に彼女の姿が無いことを確認すると、軽く息を吐いた。

 外の風景でも眺めて気分を変えようと思い、窓の方へと移動する。

 そこで、私は己の目を疑った。

 校舎の裏で、私の恋人が数人の男子生徒に囲まれていた。

 だが、問題はそこではない。

 恋人の姿が、一糸をまとっていないものだったことが問題である。

 今すぐに窓を開け、問いただすことも可能だっただろうが、恋人が男子生徒たちに身体を許し、乱れる姿を目にしてしまい、言葉を失った。

 これは夢に違いないと頬を抓ったが、痛みを感じた。


***


 呼び出された彼女は何かを期待しているのだろう、その表情は明るいものだった。

 私が手招きをすると隣に腰を下ろしたため、彼女の顔を間近に見つめながら、

「私の恋人が、私を裏切っていたらしい」

 沈んだ声色を出すと、彼女は憐れむような表情を浮かべながら私の手を握った。

「あなたは私の好意を何度も無下にしましたが、それでも私のあなたに対する好意は消えませんでした。裏切り者は見捨てて、私をあなたの恋人にしてください」

 口元を緩める彼女に、私は問うた。

「正直に答えてほしいのだが、きみは何かを知っているかい」

 私の問いに、彼女は首を横に振った。

 その反応を見て、私は大きく息を吐いた。

 彼女の手を振り払い、立ち上がると、私は物陰の方に声をかけた。

 それに応えるように姿を現した人間たちを見て、彼女の顔から血の気が引いていく。

 私は自身の恋人に手を出した男子生徒の肩に手を置くと、

「後は任せた」

 傷だらけの男子生徒は、震えながら首肯を返した。


***


 私が事情を話すと、恋人は得心がいったように頷いた。

「では、私に対する嫉妬から、あのようなことをさせたというわけですか。迷惑な話ですね」

 彼女と私の恋人は、学業成績や運動能力などが冴えないことに加えて、外貌も大したことがなかったため、彼女は勝手に仲間意識のようなものを持っていた。

 しかし、世界は不平等だった。

 私の恋人ではなく、彼女がいじめの標的にされ、毎日のように男子生徒たちの欲望の捌け口となっていた。

 それだけならば運が悪かったと済んだかもしれないが、私という恋人までも存在することを知ると、彼女の嫉妬心は激しいものと化した。

 自身をいじめていた人間たちに金銭を支払い、標的を私の恋人に変更するように伝え、そして、私を略奪しようと考えたのである。

 だが、その計画は、破綻した。

 私が恋人に手を出していた男子生徒たちに拳で事情を訊ねたところ、彼女の計画が明らかになったのである。

 それを知って、私が黙っているわけがない。

 恋人を解放しなければ後悔することになると告げ、手を引かせると同時に、彼女に対する行為を以前よりも過激にするように伝えたのだった。

 現状を切り抜けるためとはいえ他者に身体を許したことを、我が恋人は涙を流しながら謝罪してきた。

 その姿があまりにも健気であったため、私は恋人を抱きしめた。

 翌日、彼女が自室で首を吊ったということを知ったが、どうでも良かった。

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