角と流動

@_S137

山水枯やまみかれは己がこの世で随一噂をされている人間だと信じてやまない。かれはある日は気遣い上手だが、そのまたある日は浮気者で、時には劣悪な暴君にもなる。全く身に覚えがないと言うのに、うわさ話を耳にする度枯の額には無数の冷や汗が流れ出て、むせ返るほど鼓動を速くした。

そんな日々に疲弊しきった枯は高校卒業以来島中央に位置する静かな集落、神宿シンジュクにひっそりと暮らしている。神宿は巨大な石灰岩の立ち並ぶ典型的なカルスト地形、岩峰の隙間を澄んだ薄緑色の川が満遍なく流れ、古びた家屋や寺などが水上の狭い陸地に疎らに佇んでいる。ここでの日常というのはせいぜい小舟の一隻二隻が川を行き交い、霧が岩峰の青緑を薄くするくらいのもの、 そんな閉鎖的で神秘的な静けさが枯がこの地に移り住んだ主な理由であった。

枯が身を置いているのは聳える岩峰をすぐ後ろにした、寺と言っても差し障りのないような厳かな創りの家屋(山水家と呼ぶ)である。山水家の周りには枯山水の庭園が整えられ、この白砂模様が今の枯の唯一の友人なのである。《続》

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