印象という虚像
教会のドアを開け、シンと静まり返ったホールを見渡す。
シスターや神父の姿が見られなかった。だが、その方が都合が良い。俺は長椅子に座る一人の老人の隣に腰を下ろし、背もたれに腕を回す。
「仕事は?」
「順調」
「例のブツを」
「ああ」
調べ上げた情報を詳細に書き記した一枚の紙切れを老人へ渡し、十字架に張り付けにされた偶像を見上げる。
「若者よ、君はアレをどう見る」
「アレ?」
「救世主の偶像だよ」
「あぁ……アレね」
沈黙はする像に感情はない。言葉も話さなければ意思も示さぬ金属の塊だ。生前は様々な奇跡を成し遂げた救世主は死ねば偶像となり崇拝の対象となる。あんなものに祈っても救いは無いのに、人は縋り付く。
「ただの金属の塊だろ」
「金属の塊。そう、人は意味の無い金属の塊だと知っていても縋るのだ。あの像には信仰と崇拝という不可視の印象が纏わり付き、人は救いを求める。その姿は実に滑稽で愚かしくもあり、愛しいものではないか」
「アンタが人をそんな風に見てるなんてな、印象が変わったよ」
「印象など個人が見る色眼鏡に過ぎん。君が私を親切な老人と見るならそうだろう。君が私を人が好きな一介の老人として見るならそうだろう。だが、その姿は君の目から見た虚像に過ぎない」
老人は杖を着いて立ち上がり、帽子を俯角被り直す。一見してみれば彼は足腰の弱い者だと思うだろうが、実際は杖など必要の無い老人なのだ。
「また会おう狼よ、君の渇きが満たされるまで私は此処で待っているよ」
丁度掃除にやって来たシスターに会釈をした老人を一瞥し、偶像に視線を向ける。
救いを齎す偶像は涙も流さぬ鉄塊だ。鉄塊に祈る意思は無い。俺は溜息を吐くと協会を後にした。
水銀の夢 junk16 c @junk02s
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。水銀の夢の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます