廊下の二人

 「悪気は無かった」


 「いいや、君からは悪意を感じた」


 「悪かったって」


 「私は謝罪を聞きたいんじゃない、君に悪意があったか否かを聞きたいんだ」


 「ちょっとした悪戯じゃないか」


 「悪戯でもやって良い事と悪い事があるだろう?」


 「いや、ホントごめん」


 「君ねぇ、堂々巡りもいいところさ。素直に認めたらどうだい? 私も怒らないから」


 「……悪気は無かったが、悪意はあった」


 「ほら見ろ、本当に屑だね君は」


 「屑は言い過ぎだろ屑は! 俺はお前を心配してだな!」


 「無用な心配ほど他人からの悪意を感じるものは無いんだよ君。いいかい? そもそも私は怒っているんじゃない。呆れているんだよ」


 「マジ? ならまたヤッてもいいな?」


 「君は本当に愚かだねぇ」


 「愚かってなあ、俺はただお前の驚いた顔を見たくて」


 「だからって人の目覚ましを弄る馬鹿は居るかい?」


 朝日が差し込む廊下に二人の少年少女が居た。どうやら少年の悪戯で目覚ましが上手く作動せず、二人揃って遅刻したようだ。


 反省の色が見られない二人に対し、教室から教師が顔を出すと「黙って立ってろ!」と指導し、少年少女は口を閉ざす。


 これは青春の一ページ。ちょっとした悪戯の一幕。



――――――――――――――――――――



 は? これで終わりか?


 「夢である故に、続きは期待出来ぬだろう?」


 いや、これは映画でいったら始まりも始まり、冒頭十分程度の場面だろ?


 「君、中々話の分からない男だね。いいかい? 夢に、連続は無いのだよ。一つの場面を見て、次は何を見るのか分からない。故に、期待する。面白いだろう?」


 ……。


 「それにしても、あの少年少女は面白い事を話していたね。悪意と悪気、君はそれを何と見る?」


 あー、あれだ、悪意ってのは悪い事をする意思で、悪気ってのはその行為に対する気持ちの問題だろ?


 「ならば、悪気はあったが悪意は無い。それは何と見る」


 そりゃお前、悪戯程度の気持ちの中に悪意は無いってことだ。


 「そうか。だが、悪戯という行為の中にある悪意。それは自己の認識と他者の認識による齟齬を発生させている。君が少年を擁護するならば、私は少女の味方であろう」


 へぇ、何で?


 「もし少女が皆勤賞を狙う者だとしたら、少年の行為に彼女は最大級の悪意を感じるだろう。悪意を感じる故に、軽々しく物を考える少年に呆れ、驚いた顔を見たかったなどという下らない理由に腹を立てている。これが社会に出ている者だとして考えてみれば、ありえんことだろう?」


 あー、確かに。うん、一理ある。けどよ、些細な悪意があったとしても、それは信頼関係による行為だとも考えられるだろ? 少年少女っていっても男と女だ、女の部屋に上がれるほどの仲なら、彼の性格を知っているという仮説も立てられる。何方か一方を擁護する問題でもないだろ。


 「そう、悪意という心理とは両方の立場から考えねば埒が明かぬ永久の課題と評するべき難題だ。我々は部外者故に両方の立場と見方を俯瞰できるが、問題の解決は当事者にしか務まらぬ。中々面白いだろう?」


 そうかい。


 俺は水銀をまた眺め、夢を見る。

 たまに、こうして可笑しな夢をみるのは良い事だと、水銀を眺めた。

 

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