過去からの弾丸

 雨が降っていた。

 冷たい雨はコートの生地を濡らし、全てを洗い流そうとしていた。


 目の前に転がるは三発の弾丸に貫かれた男の死体。流れ出る血がコンクリートに染み渡り、雨と共に下水へ流れてゆく。


 手に持った銃を懐に押し込み、路地を歩く。この仕事を最後に、俺はこの血生臭い世界から足を洗う。結婚を申し込んだ彼女と共に、生きる。だから――――。


 路地に銃声が鳴り響くと共に、四発の弾丸が俺の身体を貫いた。身体を仰け反らせ、力を失った両足が雨に濡れた地面に着き、うつ伏せで倒れ込む。


 冷たい雨が降っていた。その雨の中、俺に近づく一人の女が居た。


 「やっと、殺せた」


 目の前に投げ落とされたペンダントに嵌められた写真。その写真には仲睦まじい親子が写っており、父親の顔には見覚えがあった。


 この仕事に就いてから初めて殺した男。それがこの写真の男だった。ならば、俺を撃った女は。


 もう一度、銃声が鳴り響いた。




――――――――――――――――――――




 水銀から目を離し、女を見る。

 

 「どうだった? 君」


 どうだったも何も無いだろう。俺は完全無欠のハッピーエンドが好きなんだ。なんで夢の中でもこんな陰鬱な話を見なければならない。


 「ハッピーエンド、そうか、ハッピーエンドならばその夢も幸福だろう?」


 何処がだ? 


 「殺しを重ねてきた男は己の幸福を得る為に仕事から足を洗う。だが、過去の因縁から男は殺した人間の娘に撃たれ、死に瀕する。娘の方から見たら、ハッピーエンドこの上なかろうに」


 ……だが、婚約者の方はどうなった?


 「さあ? それ以上知り得ない故に、夢なのではなかろうかね」


 出来の悪いクソ映画みたいな夢だな。


 「そうかな? 私にしてみたら最後の最後に自らのアイデンティティを崩した男に天罰が下る痛快な映画だと思うが」


 アンタとは酒が飲めなさそうだ。


 「私は酒が嫌いなんでね、都合が良い」


 ……。


 「まぁいい、アイデンティティの話をしようか。先ず、君が求めるハッピーエンドへの道筋は男がブレずに殺しの道を突き進めば良かったのさ。何故か分かるかい?」


 さあな。


 「少しは考えてみたまえよ。殺しという過去からの行いに背を向け、己の幸福を追求した故に男は凶弾に倒れた。そうしていたら女の存在にも気付けたし、返り討ちに出来たのさ」


 だが、完全無欠のハッピーエンドには程遠いだろ?


 「人を殺した男にハッピーエンドなんて訪れない。そんな事は稚児にも分かる筈さ。この夢のハッピーエンドはひたすら男が地獄に落ち、血で血を洗う現実がそれさ」


 女は笑い、水銀を見た。


 「夢とは可能性さ。決まった道筋を歩く映画とは違う。君さえ良ければ、まだ夢を見るかい?」


 俺は転がった小瓶を見つめ、それを摘むと中の水銀を見る。


 「次の夢は悪意の話だ。どんな小さな悪戯にも悪意はある。さぁ、夢を見よう」 

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